★裏・沖田編(1/2)

彼女と再会したのが何月何日何時何分か、その正確な全てを覚えている。
なんとなくいつもより早い時間に家を出て、なんとなく乗った三両目の電車。そこに君がいた。




「いたいた、総司みーっけ!」

生徒立ち入り禁止の屋上は総司にとって一人きりになれる絶好のスポットだった。
そこへわざわざ捜しにきて騒ぎ立てる相手など、数えるくらいしかいない。体育座りをして顔を伏せていた総司はゆっくりと頭を上げて声の主を睨む。

「なんだよ、機嫌わりーじゃん。一君の嘘吐き」

悪態をつく平助の後ろには斎藤がいて、二人とも弁当と飲み物を手にしている。どうやら今日はここで昼食を食べるらしい。
総司はこれ見よがしに溜息を吐いた。

「今朝は浮かれていたのだが」

斎藤が不思議そうに言う。
いつも始業チャイムの後にのんびり登校する遅刻魔の総司が、今日は早い時間に正門をくぐった。何かあったのかと斎藤が問えば、嫌味の欠片などない純粋な微笑みを浮かべて総司は頷いた。
だから事情を聞いてみようと昼休みまで待ち、平助を誘って屋上までやって来てみれば――不機嫌になっていた。相も変わらず気分屋な男だ。

気分を上向きにさせられる近藤や不機嫌解消の相手である土方は現在多忙な仕事柄のため、かつてほど総司に構っていられる時間はない。
かつてもかつてで組織が巨大化するにつれて二人は多忙極まりない毎日を送っていたのだが、幹部だったあの頃の総司と現在の一生徒にすぎない総司とでは、関係はずっと疎遠だ。
それに今は彼女がいない。
斎藤はかつて同じ屯所で暮らしていた少女のことを思い出した。

「…………千鶴に会った」

途端、斎藤が思い浮かべた少女の名前が総司の口から飛び出す。

「でえぇ!?マジどこでどんなだった!?」
「電車の中で。島女に通ってるみたい。……すごく可愛かったよ」
「良かったじゃん。そっか島女かあ。意外と近いとこにいたんだな」

驚いて食いつく平助と、今までの不機嫌が嘘のように顔を綻ばせて報告をする総司。

「今朝上機嫌だった理由はわかったが」

どうしてそんなに不機嫌だったんだと斎藤は訊ねた。
すると総司の表情が再び不機嫌なものに変わる。

「電車乗った瞬間、目が合って……なのに逸らされた」

たぶん僕のこと覚えてないんだ。
そう言うと総司は顔を伏せてしまった。不機嫌、というよりは不貞腐れている……いや、傷ついているという言葉が今の総司には合っていた。
斎藤と平助は顔を見合わせ、どちらともなく無言で昼食を始めた。たぶん今なにを言っても総司には通じないだろうことがわかっていたし、総司ならば自分から行動すると信じていたから。


――その翌日から総司は千鶴と同じ電車で登校すべく遅刻しないようになった。







「それでずっと見てるだけなのか? さっさと仲良くなっちまえよ」

そうこうしているうちに時は流れていく。
総司は相変わらず朝千鶴と同じ電車に乗るだけの日々を送っていて、周囲からは焦れったいだの根性ナシだの俺が協力してやるだの散々言われ続けていた。
総司は総司できちんとした主張があるのだが……

「左之さんと一緒にしないでほしいな。気安く話しかけて軽い男だと思われたくないんです」

まあ、ただ根性がないだけだった。

「わかるぜ総司。運命的なきっかけがほしいんだよな」

不良に絡まれてる彼女を颯爽と助けたり、階段から転げ落ちる彼女をキャッチしたり。
永倉が己の理想を膨らませつつ語る。が、総司はそれを「それは無いです」と即否定した。

提出し忘れていたプリントを職員室に届けに来てみれば原田と永倉につかまり、千鶴についてを根掘り葉掘り興味深そうに聞かれた。
酔ったときに言いふらされたくないのでこの二人にはあまり言わないようにしているものの、どうやら平助伝いに大体のことは漏れてしまっているらしい。
総司自身、千鶴とはさっさと仲良くなりたいし、きっかけがあればどこからでも降ってきてほしい。しかし……

「先週話しかけたって言ってたじゃねーか」

読み終わった書類をトントンと整えながら、土方が会話に入ってきた。
そう、きっかけならば先週あったのだ。満員電車で苦しそうにしていた千鶴を引っ張り助け出した。

「ん、初耳だ。なんだ良かったな」

土方の言葉に原田と永倉は頬を緩めて総司を祝う。が、しかし。

「話し掛けたけど一言も返事してもらえずに逃げられたんだってよ」

虫の居所がわるかったのかいつもの仕返しなのか、土方にしては珍しく嫌味なことを、口の端を上げながら言い放った。
その言葉に総司の顔色が一気に曇り、原田と永倉は、うっと身構える。

あの日満員の電車の中で千鶴に声をかけて触れた。天にも舞い上がるような気持ちとはこの事かと喜んだ総司だったが、千鶴は一度も返事をせずにそのまま下車してしまった。
しばらくは千鶴の余韻で幸せモードだった総司も、時間が経つにつれて不安が募る。
彼女からしてみれば、知らない男に突然引っ張られて、話しかけられて、触られて――――そして逃げるように走り去っていった。最悪、痴漢扱いされてしまっていたらどうしようと眠れぬ日々を過ごしていたのだった。

総司の反撃が始まるか? と仲裁に入る準備をしていた原田と永倉だが、予想に反して総司はそのまま無言でトボトボと職員室から出ていってしまった。

「ちと言い過ぎなんじゃねえの、土方さん」

「いいんだよ、あれくらい言わねえと何もしねえだろ」

総司にとって不覚だったのは、あの日浮かれまくって廊下で擦れ違った土方にルンルンと報告してしまったことだ。そして彼に指摘されて初めて千鶴が返事を一切せずに下車した事実に気付く。
言われっぱなしが悔しい。しかも相手は土方だ。他の皆は踏み込んだとしても発破をかける程度に留まっているが、土方はいつもヤケに攻撃的な言い方をする。それが彼なりの発破のかけ方なのだろうが、これではかつてと立場が逆転してしまったようで苛立つ。
この状況を何とかしたい。千鶴のことになると臆病になって思わず現状維持を選んでしまうが、昔、京の町で始めて会った日のように、腕を掴んで連れ帰って、逃げれないように縄で繋いでおくくらいの度胸がほしかった。








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2011.10.27

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