★風間編+α


「紅茶で宜しかったですか?」

高級そうなティーカップの中で黄金色の波紋が揺らめいた。
音もなくそれが千鶴の目の前に置かれ、ミルクと砂糖も添えられる。

「何も入ってないだろうな」

疑いもなくそれへと千鶴が伸ばした手を薫が制止し、天霧へと威嚇の眼差しを向ける。
何も、とは一体なんなのだろうか。予想だにしなかった薫の警戒に千鶴は驚き、動きを止めた。
天霧は向けられた敵意を受け流すように目を閉じ、頭を振る。

「客人にそのような真似は致しません」

千鶴と薫は今、風間家のレセプションルームにいる。二人掛けのヤケにふかふかした椅子に薫は堂々深く座っていて、千鶴は戸惑うように浅く腰かけていた。
椅子だけではなくテーブルや絨毯もその他諸々、なんやそれと施された装飾、全てが高級そうに見える。上を見上げると映画に出てきそうなほどのシャンデリアからキラキラとした光が降り注いでくる。
まるで動じていない薫をちらりと盗み見しながら、千鶴はどうしてこんなことになったのかを思い浮かべた。




***




あの後、手や足は出なかったものの三人の抗争はとどまりを知らなかった。誰も己の意見を曲げようとはせず、平行線もいいところ。
その抗争の原因がどうやら自分らしいことに気付いた千鶴は、天霧と不知火の間で縮こまるしかなかった。
そこへ斎藤と平助が駆け寄ってくる。またも自分のことを知っているらしい人物の登場に戸惑いを深める千鶴。だがそこら辺は天霧が「彼女は覚えていないようです」とか簡単に説明し、すぐに納得してもらった。
さっきまでは二人に挟まれていた千鶴が、今度は四人に囲まれている状態になる。さらに気まずい現状に、事態の打開を願わずにはいられない。
その思いが届いたのかは定かではないが、いや、後々の展開を考えると悪い方向に転がったとしか思えないのだが、転機がやってくる。騒ぎを聞きつけたのか、それとも誰かに通報されたのか――。

「コラー! そこ、何やってるんだ!」

警察官が二人、人混みを掻き分けてこちらへと向かってきた。
千鶴は内心ホッとした。だってそもそも変な人(※風間)にどこかへ連れて行かれそうになったことが原因だ。お巡りさんに事情を話せば助けてくれる、と。
しかしそんな都合のいいことにはなってくれなかった。

「車を回してこよう」
「やっべ。おい風間、先に行くぞ」

真っ先に動き出したのは天霧と不知火。二人はそれぞれ別の方向へと足を向けた。
そして何故か不知火は「お前も来い」と千鶴の腕を掴んでいる。

「は、離してください、私は……!」
「そーだよ、千鶴嫌がってんじゃん! 離せって」

不知火に引っ張られそうになる千鶴の反対側の腕を平助が掴む。
前世の千鶴ならば平助が自分を守ってくれたと当然感謝するのだろうが、生憎いまはまだ記憶がない。
知らない人間二人に両腕を拘束され、千鶴はどうしていいかわからずに薫に助けを求めるが…………まだ言い争いを続けていた。

「二人とも離せ。千鶴が困惑している」

斎藤がベシッと二人から千鶴を引き剥がし、「大体俺たちに逃げる理由などない」と正論を突きつけた。
すると不知火がヤレヤレと肩を竦めて言う。

「あのなぁ、あそこで喚いてる沖田と俺ら三人、同じ制服を着てるんだぜ? 仲間だと思われるに決まってんだろ」

権力の後ろ盾がある風間はともかく、薄桜学園の生徒が何人も警察の厄介になったらどうなるか。
もちろん学園側に連絡が行くだろう。そうすれば近藤が酷く落胆する。自ら交番に駆けつけ平謝りをする彼の姿が想像つく。そして教頭である土方もその対応を追われるだろう。多忙な彼の手を煩わせ、貴重な時間を奪う行為だ。
土方の迷惑に……なる。

「行くぞ千鶴」
「ええぇっ!?」

斎藤は千鶴の手を取って一目散に走り出したのだった。



そんなこんなで皆で警察を撒いて、なぜか全員一緒に同じ場所へ集合してしまった。
鬼のような体力を持つ男性陣とは違い、千鶴は肩で息をし、両手を膝について呼吸を整えていた。気遣いの塊・天霧に渡された缶ジュースで火照った顔を冷やす。そして何故こんなことになったんだろうと考え込んでいた。

その間、千鶴と風間を除いた六名がヒソヒソと話し合いを始める。
天霧と不知火が持ちかけたのは、とりあえず二時間ほど千鶴を貸してほしいということだった。千鶴を横に置いて新選組を二、三分嘲笑えばきっと風間の気も済むだろう。頼むから付き合ってやってくれ、もちろん千鶴に危害は加えないし、それ以降はなるべく接触させないようにするから、という裏取引。
たった一回我慢して、悔しがる振りをすれば敵が一人減る……総司と薫は渋々取引に応じることにし、一行は天霧の運転する車とタクシーに乗って風間家へと向かったのだった。




