★続・沖田編(1/3)

「え、っと。ほ……他に誰誘う?」

総司の止まらぬ惚気話を遮るように平助が切り出した。
午後の授業の始まりを告げるチャイムはとっくに鳴り止んでいる。
そのうち鬼のような古典教師が怒鳴り込んでくるのではないかと冷や冷やしながらも、嬉しそうに楽しそうに語り続ける総司に平助と斎藤の二人はなかなか席を立つことができない。
島原女子高の学園祭チケットは、平助が必死で掻き集めたものと総司が千鶴から貰ったものを合わせると七枚。三人でわけても余る。
入手困難なこのチケットをほしがる輩は山ほどいるだろう。総司は興味なさげに「ほしい奴に渡したら?」と言っていたが、女目当ての奴なんかに渡したら機嫌を悪くしそうだ。
なんせ千鶴の通う学校のチケット……。まあ、そんなことを考えるまでもなく、渡すべき相手は大体決まっていた。身内しかいない。

「新八っつぁんと左之さんも千鶴に会いたがってたぜ」

予定入ってても断るだろ、と平助がまず二人が来ることを確定させた。
斎藤が顎に手を置き、推敲するようにして呟く。

「局長と副長はどうだろうか」
「近藤さんはその日出張。土方さんは……どーせ暇でしょ」

総司が仕方なさそうに三人目を確定させる。
残りは一枚。…………その前に、平助が不意に思い当たったことを口にした。

「そういや近藤さんならチケット手配してくれただろ。どうして頼まなかったんだ?」

近藤は薄桜学園の学園長。
近隣の私学同士ということもあり、島原女子高の学園側とのパイプを当然持っている。
きっと総司が頼めば、近藤は笑顔で頷き、チケットを入手してくれたに違いない。

「僕個人の問題に近藤さんの手を煩わせたくない。もう手に入ったんだからいいよ」

プイ、とそっぽを向く総司。平助は「オレの手なら煩わせていいのかよ」とぼやき、斎藤は小さく笑った。
そして最後の一人を決めるために再び話し合いに戻る。

「あと一枚はどうする」
「山南さんや源さんはこういうの行くタイプじゃねーしな」

総司はきっと提案すらしないだろうと決め込んだ平助と斎藤が二人で候補を挙げる。
無理に誰かを誘わなくてもいいやもしれない。だがレアチケットということを身に染みて理解した平助からしてみれば、全部使わなければ勿体無いの一言だった。
と、そこへ思いも寄らない一言を総司が発する。

「山崎君を誘えば」

彼もまた休日にわざわざ女子高の学園祭に行くようなタイプではない。
斎藤と平助はまた顔を見合わせ、眉を寄せた。

「何その顔。社会人を何人も連れて行くより、高校生の方が場に馴染むと思うけど」

推し量られるような視線を睨み返しながら総司が居心地悪そうに言った。
しばらくして、前世の総司たちが彼に世話になったことを思い出した二人はみたび顔を見合わせ、生暖かい表情を総司に向ける。…………当然総司は嫌がった。







その日深夜まで続いたメールの送り合いは、千鶴が眠りこけて終了する。
しかし翌朝からすぐに再開し、話題の大半が学園祭一日目の内容だった。
一日目には一般公開はなく、外部からは教育関係者や一部のPTAが招かれる程度。二日目の一般公開日を本番とするならば、初日は練習日。
千鶴がこういう出し物のクラスがあったとメールを送れば、総司が明日そこに連れて行ってと返事をする。そんなやり取りを続けていく。そして何往復目かのとき、千鶴は受信メールを開いて息を飲んだ。

『今、電話していい?』

見間違えかと思いぱちぱちと瞬きをしながら読み返すものの、同じ一文にしか読めなかった。
千鶴は手に持っていた携帯電話をクッションの上に置き、その前で正座して考え込む。

電話ってどうして……私、なにか変なこと送ったかな……?
え、でも電話……直接話す、んだよね。

そのまま千鶴は固まる。
メールは失礼がないか何度も確認してから送信できる。
一緒にいるときは言葉よりも空気を楽しむ、そういう雰囲気があの日はあった。
でも電話は違う。何か話さなくてはいけない。昨日みたいに総司がリードしてくれるとしても、うまく受け答えできるだろうか。電話で会話を途切れさせてしまったら、すごく気まずい……。
どちらかと言えば会話は聞き役に回るほうであり、喋りに自信があるわけではない千鶴は、いきなり大きなハードルに出くわしたかのように呆然とする。
千鶴にとって総司はずっと憧れ、想いを寄せていた相手。彼と連絡先を交換できただけでも舞い上がるほどの奇跡。……なのにたった二日で詰まらない子だと失望されたらどうしよう、そんな不安が広がった。

