★永倉編+α


最近、薫の様子が変なんです。
いつも乗り換えに使っている駅を突然使いたくないと言い出したのが始まりだった。
別の路線でも学校に行けることは行けるけど、遠回りな上に定期代も膨れ上がる。だけど交通費くらい自分で稼ぐと求人誌まで漁る始末。
薫の通う高校は進学校で、予備校にも行ってるのにバイトまで始めるなんて……

「そんなことしたら一緒の時間がなくなっちゃう」

私が通うのは島原女子高校。男の子の薫とは当然別の学校。
今までずっと一緒だったのに高校進学してからは一緒の時間はぐっと減ってしまった。寂しくて不満を漏らすと、薫はバイト探しと路線変更を取りやめてくれた。
だけど薫のイライラは増すばかり。それ以降、帰宅すると荒れた様子で愚痴をこぼすようになった…………。
ある日は――

「あの筋肉……! 沖田まで連れてきやがって」

筋肉……? 人間関係で揉め事でも?
電車通学の路線を変えたいって言ってたから、学校関係じゃなくて、通学路が一緒の人なのかな。

そしてまたある日は――

「何時間待ち伏せてるんだ、どれだけ暇なんだよアイツ」

まあ逃げ切ったけどな、と頭に血ののぼらせながら帰宅した。
待ち伏せって……それも何時間も?
何でも一人で要領よくこなす薫だけど、さすがに心配になって相談に乗ろうとしたのにあっさり断られた。

さらに別の日は――

「つけられてるの気付かなかった。最寄駅がばれた、くそっ」

酷く荒れながら自転車を買って帰ってきた。
薫は最寄り駅までバスを使っていたのだけれど、バスだと相手にも乗って来られてしまうし大体の方向も知られてしまう。徒歩でもついてこられてしまう。
相手はここら辺に住んでいる人間ではないから、撒くには小回りが利いてスピードも出る自転車が一番便利とのことらしい。


び、びび、尾行、されてるの!? 薫が!? ど、どうして…………!

私が詳しく事情を聞こうとしても薫は何も答えてくれなくて、日々零す独り言の愚痴から情報を集めるしかできない。でも薫に何が起きてるかはわかってきた。
そう、ストーカー被害に遭っているらしいんです。
私の大事な双子の兄をこんなに追い詰めるなんて黙って見てられない。いつも助けてもらってばかりだけど、こんなときこそ私が薫の力になる!


そうして私は学校が早く終わった今日、薫と薫のストーカーさんを駅で待ち構えていた。
ストーカーさんの顔はわからないけれど、私と薫は男女の双子とはいえよく似ている。きっと向こうの方から反応を示すはず。
標的は薫の後をつける不審人物! ガツンと文句を言って、お引き取り願おう。



「だから着いてくんなよ! あと話かけるな」

「見て見てコレ、折りたたみ自転車。新八さんが貸してくれたんだ。今日こそ家をつき止めるよ」

「ふざけるなストーカー! うちに千鶴はいないって言ってるだろ」

「嘘ばっか。いないならそんな必死に逃げないでしょ」

帰宅ラッシュの頃合い。ざわつく駅に周囲が振り向くほどの大きな声が響いた。声の主は薫。それとは別に、朗らかに笑う誰かもう一人の声。
改札正面で待っていた私は声のする方向へと顔を向ける。やはり薫の姿があり、そして背の高い男の人が並んで歩いていた。

あ、あれ? もしかしてあの人がストーカーさん?
女の人じゃなくて男の人だ。しかも尾行じゃなくて隣を歩いてるし、結構仲良さそう。
……わかった、薫の新しいお友達さんなんだ!

