★悪夢〜呪詛返し〜

※「悪夢」と「ゆめの続き」の後日談です。








「……千鶴ちゃん」

そろそろ寝ようかと部屋の明かりを消したとき、廊下から聞き覚えのある声で呼ばれた。
足音なんて聞こえなかったし、気配も感じなかった。よく似た状況で呪いをかけられた過去を持つ千鶴は、震え上がった。
最近は呪いの効果も薄れたのか、悪夢を見る回数はうんと減り、沖田に助けを求めることもほとんどなくなった。

きっと、また呪いをかけにきたんだ……。

千鶴は布団を頭まで被り、うずくまった。寝たふりというか、居留守というか、とにかく気づかないふりを決め込もうとした。いくら沖田と言えど、こんな夜中に女子の部屋に断りもなく……

「千鶴ちゃん、入るよ」

――断りもなく、沖田は入ってきた。あっさり布団を引っぺがされ、露わになったのは丸まって怯える千鶴の姿。沖田はくすくす笑いながら、その横に腰を下ろした。

「どうしたの、また怖い夢でも?」
「……ち、違います」
「そ、良かった」

沖田さんが元凶のくせに心配する素振りして何がしたいんだろう。沖田さんも同じような夢に魘されれば、きっと私の苦しみもわかるのに……と、千鶴は未だ続く勘違いから、沖田に対してちょっとした恨み辛みをこさえていた。
ともかく、折角薄れてきた呪詛だ、二度とかけられてたまるものか。千鶴はかつての儀式を思い返し、大きく決意する。どれが呪術の必須項目かはわからないが、きっと【頭を撫で回す行為】や【呪文】さえ回避できれば大丈夫だ。千鶴はまず、沖田が手を伸ばしても届かないくらい離れた場所に座り直した。

「沖田さんこそ、どうかされましたか?」

そして相手の情報を探り出すために、何か言われる前に自分から行動に移した。
沖田はじっと千鶴を見つめ、ふうっ、と溜息をついて言う。

「千鶴ちゃんがあんなに薄情だとは思わなかった」
「は!?」
「あれだけ僕に文句言ってたくせに」
「あ、あの…何の話でしょうか? それと、何しにここへ……」

話の全く見えない千鶴は、怪訝に伺う。すると沖田は千鶴がせっかく確保した距離を一気に詰めて、千鶴の腕を掴んだ、縋るように。

「さっき怖い夢見たんだ」

だから…わかってるよね?、と沖田は言葉とは裏腹に、実に楽しそうに千鶴を布団へと引き擦り込んだ。

「ま、待ってください! なっ、なっ、なにを……」
「いつもしてあげてるみたいに千鶴ちゃんもしてよ」

こういった状況で“いつも”と言われて思い浮かぶものといえば、千鶴が悪夢を見て沖田の部屋に駆け込むときのことだけだ。“いつも”とは状況が逆転しているものの。

「どっ、どうして……それに夢って、ど、どんな、いつ見たんですか」
「夢? さっきだよ、今さっき」
「まだそんなに遅い時間じゃありませんよね。もう一眠りしたんですか?」

なんだかテキトーな返答をした沖田に、千鶴は疑いの目を向ける。本当に夢を見たのだろうか、寝ていたのだろうか。

「疲れてたみたいでいつの間にか寝ちゃってさあ。そしたら見たわけ、怖い夢を」

はあっ、と深い溜息を吐き、本当に疲れているように言う沖田の様子に、千鶴はぎくりとする。
もしかして『沖田さんも痛い目みちゃえ!』と悪夢を見るたびに、いや、少し前までは常日頃のように念じてしまっていたせいかもしれない……。実は自分にも呪術の適性があって、無意識のうちに呪いをかけてしまったのではないか。もしそうだとしたら、なんて酷いことをしてしまったのだろう。
千鶴は勘違いのドツボにハマリきっていて、たぶん抜け出せないところまで来ている。

