★カウントダウン〜門限〜(2/2)

ガチャ。

呼び出し音が鳴り止む前にドアが開き、千鶴は室内へと強い力で引き込まれる。何かが覆いかぶさる様に拘束してきた。突然の展開に心臓が嫌な音を立て、千鶴は呼吸を詰まらせる。

「……っ、千鶴ちゃん」

名前を呼ぶ声でそれが総司だということ、彼に抱き締められていることを千鶴は理解した。
安堵の溜息が漏れると同時に総司がかすかに震えていることに気づき、千鶴は彼に何かあったのかと不安になる。さっきの名前を呼ぶ声もどこか泣きそうな声だったように思えた。

「沖田さん……? どうかされたんですか?」

「千鶴ちゃん、千鶴ちゃん……! 」

総司は夢中とも必死とも取れる具合で千鶴をきつくきつく抱き締め、首筋に顔をうずめる。その手は背中を、腰を、居場所を探すように彷徨って、総司の心が不安定な状況にあることを示しているようだった。
こういう総司を見ることは滅多に……いや、前世も含めて初めてかもしれない。
千鶴は安心してほしくて、総司の背中に腕を回してゆっくりと撫でる。以前千鶴は総司にそうしてもらってすごく落ち着いた経験があったから、同じように安心してほしかった。何度も何度も声をかけながらゆっくりと撫でると、総司から徐々に身体の強張りが抜けていくのがわかった。


そして何分かが経過した頃、ようやく総司がぽつりと零した。

「今、君を捜しに行こうとしてた」

千鶴が足元に目を向けると、総司は靴を履いている。外に出ようと準備していたときに丁度千鶴が呼び鈴を鳴らした、だからあんなにドアが早く開いたのだ。

「私を……? 何かあったんですか?」

「何もなかった? 大丈夫?」

千鶴の質問は、総司の質問で返された。意図がわからずきょとんとしている千鶴の頬を、無事なことを確かめるみたいに総司の指が滑る。

「帰りが遅いから心配になって……メールも電話も通じなくて、……君になにかあったのかと思った。…………………………怖かった」

淡々と状況説明をする総司だったが、再び腕に力が篭もっていく。千鶴の存在を確かめるようにさらにきつく抱き締められ、千鶴は圧迫感に顔をしかめる。だけど総司に悟られたくなくて、千鶴は苦しい声を漏らさないように精一杯努めた。

かつてはぐれたっきり会えなくなってしまったことを重ねたのだろうか。
総司本人はあまりそういうことを表に出そうとはしないのだが、千鶴が思っているよりもずっと、総司はかつての別れを気に病んでいるらしい。――職場の飲み会で深酒して饒舌になった永倉が零しているのを聞いて、千鶴は驚いた。
前の世の別れは総司が体調の悪化で京を離れている間に起きた出来事。その事実はしばらくの間、総司には隠されていた。知らされたときの総司は、隠し事をされた事、千鶴を守れなかった事で自分や周りを責めた……らしい。
それを聞いた時、千鶴は複雑な気持ちになった。そこまで気にかけてくれていた気持ちが嬉しい。でもそこまで心配させてしまったことが辛い。


「ごめんなさい、連絡できなかったのは電池切れだっただけで……」

「うん、そうだよね。普通はそう考えるよね」

どうしていいのかわからない。千鶴はただひたすら、覇気のない総司の受け答えに胸が痛んだ。
総司の顔を覗き込むと、泣きそうな表情をしていた。揺れる淡緑色の瞳がどうしようもないほど頼りなく、私が何とかしなくちゃ…! と思わせた。

