★風間編

【最初に再会したのが風間先輩だった場合】










「か、薫、助けて!」

連絡を受けて駅まで駆けつけた薫は、女子トイレに少し入ったところで怯える可愛い妹を発見した。
千鶴は薫を確認するやすぐにトイレからすっ飛んで、その胸に収まる。

「千鶴、大丈夫か!? 変な奴が出たって!?」

「あ、あそこ…あの人たちが……!」

夕方の混雑している時間帯、千鶴が指差す方向だけはなぜかポッカリと空間ができていた。
その空間の中心へ細めた目を向けた薫は、色んな意味で息を飲んだ。

一人、浅黒い肌に青みがかった長髪。浅葱色のブレザーはあの有名な志高き男子高校のものだが、ガチャガチャした装飾やラフすぎる着こなし、気だるそうに立つ姿。どれを取ってもお世辞にもあの学園の生徒とは思えなかった。
一人、赤みがかった髪のコワモテ。どこの応援団だよ、とツッコミたくなる黒い長ラン。頭には白いハチマキを巻いて、両手は腰にあて、背筋正しく立ち尽くしている。
一人、キンキラキンにさり気ない金髪、眩しいほどの白ラン。人を見下したように口元には薄っすら笑みを纏わせ、まっすぐに千鶴を見詰めて仁王立ちしていた。おまえは漫画の世界から飛び出してきたのかよ……と薫はげんなりした。

「あの三人がいきなり話かけてきて、連れて行かれそうになって」

「千鶴、大丈夫だ。俺が守るから」

「でも、女鬼とか前世がどうとか……私の名前まで知ってたの」

薫の手にしがみつきながら、千鶴は先ほど彼ら三人に声をかけられたときのことを思い返す。




***




「んぁ? おいおいアレ、何だっけ。ほら、風間、あいつ……!」

駅のエスカレーターを上っていると、向かい側から下ってきた男の一人が大きな声でツレに話しかけた。
声に釣られて千鶴がちらりと見上げてみれば、バチリ、と紅緋色の瞳とかち合う。一瞬胸がざわついた。
大きな声を出した青ブレザーを着た男が「あいつだよ、あいつ」と言いながら出した指がどう考えても自分の方へと向けられていて、千鶴はよく分からないが嫌な予感がして反対方向へと視線を逸らす。
上るエスカレータと下るエスカレーター。丁度すれ違い様に……。

「ほう、女鬼。おまえも生まれ変わっていたか、面白い」

低い声音が鼓膜に響いた。

そこから先はもうわけがわからなかった。そのまま擦れ違い遠ざかるはずの男達は、こともあろうかエスカレーターを逆走し始めた。
どれだけテンポよく足を動かしているのかは分からないが、上っていく千鶴と同じ速度で彼らはズカズカとエスカレーターを上っていく。
どちらにしろ迷惑極まりない行為だが、黒ランの男が他の利用者に詫びながら道を開けてもらっていた。そして千鶴と彼らは同時に降り口に着いた。

「さあ来い、女鬼よ」

金髪白ランの偉そうな男に手を差し伸べられ、千鶴は一歩後ずさる。

「でもよぉ、俺らもう鬼じゃねーし、そいつも人間だし、捕まえて何になるんだ?」

先ほど千鶴を指差していた青ブレザーの男が言う。
さっきか鬼だの生まれ変わりだのよくわからないことを言っているが、千鶴が反応したのは“捕まえる”という部分だ。
自分の身に危険が迫っていることを理解した千鶴は、ポケットから素早くケータイを取り出し、双子の兄へと助けを求めた。

「おまえにはわからぬか、不知火。奴らより先にこいつを手に入れ、奴らの悔しがる姿を――」

「奴らって剣道部か? おまえホンット、あいつら構うの好きだな」

「剣道部ではない、新選組だ」

「いや、だから剣道部だって」

千鶴のヘルプを止めるわけでもなく二人は言い合いをしている。
千鶴は先ほどから黙ったままの、一番良識のありそうな黒ランの男へと助けを求めるように見上げた。

「すまない、雪村千鶴。諦めてくれ」

千鶴は即座に女子トイレへと駆け込んで、半べそになりながら薫に事情説明をした。
トイレまで追いかけてこられたらどうしようかと思っていたが、さすが男子禁制の場所だ、彼らは入口の真正面に構えているものの周りの目を気にしてか、法律的なものを気にしてか、一定の場所から前へは出てこなかった。




***




「あいつらはただの変態だ、気にするな」

う、うん…と頷きながら薫の手にしがみ付いた千鶴は、スタスタと歩き出す薫を盾にするようにピッタリとついて行った。

「天霧、なんだあいつは」

「恐らく南雲かと……」

「南雲?」

「雪村千鶴の双子の兄で……」

白ランの男と黒ランの男の会話する声が聞こえて、千鶴は驚く。自分の名前だけではなく、薫のことまで彼らは知っている様子だ。
その会話は薫にも聞こえているはずなのだが、薫はぐんぐんと千鶴を引っ張っていく。しかし……。

「ああ、そういえば居たな。鬼とは思えぬ愚かしい行為をして返り討ちにあった間抜けが」

カチーン!
突如薫は舌打ちをしながら足を止め、三人を睨む。
その表情は、今まで千鶴が見たこともないようなほど黒いオーラに包まれていた。

「か、薫? どうしたの……? 早く帰ろうよ」

千鶴が薫の袖を引くが、薫は見向きもせずに三人組に食って掛かる。

「誇り高い西の鬼はやることが違うね。女子トイレの前で待ち伏せするなんて俺にはできないよ」

カッチーン!
今度は白ランの男の顔つきが変わる。黒ランの男は相変わらず無表情で、青ブレザーの男は面白そうに笑っている。

「やることなすこと裏目に出てその女鬼を沖田とやらに奪われたような奴が……我らを愚弄するとは」
「沖田から千鶴を奪えなかったのはおまえも同じだろ」
「奪おうとなどしておらぬ、遊んでいただけだ」

そうして千鶴を置いてけぼりにしたまま、薫と白ランの男の罵倒合戦が始まった。
新たに登場した“沖田”という名前に千鶴は首を傾げる。二人の会話から察するに自分と関わりがあるようだ。

「薫……沖田って誰?」

「おまえはそのオゾマシイ名前を口にするな!」

遠慮がちに薫に聞いてみると、物凄い勢いで怒られた。
夕方の帰宅時、混雑している駅のホーム。しかし周囲は明らかに五人を避けて通っていて、五人のいる場所だけサークルのように丸い空間が広がっていた。
千鶴はこの円の中から抜け出したくて仕方がなかったものの、助けに駆けつけてくれた兄を置き去りにすることはできず、しばしこの羞恥に耐えるしかなかった。








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2011.08.24

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