★恋文〜手紙の行方〜

※「恋文」の直後のお話です。








どれくらいの時間が過ぎただろうか。陽は傾き、部屋は橙色に染まっていた。あれからずっと抱き締めて離さない千鶴に、ようやく顔色を戻した沖田はしみじみと思う。

「意外と甘えんぼ…なんだね」

ぼそり、と小さく呟いた。
沖田にとって千鶴の印象はその真逆のものだった。女一人で京までやってきて、新選組に捕まって、閉じ込められるような生活を送って……それでも千鶴は誰かに頼って庇護してもらおうとなんてせず、己にできることを尽くして進んでいく。相当神経が図太くて、甘えるよりかは甘えさせる子だと思っていた。

「何か言いましたか?」
「ん、別に……本当、僕のことが好きなんだね」
「……はい、大好きです」

からかったつもりで言ったのに、真っ直ぐな返答が返ってきて沖田は不意打ちを食らったような気になる。

「まいったな……」

やっと赤みが引いたのに、また沖田の頬や耳に色が灯る。こんなふうに照れた顔は見せたくないので、千鶴に後ろを向くように言う。どうして?という疑問を浮かべながらも千鶴は背中を向ける。そこへ沖田が、ぎゅっと抱きついた。
そのまま二人で腰を下ろす。沖田の足と足の間に千鶴が座って、腰にはどこにも行けないようにと沖田の腕が絡まりついている。剥き出しになっているうなじへ沖田が擦り寄ると、千鶴は小さく声をあげて身を縮める。ああ、照れるとここまで赤くなるんだ――色づいた千鶴のうなじを眺めながら、沖田はそんなことを考えていた。

「よ、読んでいたんですか?」

しばらく続いた沈黙を破るように千鶴が言った。彼女の視線の方向にあるのは、先程沖田が読んで広げたままになっていた恋文だ。

「うん…………あ、そーだ」

いいことでも思い付いたように沖田は身体を伸ばして千鶴の文を一枚取る。それを千鶴に渡して、声を弾ませた。

「ねえ、読みあげてよ」
「……あの、こういうものは普段言葉にできないことを書くものなので…」

だから無理です、と千鶴は沖田からの注文を断ろうとする。

「大丈夫、僕しかいないから」
「っ、意地悪しないで、ください」
「でも、ホラここに。…好きなんでしょ?」
「ちがっ、違うんです、それは……」

楽しそうにしながら無理やり千鶴に文を握らせた沖田は、ある一文を指差しながら催促する。指摘された千鶴は顔を真っ赤にして、しどろもどろに、助けを求めるようにもごもごと言葉を濁す。沖田が指差した場所には、『意地悪なところも好き』と書いてあった。

「なにが違うの? 好きじゃないの?」
「す、好きです。好きなのは本当です。でも…!」

何とか言い逃れようと必死の千鶴を、沖田は斜め後ろからニヤニヤと見下ろす。そして、ちらりと千鶴の胸元へと視線を落とした。先程抱き掬ったときに意図的ではないにしろ、そこに腕がぶつかってしまった。そのときに少しばかりの違和感が生まれたのだ。まじまじと見るとやはりおかしいことを沖田は再確認した。

「……千鶴ちゃん、ここに何か入れてる?」
「え?」
「ここ。何か入ってるでしょ」

沖田は千鶴の懐を指差しながら言う。千鶴はぱちぱちと瞬きをした後、あっ、と何か大事なことを思い出したかのように声を上げた。そこに入っているものは、沖田から貰った例の小間物入れだ。さらに中身は沖田からの文。
どうしよう、バレたら意地悪される……! と今まさに意地悪され中だった千鶴は、指差された場所を守るように押さえ、否定する道を選ぶ。

「な、何も入ってません」
「嘘。だっていつももっとペッタンコ……あっ」

沖田の言葉に千鶴の表情は凍てついた。胸の大きさを千鶴は気にしている。それを面と向かってペッタンコと……。沖田も沖田で“言っちゃった感”を醸し出し、何やら言い訳を思案するような様子を見せていた。憐れまれているような気がして、沖田の態度がさらに千鶴をどん底に叩き落とした。

「まだっ、まだ成長前なんです、だから、だからっ」

沖田から逃げだそうとじたばたもがき始める千鶴。完全に取り乱している千鶴の姿に沖田は我に返り、慌てて慰める。

「ごめんごめん、落ち着いて! 成長中だもんね、千鶴ちゃんはこれから大きくなるから」

大丈夫だよー、と優しく宥めつけて、千鶴の興奮を収めていく。千鶴にとって禁句なんだな、と沖田は一つ学習したのだった。




 だからと言って追求を止めるつもりはない。




「隠してる物、出してごらん」
「なにも隠してません」
「だっていつもより膨らんでる」
「きゅ、急成長したんです、突然変異で……だから何も…」

酷い言い訳に沖田は思わず吹き出しそうになる。さっきは“成長前”だと言っていたくせに、本当に嘘が吐けない子だなあ、と可愛がってあげたくなる。それと同時に、いじめてやりたくもなる。

「じゃあ見せて。急成長したものを」

意地悪な笑みを浮かべながら手を伸ばしてくる沖田に、千鶴はぎくり、と動きを止める。その手が千鶴の着物の襟へと触れそうになると、きゃあきゃあ言いながら身じろいて逃げようとする。沖田の手を叩いたり、着物を押さえたり、必死だ。
沖田は沖田で、じゃれ合っているのが楽しくて、手加減してずっと続けていたいような、早く何を隠しているのか知りたいような気持ちだった。

そうして長い事キャッキャとやりとりを続けていた二人だったが、もちろん勝者は沖田だ。着物の首回りを乱れさせ、ぜぇぜぇと肩で息しながら、色んなものを失ったかのように千鶴はへたり込んでいる。疲れのせいで恥ずかしさなどどこかへ吹っ飛んでしまった。
どさくさ紛れで色々と楽しんだ沖田は実に涼しげで、千鶴が贈り物を使っていてくれたことにご満悦の様子だった。しかし、ペッと中身を見たとき、その表情は変わっていった。

「――っ!」

空気が変わったことに気づいて千鶴が見上げると、口元を押さえ、頬を赤くしている沖田がいた。

「どうしたんですか?」
「…どうもこうも……これ没収」

小間物入れに入っていた文を取り出し、己の懐にしまい込もうとする沖田。千鶴は驚いて、その手を掴んで止める。

「返してください、私のです」
「あのね、こんなもの持ち歩いたら駄目だって」
「どうしてですか? お守りみたいでホッとするのに…」
「そんな効果ない。今度ちゃんとしたお守り買ってあげるから」
「いらないです、それがいいんです」

なぜか頑なに文を取り上げようとする沖田に、千鶴は眉を寄せる。こんなふうに慌てたような焦っているような沖田は珍しい。

「……もしかして、照れているんですか?」

千鶴がなんとなく言った言葉に沖田は目を見開き、気まずそうに視線を逸らした。そして口元を隠しながら、こくんと小さく頷いた。






「君の文には“照れてる姿が好き”とは書いてなかったけど……こういう僕は、嫌い?」







そんなもの、考えなくとも答えは決まっている。







END.
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2011.07.22

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