「沖田さん、私……」

千鶴が無意識に伸ばした手が総司の頬を撫でた。それへ擦り寄るようにして目を閉じた総司の、縋るような次の言葉に千鶴は息を呑んだ。

「なぐさめて」

その通りにしてあげたい、ただそれしか考えられなかった。


















★★ おまけ ★★

千鶴にたっぷり甘えて元気を取り戻した総司は、千鶴の肩に頭を預けながら切り出した。

「明日から門限七時だよ」

連絡も無しに遅く帰ってきて心配をかけたのだから当たり前だ、というように総司は決め事をつくる。
しかし千鶴は当然異を唱えた。

「そんな門限、高校生じゃあるまいし……」

歴とした社会人だ。
確かに学生時代は過保護な兄に無茶な門限を設定されていた千鶴だが、就職と同時に一人暮らしを始めてからというものの帰宅時間など気にしない自由な生活を送っていた。
と言っても職場の同僚たちも千鶴に関しては過保護気味なため、遅くならないように帰宅を進められるし、残業したときは送ってくれたりもする。昔と変わらないくらいに守ってくれる皆の態度は嬉しいが、総司の心配は行き過ぎていると千鶴は思った。
――しかし総司は当然、その異を受け入れない。

「ダメ。一秒でも過ぎたらお仕置き。でも間に合ったらご褒美あげるから楽しみにしててね♪」

総司がこれ以上の反論は禁止! と言いたげに黒いオーラを背負って笑顔を向けた。
千鶴はその笑顔に怯みながらも、抗議を表すように口を尖らせた。そこへ――。


ちゅっ。


総司が待ってましたと言わんばかりに音を立てて触れた。

「!! …おっ、沖田さん! そういうことは……!」

「え? だって今明らかに誘ってたよね」

瞬時に赤くなり、総司から離れようとする千鶴と、楽しげに千鶴を腕の中に閉じ込める総司。

「さっ、誘ってません! こういうこと止めてくださいっ!」

「何を今更。何度もしてるでしょ」

さらに近寄ってくる総司の顔を、千鶴は必死に両手で押しのけようとする。

「ダメです、私たちまだ――、あっ」

教師と生徒だから、なんてお約束の言葉は、第二陣によって塞がれた。




「千鶴ちゃんってキスのとき、いつもこうするよね」

千鶴が無意識に握り締めていた総司のシャツへ、総司はからかうように視線を向ける。
そして、まだ力んだままの千鶴の手の上から被せるように、自身の手を重ねた。

「あっ、えっと、その……ご、ご褒美って何ですか?」

自分でも気づいていなかった癖を指摘されたみたいで恥ずかしくなり、千鶴は必死に話題転換をしようとして先程の話題を持ち出す。
門限を守れたらご褒美で、守れなかったらお仕置き……。明らかに話題をチョイスミスをしたことに千鶴本人は気づいていなかった。

「それはそのときのお楽しみだよ」

「気になります。……ヒントください」

「千鶴ちゃんが気持ちよくて感動して泣いちゃうようなこと」

マッサージ……?
千鶴は首を傾げながらそれが何なのかを考えてみるが、マッサージくらいしか浮かばない。
だけどご褒美というくらいなのだから嫌なことではないだろうと結論付ける。千鶴は、自分が気にすべきは褒美ではなくこちらの方だ、と一度息を吐いてから聞いてみた。

「ちなみにお仕置きは何ですか……?」

総司からのお仕置き……。きっと、たぶん、絶対、すっごく、タチが悪いようなことをされるに違いない。
ヒントくらいしか教えてくれないだろうが、それでも知っておいて、心の準備くらいしておきたかった。

「僕の口からは言えないなあ」

「い、痛いことですか? 怖かったり、辛かったりしますか?」

「僕にはわからないけど、でも君は痛いし怖くて辛いかもね」

…………。千鶴は総司にいたぶられる自分を想像して青ざめる。

「……じゃあご褒美をもらえるように頑張ります」

いたぶられるよりは気持ち良いほうがいいに決まってる。
千鶴が小さく決心すると、総司がにっこり笑みを浮かべた。

「僕はご褒美でもお仕置きでもどっちでもいいけど、千鶴ちゃんが頑張ってくれるなら僕も頑張るよ」

「? はい、お互い頑張りましょう!」

ご褒美もお仕置きもさして変わりはないということを、千鶴は全く気づいていなかった。
そしてこの言葉が後々の墓穴となることにも、このときの千鶴は全く気づく気配すらなかった。