薫はあまり他人とつるむタイプではなくて、友達といえる友達はいない。
中学までは私と一緒にいるか一人でいるかのどちらかで、高校でうまくやっているのか少し心配だった。
――そう思うと嬉しくて、私はお友達さんに挨拶がしたくなって改札を出た薫に駆け寄った。

「薫、おかえり!」

「「千鶴!?」」

薫もお友達さんも酷く驚いた顔をしていたけれど、約束もなしに待っていたら驚くのは当たり前だよね。
お友達さんも、同じ顔の妹がいきなり現れたら驚くだろうし。

「初めまして。私、薫の妹で雪村千鶴です。兄がいつもお世話になっています」

なるべく好印象になるようにお友達さんに挨拶をする。下げた頭を上げると、彼の澄んだ薄緑色の瞳とかち合う。
間近で顔を合わした途端、吸い込まれるように視線を奪われる。

薫よりも遥かに高い身長。柔らかそうに無造作にはねる明るめの髪。長い睫に高い鼻筋、薄く形のいい唇。
青いブレザーはどこの制服なのだろうか、薫とは違う学校のものだ。いや、それよりも……

か、格好良い。

知らず知らずのうちに顔に熱が集まってくる。まじまじと見つめてしまったせいなのか、彼は複雑そうな表情をしていた。
慌てて視線を逸らして誤魔化すように薫をチラリと覗き見ればすごく怒っていて、何か間違えてしまったのかと不安になる。

「あ、あの…………」

薫とお友達さんを交互に見やりながら戸惑っていると、お友達さんがハッとしたように取り成して、にこやかな笑顔に変わる。

「初めまして、僕は沖田総司です。今日君の家に行くことになってるんだけど(大嘘)、薫からは聞いてない?」

「えっ、そうなんですか? 聞いてませんけど……」

薫の方を向くと再び驚いた顔つきになって、沖田総司さんに食ってかかる。

「沖田、嘘吐くな!」

そこで私はピーンときた。そう、薫は照れているのだと……!
初めての友達を初めて家に招く。確かに少しドキドキするイベントだと思う。特に薫は人一倍素直じゃないから。さっき驚いた顔をしたのも今怒っているのも全部照れ隠しに違いない。ここは私が一肌脱がなくちゃ!

「大丈夫です。是非、是非いらしてください」

背後で薫の罵声が聞こえたけれど、気にしちゃいけない。だって照れてるだけだから。

「うん、ありがとう。薫はあんなんだし、君に家までの案内を頼んでもいいかな」

「はい、もちろんです。あ、でも私、今日はバスで……」

彼が持つ小さな折りたたみ自転車に視線を向ける。薫もお友達さんも自転車で、私だけバス…もしくは徒歩。下手に時間を取らせてしまって悪い気がした。
視線だけで私の考えていることに気づいたのか、彼はにこりと微笑む。

「ああ、これは気にしないで。折りたたみだから持ったままバスに乗れるし。まあ薫は自転車だよね。ここから先は別行動だ」

「待て、千鶴。そんなやつに家を教えるな」

「もう薫ったら、沖田さんに失礼よ」

黒い笑みを浮かべるお友達さんと、黒いオーラで対抗する薫。似たもの同士みたいな二人を見ていると思わず顔が綻んでしまう。
バス乗り場まで沖田さんを案内しようと一歩踏み出したとき、彼が私の手を掴んで引き止めた。

「名前で呼んでよ、“総司”って。僕も千鶴って呼ぶから」

私と薫は苗字が同じだから、そういった意味で昔から男の子にも名前で呼ばれている。呼ばれ慣れている。
だけど突然彼に呼び捨てで呼ばれ、心臓が跳ねた。掴まれた手の先に感覚が集中する。

「呼んで。……ね?」

ねだるみたいに言われて、私は一瞬息を詰まらせる。
私を見つめる薄緑の瞳から目が逸らせない。顔が熱くなってくる。耳も熱い。
金魚みたいに口をパクパクさせて戸惑いあぐねていると、彼は私の手に指先を絡めて、促すように微笑んだ。

「えっと、そ……そう、……総司…さん?」

どうしてこんなに緊張するのかわからなかった。どうして名前くらいをサラッと言うことができないのかわからなかった。
つっかえながら私がようやく彼の名を呼ぶと、総司さんは穏やかに頷いて、そして噛み締めるように呟いた。

「うん、……千鶴」




その日出会った薫のお友達、沖田総司さんは、その日から頻繁に、なぜか薫のいないときにばかり我が家に遊びに来るようになった。
必然的に私と彼の二人きりでいることが多くなり、当たり前になり、そして――私たちがお付き合いを始めるのは、もう少しだけ先のこと。










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2011.09.24

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