★IF風間編
【もしもあのとき薫が間に合わなかったら】
風間編本編で千鶴は一旦女子トイレに避難しています。
そこで薫が助けに来るのを待っていたんですが、風間さんたちが女子トイレなんてへのへのカッパだった場合…の小ネタです。
「すまない、雪村千鶴。諦めてくれ」
女子トイレへと駆け込んだはずの千鶴の横に、天霧が立っていた。
ここは男子禁制の場所だ。
こんなにタッパがあって黒い長ランを着ていて、どこからどう見ても立派な男性の彼が人通りの多いこの時間帯、女子トイレに堂々と入ってきた。
一応、すみませんすぐに出て行きます、と周囲の女性に気遣いを見せていたものの。
千鶴は叫び声を上げるのも忘れ、彼に簡単に担がれるや、口をぱくぱくと開閉させた。
そしてそのまま駅の外へと連れ出され、いつの間に準備したのか、停車してあった車に押し込められる。
質の高い高級車……という雰囲気がムンムンとした。
「おいおい、これって犯罪じゃねえの」
不知火が助手席に座りながら、言葉とは裏腹に軽い調子で言う。
「訴えられたらそうでしょうね」
運転席に着き、シートベルトを締めながら天霧が言う。
「……ふん、訴えてみるがいい。警察を握り潰すことなど造作もない」
後部座席、千鶴の横に足を組んで寛ぐ風間が物騒な言葉で締め括った。
千鶴の顔から一気に血の気が引いて、ドアノブを引いた。
しかしロックがかかっていて開かない。
パニックになってガチャガチャとしているうちに車は発進してしまい、風間に「大人しく座っていろ」と首根っこを掴まれてドアから引き剥がされてしまった。
千鶴の頭の中にいくつもの罪名が浮かぶ。誘拐、監禁、自動車窃盗、無免許運転…………。
声に出してしまったのか、不知火がぶぶっと笑いながら口を開いた。
「窃盗でも無免許でもねえよ」
「で、ででででも高校生がこんな車を、しかも免許なんて……」
「あのなぁ、こいつが高校生に見えるか? こんな格好してるけどオッサンだぜ?」
まぁオレも人のこたぁ言えねえけどな! と天霧を指差しながら明るく笑う不知火。
千鶴の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
高校生じゃないのに学ランを着ている……? コスプレ……!?
薄桜学園剣道場に竹刀のぶつかりあう音、無邪気な掛け声が響いていた。
「あっはは、近藤さん……! 少し鈍ったんじゃないですか」
「そうか? いや、総司がまた腕を上げただけだろう」
傍から見ていると近藤が防戦一方のように見えるのだが、それにしては二人とも実に楽しげに打ち合っている。
普段学園長としての仕事に明け暮れている近藤が久々に道場に顔を出したとあって、彼を敬愛する総司は笑みが耐えない。
その頃、道場へと続く渡り廊下では――……風間の肩に担がれ、千鶴がピーピーと泣きじゃくっていた。
どこに連れて行かれるのかと不安に思っていれば男子校。
そこで無理やり降ろされ、人気のないほうへと引き摺られ、じたばたと抵抗し、ついには鬱陶しげに担がれた。
千鶴の思考は最悪の展開で埋め尽くされていた。
千鶴は制服でスカートだというのにこんな体勢では捲れて中が見えてしまう。
誰が見ているというわけでもないが、年頃の少女をそんな風に扱ってはさすがに可哀想だと天霧が自主的に学ランを脱いで彼女をしっかりとガードする。
なんとも異様な光景だ。
「何を泣いている。昔はこの程度で動じはしなかっただろう」
深く息を吐きながら、風間が独り言のように言った。
かつての千鶴は自分の命も危ういというのに刃の前に立ち塞がったり、絶望的な状況でも凛と前を見据え、浚おうと担ぎ上げても反抗的な態度を取り……。
この程度で泣くような女ではなかった、と風間は記憶している。
その意見に天霧が注解をする。
「風間、彼女はかつての記憶がないようです。幕末と今を比べるのは酷な話では……」
「厄介な。なんとかしろ、不知火」