***




「土方さんは仕事が終わらないから遅れてくるって」

携帯電話をパカパカさせながら部屋に入ってきたのは総司だ。その後ろに斎藤、平助も続く。
“風間に嘲笑われる要員”としてかつての新選組メンバーに連絡を入れてきた。原田と永倉は千鶴がいることを教えた途端に話に乗ってきて、すぐにこちらへ向かってきてくれるそうだ。
ちなみに近藤には連絡しなかった。いくら振りとはいえ近藤が嘲笑いの対象にされるなんて嫌だし、何より自分個人のことに巻き込む真似はしたくない、という総司の思いからだった。
早くこんな茶番は終わらせたいなと思いつつ、総司は千鶴と薫の間にドサッと座る。

「おい、何でここに座るんだよ!」

薫が非難の声をあげる。これは二人掛けのソファだ。まあ、三人座るくらい余裕の大きさではあるが、座る場所なら他にも沢山ある。
千鶴が遠慮がちに横にずれてスペースを空けると、総司がそのスペースを詰めてさらに千鶴へと寄った。
そして覗き込むようにして千鶴に囁く。

「君の隣は僕の場所だから、ね?」

「――っ! …………あ、あのっ、私ちょっと、えと、御手洗いに…!」

千鶴は俊敏な動きで立ち上がると、逃げるようにして部屋の外へと出て行く。
それを総司はにやにやと眺めて見送り、ゆっくり立ち上がる。

「もう本当に可愛いなあ、照れちゃってさ」

「待て沖田、どこに行く気だ」

そのまま歩き出そうとした総司を薫が忌々しげに止める。行き先など聞かなくともわかりきっている。聞いたのではなく、行くなという忠告だ。
総司は一度だけチラリと薫に視線を向けたものの、「一君と平助、あとはよろしく」と短くお願いし、そそくさと千鶴の後を追って部屋を出た。
薫の罵声とそれを抑えようとする平助たちの声を聞きながら、総司は長い長い廊下を見渡し、千鶴の後ろ姿を見つけて走る。

「ちーづーるっ♪」

勢いそのままに後ろから思い切り抱きつくと、千鶴は驚いたようにきゃあ!と叫んだ。
やっと二人きりになれたことが嬉しくて、総司は構わずぎゅうぎゅうと腕に力を込める。

「離してっ、ください」

「やだ、ずっとこうしていたい」

千鶴が耳まで朱色の染めて、抵抗する。それを押さえ込むようにさらに力を込めると、色はますます深くなる。だけど。

「…………っ」

「……嘘だよ、離してあげる。でもこれくらいはいいよね?」

男慣れしていない千鶴はこんなときの対処法を知らない。体を硬くして黙り込んでしまった。
いくら嬉しいからと言っても、今日再会した記憶もない相手にやりすぎたと反省した総司は、千鶴から身体を離す。
だけど代わりに小さく白い手を握った。
千鶴は一瞬びくっと身体を動かしたものの、密着から解放された安堵感で緊張を解かしていく。
それを手から感じ取った総司は、怖がらせないように柔らかく握り締めた。

「探検しよっか。風間の家、実は一度来てみたかったんだよね」

そしてこんな提案をした。
風間自身には興味はなかったが、風間の豪邸には興味がちょっぴりあったのだ。

「えっ、でも勝手に……」
「面白そうだと思わない? こんな馬鹿みたいに広いお屋敷、なにか出そうだよね」
「なっ、何かって何ですか」

総司の含みを持たせた言い方に千鶴がびくびくと身を小さくする。

「そりゃあオバケとか幽霊とか…………鬼とか?」
「そんなものいません!」
「あれ、信じてないの?」
「信じてるんですか?」

千鶴は子供扱いされていると思い、頬を膨らませる。
確かに子供の頃はそういうものが怖くて薫に泣きついたことが何度かあったけれど、もう高校生だ、そんな歳ではない。

「僕は会ったことあるよ、鬼」

「鬼……ですか?」

総司の返答に千鶴は瞬く。さっきみたいなからかう口調ではなく、声のトーンも抑えられていて、何だか真実味があるような気がした。
でも、幽霊なら霊感が強いならもしかして、とは思うが、なぜ鬼なのだろうか。
千鶴の不思議そうな表情に総司はふっと笑い、またからかうみたいな口調へと戻した。

「うん、ずっと昔の話だけどね」
「怖くなかったですか?」
「どっちかというと僕が怖がられてたかな」
「鬼に、ですか?」

千鶴がくすくすと笑い出す。そんな千鶴に釣られて総司も笑う。



今度は絶対に怖がらせないよ。
聞こえないくらいの声でそう呟いて手を握り直すと、かすかに手を握り返された気がした。










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2011.10.20

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