★カウントダウン〜カウントゼロ〜(1/2)

※「カウントダウン」のその後の話です。ノーマルED後の転生、千鶴は教師で沖田は生徒という設定。







三年生にとって二月に行われる期末テストは、卒業前最後のテストであり、卒業にも受験にもあんまり関係のない代物。
まあ、そういった事情やら受験真っ只中の生徒に配慮したりで、テスト問題は実に簡単。本気で挑む生徒も少ない。
そんなテストの採点中、千鶴はぼんやりと蛍光灯を見上げていた。

(あと少しで卒業式……)

千鶴が教師として卒業式を迎えるのはこれで二度目になる。
一度目の去年の卒業生は、千鶴が担当した学年ではないので特に感慨は湧かなかった。ただ準備に駆り出されて大変だったと言う記憶が強い。
しかし今年は違う。新任時から受け持った学年であり、何より、かつてお世話になった面々のいる学年なのだ。

(斎藤さんの卒業生答辞、楽しみだなぁ)

いつも通りにかちりと着込んだ制服、正された背筋、一礼をしてからステージに上がるその姿を想像して、卒業生代表にまさしく相応しい人物だ、と千鶴は思った。

(平助君は最後くらい遅刻しないといいけど……)

平助は進学先が決まってからというもののゲームに没頭する日が続き、登校日は毎回遅刻してきていた。千鶴からしてみれば残り僅かの学校生活で遅刻するなんて考えられなかったが、やはり男の子はそういうものなのだろうか。

(沖田さんは…………はっ!)

千鶴が視線を上から下へおろした時、信じられないものが瞳に飛び込んできた。
採点中のテスト、氏名欄には沖田総司の文字。いつものようにマルだらけで埋まった解答用紙には…………――











「――はい、では答え合わせしまーす」

テスト後最初の授業、千鶴が採点したテストを生徒たちに返却すると、教室は一喜一憂の声や点数の見せ合いでしばらくざわついていた。名前順に最後の人まで配り終えると、千鶴は黒板に向かって問一の問題から解説しようとする。

「待って千鶴ちゃん、まだ僕の返ってきてないよ」

沖田が手を上げながら千鶴を止める。それに千鶴がぎくりと肩を揺らし、ちらりと振り向いて気まずそうに答えた。

「……沖田さんのはありません」
「え?」
「はい、では始めまーす」

構わず解説を始めようとする千鶴を、沖田は慌てて止める。

「待ってってば。どういうこと?」

納得のいかない沖田はさらに言い募る。千鶴はもう振り向こうともせずに言った。

「…………え、えと、問題があったのであとで準備室に取りに来てください」

そうして千鶴は答え合わせをスタートさせてしまい、沖田は筆記用具だけ置かれた机からぽかーんとその後ろ姿を眺めるしかなかった。
沖田は千鶴の授業が大好きで毎回大真面目に受けている。今回のテストだってボンミスさえなければ満点は確実だ。授業以外にもわからないことがあったら(というのは名目で本当は千鶴目当てに)職員室や準備室に質問に行ったり、教材の準備や運び出しを手伝ってもいた。どこからどう見て優良生徒であり、なぜ最後のテストでこんな仕打ちを受けているのかが全くわからない。
横の席のやつから「お前どんだけ酷い点だったんだ?」と笑われて、沖田は憮然としたまま一時間を過ごした。




そんなこんなで放課後、沖田は不貞腐れ気味に準備室を訪れる。
準備室は日の当たりにくい校舎の片隅にあり、暖房設備はない。二月後半の今はまだ日中も寒く、沖田はひざかけを足に巻きつけるようにして震えている千鶴を確認するや急いで駆け寄った。

「遅かった? ごめんね、待たせちゃって」

不貞腐れていた気持ちなんてどこかへすっ飛んでしまい、すぐ隣に腰を下ろす。沖田は自分が身に付けていたパステルピンクの愛用マフラーを外して、千鶴にぐるぐると巻いた。

ほんわかした桃色のマフラーをいい歳した男の沖田が愛用しているのは些か不自然ではある。男性陣からは「どんな趣味してんだ」とか「総司にピンク色って合わねえ」とか言われたが、クラスの女子からは「可愛い」とか「似合ってる」とか真逆のことを言われて大好評だった。
まあ、これは女性用のマフラーなのだが、沖田は別に可愛さを求めているわけでも似合うと思っているわけでもない。二月前のクリスマス直前に千鶴が使っていたものを貰ったので周りに見せびらかすように愛用しているのだ。
千鶴は教師と生徒の一線を頑なに越えようとはしてくれず、そういったイベントのときにもプライベートで会ってくれなかった。じゃあせめてプレゼント交換してラブラブしたい!と沖田が申し出れば、一生徒だけを特別扱いなんてできません!あとラブラブもしません!!と断られてしまう。
そのときも寒い準備室で言い合いをしていて、普段から薄着の沖田はくしゅんとくしゃみをしてしまった。心配そうにする千鶴に「クリスマスは諦めるから今温めて」と甘えたら、千鶴がこのパステルピンクのマフラーを巻いてくれた。そんなもので誤魔化されるものかと思ったのも一瞬で、沖田はマフラーから香る千鶴の甘い匂いに簡単に絆され、「我慢するからコレちょうだい」とおねだりしたのだった。