「あっ、ご褒美と言えば……これ、受け取ってください」

突然思い出したかのように千鶴は鞄からガザゴソと小さなビニール製の袋を取り出し、総司に渡す。
受け取った総司が中身を確認すると、小さな金属製のものが出てきた。

「これ…………合鍵?」

部屋の鍵はいつも千鶴が持ち歩いていたため、総司は千鶴が外出中もずっと家にいた。近所の人の目もあるので、総司が家の中に篭もっていてくれるのは千鶴としては安心。
総司自身も外に用はないから鍵は千鶴ちゃんが持ってて、と言ってくれたのでそうしていたのだが。しかし、やはりここにきて一度も外に出ていないとなると健康面が心配になってくる。

「あ、あい…か……鍵です。その、それを作りに行ったら、帰りが……遅くなって、しまって……」

総司の驚きように千鶴は少し気まずくなって、言葉を詰まらせながら言う。
もしかして総司は卒業旅行までの数日間“だけ”ここにいるつもりで、たった数日のために合鍵など必要としていないのかもしれない。それを千鶴が勝手に“ずっといる”と思い込んでしまっただけ……? 総司の驚きの表情と相俟って、千鶴の中に不安と恥ずかしさが広がる。

「や、やっぱり返してください」

「返さない。やだ、絶対返さない」

とっさに奪い返そうと千鶴が手を伸ばすも、それよりも早く総司が手を引っ込めた。
総司の頬が薄っすら色づいているように見えて、今度は千鶴が驚いて目をぱちぱちさせた。

「沖田さん、顔が……」

「……悪い? 千鶴ちゃんから逆プロポーズされたんだから当たり前でしょ」

ぶっきらぼうに言いながら、総司は口元を手で隠してそっぽを向いた。
珍しい態度に千鶴はますます目を丸くするが、何か変なことを言っていたような気がする。

「…………プロポーズってなんですか?」

真顔で聞いた千鶴に総司の熱は一気に冷める。

「いま千鶴ちゃんが僕にしたやつ」

「そんなことしてません。ただ鍵を渡しただけです」

「“一緒に暮らしましょう”ってことでしょ。似たようなものだと思うけど」

「全然違います。私はただ、不便だなって思って…」

「素直じゃないなあ。僕と一緒にいたいか、いたくないか、どっち?」

このまま問答を続けてもいい方向に進むわけが無いことを悟った総司はさっさと切り上げて二択を迫った。
もちろん許される答えなど一つしかない。

「……い、いたいです」

「だよね。じゃあ僕と毎日一緒にいれて、嬉しい? 嬉しくない?」

「嬉しいです……」

他に選択の余地を与えぬように、総司は質問を続け、一番聞きたいことを口に出す。

「うん。……ねえ、僕のこと大好き? 愛してる?」

千鶴が一度息を吸い込んで、遠慮がちに目を伏せる。そしてモジモジと近くにある総司の手へと自身の手を近づけ、人差し指を小さく握った。
小さな子供が親を見失わないようにするみたいな仕草に、総司は知らずうちに顔を緩める。

「……あともう少しだけ……待ってください」

もううんざりだと思っていたお預けの言葉も、遠慮がちとはいえ、逃げられないように手を繋がれたとなればいくらでも待っていようと思えてしまう。

「……ああ、もう仕方ないなあ。いいよ、待ってあげる。その代わり半月後にたっぷり言ってもらうからね」

総司が小さな手を握り返すと、千鶴がホッとしたように微笑んだ。
二人が教師と生徒ではなくなるまで、あと少し……。









END.
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2011.11.16

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