★斎藤編
【最初に再会したのが斎藤先輩だった場合】
今はテスト期間中。お昼に学校を終えた千鶴は、駅前の図書館で少しだけ勉強をしてから帰宅のための電車に乗った。
この時間帯の電車はガラガラで、簡単に目視できるだけでもこの車両の客の数は二桁行っていなかった。
千鶴は空いていた座席のど真ん中にゆったり腰を下ろしたのだが、丁度真正面に男子高校生が座っている。
せめて一座席分横にずれて座れば良かったかも、まあいっか……と思いながら、カバンの中から明日試験科目のノートを取り出し、パラパラ捲った。
下車駅まで二十分ほど――簡単な復習にはもってこいの時間だ。
ふと、ジリジリとした何かを感じて顔を上げてみると、真正面に座っている男子高校生が千鶴のことを瞬き一つせずにガン見していた。
(な、何……? 私のこと、見てるの?)
シャツのボタンを一番上まで留め、ネクタイもきゅっと締めて、今時珍しいほどきっちりとした着こなしの男子。真面目さが窺える。
(なんだろう、私の顔になにかついてるのかな?)
バッグから鏡を取り出してこっそりチェックしてみるけれど、千鶴の顔に不自然な点は何もなかった。
ただ外の景色を見ているだけなのかもしれない。きっとそんなオチなのだろう…と千鶴は思い込むことにした。
すると彼はカバンの中からケータイを取り出し、ピポパポといくつかのボタンを押して操作した後、それを耳元へと持っていき、当てた。
(あ、電車内で通話しちゃうんだ……)
彼の外見的な印象は“真面目”だった。だからそういったマナーもきっちりと守る人だとつい思っていたので、車内でケータイをいじっている姿が意外だった。
ここは優先付近ではないのでいじること自体はマナー違反ではない。だが、ガラガラの車内で近くには千鶴しかいないとはいえ、通話は……やはり意外だ。
ノートの間からチラチラと目の前の男子高校生を観察していると、電話相手が出たのだろう、会話が始まった。
「……総司か? 大変なことが起きた。落ち着いて聞いてくれ」
会話の内容を聞くつもりはないが、閑散とした車内、彼の声は自然と耳に入ってしまう。
「電波が悪い? ああ、電車の中だ。……マナーモードだから心配無用。珍しい? いや、緊急事態が起きた」
もしかして彼は見た目通りに真面目な性格で、電車の中から電話してきた事を相手が驚いてるのかな?――と千鶴はノートを捲りながら考える。
(それより“大変なこと”とか“緊急事態”ってなんだろう)
真面目な彼がマナーに反して思わず電話をかけてしまうほどの事態が起きたのだろう。千鶴は好奇心から、もはや耳を澄ませて聞こえてくる声を待つ状態に入っていた。
「いま目の前に……千鶴がいる」
その言葉に千鶴は目をぱちくりさせた。今、自分の名前を言われた気がする。いや、それ以前に彼の目の前にいるのは自分だけで……。
「証拠?……わかった、今から盗撮してメールに添付する。待っていろ」
電話の向こうから「盗撮!?」という相手の驚く声が聞こえたが、彼はそれを無視して通話終了ボタンを押した。
千鶴は、まさか…という気持ちで視線を彷徨わせるが、目の前の彼は動じることなくケータイを操作し、ブラックカラーのそれをまっすぐ千鶴へと向けた。
フォトモードを示す赤いランプが点灯していて、千鶴はどうしていいのか分からず、顔を引き攣らせて苦笑いを浮かべてしまった。
ピピッ!
シャッター音が鳴ると彼はまた操作し始めた。先程の会話の通りなら添付メールをしたのだろう。
一分ほど経過すると彼のケータイのバイブレーションが振動する。“総司”からの折り返し電話のようだ。
「だから千鶴だと言っただろう。…写真の千鶴が怯えている? そんなことはない、気づかれてなどいない。それに微笑んだ瞬間を捉えた」
バサバサッ
千鶴の手からノートが滑り落ち、音を立てて床へ散らばった。
怯えてます、気づいてます、微笑んだわけじゃありません! そう叫び出したい気持ちを堪え、千鶴はチラリと時計を見る。下車する駅までまだ時間はあった。
「合流するのか? ……そうか、ならば二つ先の駅へ行け」
合流? 電話の相手も乗ってくるの??
さすがの千鶴も目の前の男の行動がやばすぎると焦り、思い切って車両を移動することにした。人の多い車両に行って撒くか、最後尾まで行って何かあれば車掌さんに助けを求められるようにしておくか。次の駅で一旦下車してやり過ごすのもいい。どうせ彼は、千鶴がどこで下車するのかなんて知らないのだから。
「ああ、先程カバンの中から定期が見えた。下車駅はそこで間違いない」
びくり、と千鶴は肩を震わした。定期が……見えた? ま、まさか、さっき鏡を取り出したときに……!?
嫌な予感しかしなくて千鶴が立ち上がると、その男もすくっと立ち上がり、千鶴をまっすぐに見据えながら電話の相手に言った。
「見逃しはしない。尾行は得手だ」
バレバレだよ!と心の中でツッコミながら、千鶴は隣の車両へとダッシュした。
誰かに助けを求めなきゃ……そう思うものの車両を見渡せどいるのは、巻き込むのをはばかれるような女性や母子、年配の客ばかり。
ならばもう一つ向こうの車両へ、と千鶴が足早に移動しようとしたとき、後ろからガシッと肩を掴まれた。
恐る恐る振り返ってみると。
「忘れ物だ」
案の定、先程の男子高校生が真後ろに立っていて、その手には千鶴が落としてしまったノートが握られていた。
千鶴は顔を青ざめ、一瞬、意識をクラリと飛ばしそうになる。
半べそで怯える千鶴と、そんな彼女に困惑する斎藤。その二人と総司が出くわすのは、もう少し後。
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2011.08.24
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