――あのときとは逆のシチュエーションだなぁと沖田は思いながらマフラーを巻き終わると、冷たくなった千鶴の手を握って温める。

「いえ、午後は授業がなかったのでずっとここにいたんです」

二年生のテストを採点中だったんですと言いながら、千鶴は手を振り解こうとする。しかし冷え切った体に与えられる沖田の熱は心をじんわりホッとさせるもので、振り解こうとしているのに自分から傍に寄ってしまった。

「ずっと、って。こんなところに何時間もいたら風邪ひくよ」

「ごめんなさい」

沖田は千鶴の冷たい手を自分の頬や首に持っていって触れさせる。普段は大げさに逃げようとする千鶴が今日は熱を求めて無抵抗で、沖田は冬と言う季節に感謝しながら本題へと入る。

「それでテストは? ちゃんと真面目に受けたのに、そんなに酷かった?」
「そ、そういうわけではないです、良い点でした」
「じゃあどうして? ……あ、わかった。僕と二人きりになりたか――」
「ち、違います!」

にやり、という笑みを沖田が浮かべた途端、千鶴はあわあわと慌てたように否定し、机の端にあった茶封筒を取って差し出した。
沖田が受け取ってみると、ご丁寧にがっちりと糊付けされている。……ここにテストが入っているのだろう。そう判断して封筒を開けようとすると、千鶴は沖田のセーターの袖をくいっと引っ張って止めた。

「あっ! おうちに帰ってから開けてください」
「やだ」

ビリッ

「えっ! あ、あの、先に言っておきます」
「なぁに?」
「それ、ただの間違えです……わ、私もう職員室戻り――ひゃあっ!」

顔を赤くしながら語尾をゴニョゴニョと弱めた千鶴は、耐えられないといった具合で一度立ち上がって逃げようとした。
すかさず沖田が千鶴の腰を掴んで引き戻したのだが、そのせいで千鶴は沖田の膝の上に着地してしまう。沖田がそのまま後ろからお腹のほうへと腕を回すと、千鶴はジタバタ抵抗を見せて逃げようとする。

「駄目。僕の上にいて」

沖田がわざと耳元で囁くように言うと、千鶴はさらに顔を赤くして、しゅん、と大人しくなった。
腕を回したままの場所で封から紙を取り出すと、千鶴はまたジタバタし始めて「ここで見ないでください」と奪い取ろうとする。
一体何なんだ、と思いながら沖田は千鶴の手を払い除け、三つ折りにされていたテストを広げる。
まず点数――100点のそれが瞳に映った。このどこが問題なんだ?と、沖田が解答用紙の下部へと視線を落とすと…………。

彼、沖田総司は答案用紙を毎度ラブレター代わりにしていた。好き、デートしよう、家に遊びに行きたい等々、千鶴に向けたメッセージを書き込んではマルを付けてもらえる日を待ち侘びていた。千鶴はと言うと、そのメッセージに毎回ドキドキしながらスルーを決め込んでいた。
今回は卒業前最後のテスト、卒業直前ということもあってか、メッセージの内容が直球だった。

【卒業したら僕のお嫁さんになってください】

解答用紙の空白部分に大きくハートマーク付きで書き込んだメッセージ。その部分を見て、沖田は目をぱちぱちと瞬かせた。

そこにはハナマルが書いてあり、ついでにスマイルマークまでついていた。おまけにハナマルからは茎がにょきにょき生えていて、葉っぱも左右に二つ伸びていた。
これではどう見たって、いや、見ようによってはプロポーズを受けたようにしか見えない……かもしれない。

「あ、あの……沖田さん、それは……」

沖田は感激しているのか言葉も出ないようで、ただ瞳をキラキラ輝かせて千鶴と解答用紙とを交互に見つめ続けた。

「ち、違いますよ。考え事をしてたら勝手に手が動いてて、それが偶然沖田さんのテストで」
「勝手に? 無意識でマル書いてくれるくらい僕のこと想っていてくれたんだ……嬉しい」

必死に説明しようとする千鶴を、沖田は後ろからギュッと抱き締めて桃色のマフラーに顔を埋めた。千鶴はくすぐったそうに身じろぐ。

「いえ、だから違います。書き損じです。マジックだったのでどう頑張っても消えなくて」
「うん、卒業したら……するまであと少し、我慢するね」
「砂消しゴムで消そうとした跡がいっぱい残ってるじゃないですか、見てください」
「やっぱり近藤さんには一番に報告したいなぁ」

会話のキャッチボールは果てしなく成立しなかった。
こうして沖田は最後に素敵な思い出と約束を手に入れ、薄桜学園高等部をルンルンと卒業したのだった。










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2011.08.17

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