天霧の言うことは尤もなのだが、風間にとっては関係ないらしい。
煩わしいことはとりあえず他人に擦り付けておくのが吉のようだ。
ぺいっと千鶴を不知火に丸投げした。
「オレかよ!? ちっ…………ほらよ、これやるから」
顔を赤くしてこの世の終わりが来たかのように泣く千鶴を、不知火は面倒臭く思いながらも、ポケットからゴソゴソと取り出した飴玉を与えた。
餌付けである。
千鶴が一瞬泣き止んだ。
餌付け成功である。
それを横目で見ながら、風間は天霧に次の指示を出す。
「天霧、剣道場にやつらが揃っているか確認して来い」
新選組幹部が揃っていればそこへ颯爽と登場して千鶴を見せびらかし、ぎゃふんと言わせる算段だ。
天霧が頷き、道場に向かって歩き出そうとする。しかしそこへ――。
「――何してるの」
近藤との打ち合いを終えた総司が水を飲みに外に出てみれば生徒会メンバーがいた。
眉を顰め、彼らを見る総司。
すると三人の影にもう一人、女の子がいることに気づいた。
ここは男子校。
嫁を見つけなければ卒業できないという意味のわからない家訓に縛られている風間が、ついに嫁を見つけたのか。
「ひっく、ひく……っ」
いや、浚ってきたのか。
女の子の泣き声に総司は顔を顰める。
普段ならば誰が泣いていようが関係はないが、このシチュエーションは別だ。
彼ら三人が千鶴を浚おうと何度も襲撃してきた前世の出来事をどうしても思い出してしまう。
前世も現世もやっていることの変わらない三人に溜息が漏れる。
女の子のことを不憫に思いながら、総司はその子に視線を向ける。
すると天霧と不知火がササッと隠す素振りをする。
総司はますます怪訝に思い、女の子を確かめようとする。
そして彼女の顔を見て、息を飲んだ。
「…………千鶴?」
あちゃー見つかっちまった、といった顔をする不知火と天霧。
当初の予定とは変わってしまったが、総司一人を相手にするのもまあいいだろう、と風間は考えていた。
彼女と前世で結ばれた総司がどんな反応をするかなど目に見えている。
千鶴を取り返すべく怒り震えて……。
しかし予想に反して総司は瞳をキラキラと輝かせ、なぜか感激ムードだった。
「風間……もしかして僕のために千鶴をここまで連れてきてくれたの?」
総司のぶっ飛んだ発言に天霧と不知火は思わずガクッと前のめりに転びそうになる。
「そんなわけがな――」
「あんたのこと嫌なやつって勘違いしてたよ。まさか千鶴と僕を引き合わせてくれるなんて」
風間の否定を遮って、総司は顔を綻ばせ、感謝の眼差しを送る。
どうやらマジで言っているらしい。
恐らく近藤との打ち合いで綺麗に澄んだ方向へと気分が高揚してしまったのだろう。
一気に間合いを詰めた総司は、風間たちを通り抜けて千鶴の前までやってくる。
突然現れた第三者の存在に千鶴はびくりと震え、瞳からボロボロと涙を零す。
総司は慈しむようにそれに触れ、微笑んだ。
「僕に会えたのがそんなに嬉しいなんて……泣き虫だね、千鶴は」
違うよ、全然違うよ! とツッコミたいところだが、総司は自分の世界に完全に入り込んでいるらしく、にこにこしながら千鶴のおでこをツンッと小突いた。
そして愛しげに千鶴を抱え上げる。
「ひゃっ、ひゃあ!」
「大丈夫、掴まっていて。向こうに皆いるから行こう……それとも二人きりがいい?」
「ど、どっちも……お家に帰してっ、ください」
「僕の家に来たいだなんて積極的だなあ♪ じゃあ帰る準備するから部室に行こっか」
「ち、ちが……!」
「相変わらず照れ屋なんだから。そんな君も大好きだよ」
総司は千鶴を抱えたままルンルンとスキップして瞬く間に見えなくなった。
残された三人(特に風間)はしばらくその場でぽかーんとするばかりだった。
ちなみに千鶴はその後、異変を察知した土方に事情を問われ、近藤に保護された……はず。
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