「こういうときは千ちゃんに相談……! あ、でもこんな夜遅くに迷惑…………」

頼れる親友に助言を求めようとしたものの既に夜十時を回っていた。
時計を見つめ、千鶴は伸ばしかけた手を携帯電話から遠ざけてそのまま額を押さえる。

「か、薫……薫なら……!」

頼れる人物なら身近にもう一人いたことを思い出す。しかも彼と同じ男だ。総司により近い考えを持ち、いいアドバイスをしてくれる気がした。
双子の兄に恋愛相談なんて気恥ずかしいかもしれないが、なんだかんだで千鶴のことを親身に考えてくれる薫のことだ。きっと真剣に聞いてくれるだろう。
自分に言い聞かせるように千鶴が一人頷きながら、隣の部屋へと移動すべく腰を上げる。
……薫からしてみればご遠慮願いたい方向へと千鶴が進みかけたとき、電話の呼び出し音が鳴った。
電話の相手はもちろん総司。
登録してからまだ一日と僅か。その名前がディスプレイに表示された途端、千鶴の心臓が一度強く弾んだ。
鳴り続ける呼び出し音がやけに大きく聞こえる。いつもと変わらぬ設定音量のはずなのに……。
早く出なくては総司に対して失礼だ、そう思う一方で心の準備が終わらず、なかなか指が受話ボタンに進まない。
こういうときはアレだ、深呼吸をしてまず気を落ち着かせねば。
千鶴は口を開き、すぅはぁとたどたどしく呼吸をする。それだけでは全く落ち着かず、むしろ緊張が増していく。
電話を取ったらまず何を言えばいいのだろう。こんばんは? それとも……。
混乱する頭で会話内容にまで考えを巡らせる千鶴。
そうこうしているうちに、総司からの電話は鳴り止んでしまった。

「………………ど、どうしよう」

着信1、と表示された部分に視線を注ぎながら千鶴は青褪める。
いきなりの電話ではなかった、直前にメールで伺いをたててくれていた。それなのに結果的には無視をした形になる。
咄嗟に、席を外してたと言い訳してかけなおそうかと思い浮かぶ。でも彼に対して嘘は絶対に吐きたくなかった。




充電器が挿しっぱなしの携帯電話を枕元に放り投げ、総司はベッドの下のほうで小さく蹲った。
何も覚えていない彼女に対して、行き過ぎてしまったことを反省する。
話せるようになったのはつい昨日のことだ。こうやってメールを何往復することだけで十分幸せだったはずなのに、文字では物足りなくて、声が聞きたくなって我慢がきかなかった。
声を聞いてしまえばきっと直接会いたくなって、強引にでも家の場所を聞き出して走り出してしまうだろう。
総司はさらに身を小さく丸め、ストーカーなのはどっちだと自嘲した。

こんなことで落ち込んでもいられない。これが原因で今後気まずくなるのも御免だ。すぐにフォローのメールを送らなければ。

数分後、ネガティブ思考をなんとか切り替えた総司はむくりと起き上がり、枕元に手を伸ばす。と、丁度そのとき千鶴からの折り返しがあった。
画面に表示される名前に思わず息を飲む。
触れたら途切れてしまいそうな気がして手を引っ込めた。だけど触れなければ何も始まらない。
壊れ物を抱えるようにゆっくりと両手で取り、耳にあてがい、通話ボタンを押した。

「……千鶴?」
『そ、総司さん……私、あの…っ!』

向こう側から慌てたような上擦った声が聞こえ、総司は表情を崩した。
こういう喋り方、息遣いをするときの千鶴はたいてい緊張しているときだったとかつてを思い出す。
何に対して緊張しているのか。それは自分だというのは思い上がりではないはずだ。嬉しさに身を委ねるように、総司はベッドにゴロンと転がる。

『さっきは取らなくてすみませんでした。その、いきなりで…驚い、ちゃって…っ』
「ううん、かけ直してくれてありがとう」

感覚の全てを千鶴だけに注ぎたくて、電話のないほうの耳を塞いで目を閉じた。








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2011.12.18

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