「あ、あの…沖田さんは立派な大人なので怖い夢を見ても大丈夫です」

呪ったことがばれたら、もっと酷い仕返しをされてしまう。千鶴はこの場は誤魔化して乗り切って、沖田にかかった呪いなんて大したことはないという方向に持って行きたかったのだが。

「うわぁ、ホント薄情」

さすが聡い沖田、既に気づいてしまっているようだった。

「ごめん、なさい。……あの、どんな夢を見られたんですか?」

沖田が怖いというくらいの夢だ、千鶴の悪夢とは比べられないくらいエグイものなのかもしれない。千鶴はそんな夢を見させてしまった責任からか、内容を訊ねた。

「君の夢みたいに怖いものに追いかけられた」

真っ暗闇の中にツノとキバの生えた鬼副長が現れて、追いかけてくるんだ。恐ろしいことに鬼副長が一匹二匹とどんどん増えていって、逃げても逃げてもきりがなくて、ヘトヘトになって疲れ果てた頃に君を見つけた。安心して助けを求めたら、突き飛ばされて蔑まれて罵倒されて。箒でサッサッて追い払われちゃったんだ…………ホンット、ひっどい子だよね。

「……沖田さんはお強いので誰に追いかけられても大丈夫です」

むしろどうして私に助けを求めるんですか、と千鶴は言い返す。千鶴の夢と似ている、というか、沖田が土方に追いかけられるのは現実と同じだし、最後にとどめを刺されないだけ千鶴の夢よりも内容は軽い。心配して損した、というように千鶴が素っ気ない態度を取ると、沖田がムッとして立ち上がった。

「ふぅん、夢でも現実でもそんな態度取るんだ。もういいよ、千鶴ちゃんなんて」

怒った様子でそのまま部屋を出て行こうとする沖田。少し言い方がわるかったかも、と千鶴に罪悪感が芽生えた。だって自分が怖い夢を見たときにこんなふうにあしらわれたら、悲しい。何か声をかけなくちゃと千鶴が戸惑っていると、沖田は襖に手をかけながら言った。

「君が怖い夢を見ても二度と助けてあげないから。精々いい夢見てね」

その言葉に、千鶴は頭の中が真っ白になった。悪夢を見た後に助けてもらえないのは困る。沖田しか頼りがいないのに。
それよりも今、沖田は【いい夢見てね】と言った。それはまさしく、呪いの呪文なのではないか……。
千鶴は大慌てで沖田の前に滑り込み、開きかけた襖をパシンと閉めた。

「お、沖田さん! 今の…今の、撤回してください!」
「やだ」
「お願いします。それだけは、嫌です」

プンとそっぽを向いた沖田に千鶴は必死で縋りつく。さっきまでとは立場が逆転していることに千鶴は気づいてはいない。主導権を握れたことに内心ほくそ笑む沖田は、片目を開けてちらりと千鶴を見た。

「そんなに嫌?」
「……困ります」
「じゃあ一緒に寝てくれる?」

そうして今夜この部屋にやってきた本題へと移る。ここまでくればもう成功したものだ、と沖田は余裕の表情で慌てふためく千鶴に微笑んだ。

「ね、寝るっ!?」
「君が怖い夢を見たときは僕が一緒に寝て慰めてあげてるでしょ。だから千鶴ちゃんも僕を慰めて」

持ちつ持たれつ、困ったときはお互い様。当然のように言い切る沖田に、千鶴はそうなのかも…と錯覚してしまう。
そもそも沖田が悪夢を見てしまったのは自分が無意識と言えど呪いを返してしまったせいで、眠れないほどなのだという。沖田は新選組の一番組組長で、新選組は京を守る大事な役目を請け負っている。そんな人を睡眠不足にしてしまっていいものなのだろうか。
葛藤しながらも千鶴は、どうせこれまでだって何度も一緒に寝てるんだ、と自分に言い聞かせ、小さな声で、はい、と返事をした。

「千鶴ちゃんならそう言ってくれると思った」

返事を聞くや否や沖田は千鶴をひょいと抱き上げ、やっぱ千鶴ちゃんは現実に限るね〜、とにっこりしながら布団へ直行する。
千鶴はどうしてか照れてしまって、ただ沖田にされるがまま従った。しかし布団に横たえられて、沖田が覆いかぶさってきたときに肝心なことを思い出し、両手で肩を押して動きを止める。

「そ、その前にちゃんと言ってください」

先程かけられた呪いの言葉を撤回してもらわなくてはいけない。千鶴が一緒に寝てほしいと泣きついてきた時、沖田だって色々と恥ずかしい条件を出したのだ、それくらいのことはしてもらって当然だろう。
すると沖田は、忘れてたごめんごめん、と悪気がなかったように謝り、ペコリと頭を下げた。

「不束者だけど宜しくね」
「――っ、それじゃないです、さっきの言葉を訂正してください!」
「君が怖い夢を見たら助けてあげる?」
「そうじゃなくて呪文の方を……っ、きゃ、何を…きゃあ!」

必死に呪いを解かせようとしている千鶴の胸に沖田が顔をうずめた。きゃあきゃあ騒ぎながら押し返そうとする千鶴に沖田は不満顔を見せる。

「何って……千鶴ちゃんだってこうしてくるでしょ」

確かに千鶴も悪夢を見た後はこうやって沖田の胸にしがみついているが、男の胸と女の胸では何もかもが全く違う。

「変わんない変わんない」
「…………」

ケラケラと笑う思いやりも減ったくれもない沖田の態度に、千鶴は心の中で変わるもん変わるもん変わるもん!と半ベソで不満を繰り返した。






「……こうしてるとホッするんだね」

しばらくして、沖田がぼそりと呟いた。その言葉に千鶴の心が少しキュンと高鳴る。
千鶴も沖田の胸にこうやっているとホッとして、絶対に怖い夢を見ないと安心しながら眠りにつくことができるのだ。沖田も同じように感じてくれていると思うと、千鶴はくすぐったい気持ちになった。もっと安心させてあげたくなる。いつも一緒に寝る時、沖田がどうしてくれるかを思い返す。



そっと抱き寄せて。
髪をいじられて。
背中を撫でて。
あと、腕枕をしてくれる。



「――何?」

千鶴が沖田の頭の下に腕を滑り込ませようともぞもぞ動いていると、沖田が不思議そうに聞く。千鶴には腕枕をした経験はなく、沖田がいつもしてくれるみたいな流れる動きを思い出しながら体勢を変えようとしたのだが、どうも手際が悪かったらしい。

「あの、腕枕を……」
「…………千鶴ちゃんが? 僕に?」

コクンと頷く千鶴に、沖田は目を剥く。何度か瞬きを繰り返した後、沖田は困ったように笑って言う。

「……腕痺れちゃうからいいよ、気持ちだけで」
「で、でも、沖田さんに腕枕してもらうと、すごく安心するので」

だから私も――。
譲りたくない、というように頑固さを見せた千鶴に、沖田は嬉しそうに微笑みながら、仕方ないなあと頭を上げた。千鶴はドキドキしながらそこに腕を伸ばして滑り込ませる。沖田の頭がゆっくり下りてくると千鶴は腕を曲げてぎゅっと抱き締めた。
猫みたいに柔らかな髪が素肌にあたってくすぐったい。さわさわと髪に手を差し込むと、もっと、と言う様に沖田が擦り寄ってくる。その仕草に千鶴の胸がまた一度、きゅんと疼いた。







その後、沖田曰く悪夢は全く収まらず、夜中に千鶴の部屋を訪れる沖田の姿がたびたび目撃されるのだった。










END.
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2011.07.29

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