★続・永倉編
最近新八さんの様子がおかしい。
人の顔をまじまじ見てきたと思えば急に涙ぐんだり、頭を掻きむしったり。
この間、駅のホームで飛び込み未遂騒ぎを起こしたという噂を耳にしたけど、あながち……。
彼とは前世も含めて長い付き合いだけど、精神的にもろい人だとは思わない。どっちかと言わなくても図太いタイプだ。
しかし現在はどう見ても不安定。一体何があったんだろう、と爪の先ほど程度は気になったりはしたりしなかったりするが、正直関わるのは面倒。
こういうことは左之さんあたりがうまく対処してくれるだろう。そう思っていたのに。
「そ、っそ、総司。なんだ、えーっと、うん。おまえ、あとで職員室に来い」
教師権限を使って呼び出された。ふざけないでほしい。
もちろん応じるつもりなどなかったのだが、平助が……。
「新八っつぁん、ここしばらく総司に聞きたいことあるって悩んでたみたいだぜ」
と、ヤケに真顔で言うものだから、まあ部活前にちょっとくらいはいいか、と軽い気持ちで職員室を訪れた。
すると待ち構えていた新八さんにそのまま隣にある指導室へと連れて行かれ、柔らかくも固くもないソファに座らされて、笑えるほど真剣な顔をされる。しばらくうんうんと唸った後、ようやく新八さんは口を開いた。
「総司……おまえ、もし惚れた女が、男だったらどうする?」
…………どうやらややこしい相手に引っかかったらしい。
だから恋愛相談なら尚更左之さん向きの相談だろうに。
「まあ、気付いた段階にもよりますよね」
新八さん、前世で千鶴のことすら女だって見抜けなかったからなぁ。あんなにクオリティ低い男装だったのに。
ちょっと可愛い顔の男にコロッと騙されてカモにでもされたんだろうか。
「気付いた段階ってぇと?」
「知り合ったばかりなら傷は浅いってことです」
新八さんのことだから電光石火の如く、熱しやすく……つまり長い付き合いの相手ではなく、一ヶ月や二ヶ月やそこらの相手だろう。
しかし新八さんは大いに頭を抱えて俯いた。
「駄目だ……傷はふけえ、深すぎる。きっと立ち直れねえ」
「あの、新八さん?」
あれ。出会ったばかりの相手じゃないってこと?
「総司、おめえ男は愛せるか!?」
うわぁ、直球できた。
「男は無理……っていうか僕は千鶴しか――」
「それ以上言うな!」
いや、それ以上は言うつもりもないけど。
やっぱり相談する相手、間違ってるんじゃないかな。
目の前で今にも泣き出しそうな新八さんを見ながら、溜息をついた。
なんて声をかけるべき?
もう部活の時間なので――って逃げてもいいかな。
外の健全な空気が恋しくなって廊下のほうへ顔を向けると、ドアの硝子部分に丁度良い人物の姿を確認した。
彼は僕と目が合うや、そのまま指導室に入ってくる。
「こんなとこで何やってんだ総司。…………って新八もか。じゃあやっと総司に話したのか?」
「左之さん。話がよく見えないけど何なんです?」
「いや、俺も詳しくは知らねーんだが、総司にとっての一大事とか言ってたぜ」
「僕にとっての? 新八さんが男に引っかかった話じゃ……」
二人して新八さんへと視線を送る。
くしゃくしゃと神を頭を掻きながら何かブツブツと呟いている。ゆくりなく左之さんと顔を見合わせてしまった。
このまま左之さんに押しつけて逃げ出したいくらいだけど、僕自身に関わる話なら念のためきちんと聞いといた方がいいのかな。嫌な予感しかしないけど。
どうすべきか決めかねていると突然新八さんが立ち上がって絶叫した。
「だぁー、俺には言えねえ! 千鶴ちゃんが男に生まれ変わってたなんて残酷なこと、総司に言えるわけがねえ」
あまりの内容に僕も左之さんも釣られて立ち上がる。
「は!? 千鶴……千鶴と会ったんですか?」
「どういうことだ新八!?」
「だ、だがアレだ、アレ。千鶴ちゃんのことだ、男装してるという希望が残されている。やっぱり総司に言うのはもう一度見つけ出して本人に直接確かめてからでも遅くはねえ!」
制止敵わず、むしろ周りの声なんて聞こえていないといった具合に新八さんは一人どこかへと勇ましく突っ走っていった。
残された僕たちはぽかーんと開いたままのドアを見つめ、混乱する頭を落ち着かせるために深呼吸……というか深い溜息を吐いた。
「なんだ……新八のやつ、千鶴と?」
「……みたいですね」
つまりだ、つまり。要約すると。
新八さんは千鶴らしき人物と遭遇した。ただし男の恰好をしていた。
見つけ出して確かめるって言ってたから本人とはまだ接触していないってこと……?
「千鶴と同じ顔した男に会ったわけか。おまえ、もし千鶴が男に生まれ変わってたらどうすんだよ」
左之さんは髪を掻き分けながら、呆れたように、されど心配げな声を洩らす。
「考えてもみなかったな。千鶴なら幼女でも老女でも関係ないって思ってたけど、同性かぁ」
これまでに再会した新選組の面々は昔と同じ性別だったし、性格も容姿も相変わらずだから、千鶴もきっとそうだと疑ってもみなかった。
まあ、それでも千鶴なら愛しくて仕方ないんだろうけれど。
「でも少し心当たりがあるんですよね」
「何に?」
「千鶴と同じ顔した男、です。前世にも一人そんな奴がいて……」
新選組隊士たちが生まれ変わってもまた巡り会ったように、あいつも千鶴と再び双子として生まれてきたのなら。
思わず笑みがこぼれる。ずっと探し続けてきた最愛の人への足がかりを、僕はやっととらえることができたんだ。
「新八さんを追いかけてきます」
立ち上がり、そのまま廊下へと急いだ。左之さんがかすかに笑う気配を感じた。
「おう、行って来い」
千鶴、君に再会したらまずどうしようか。
恋人から始めて、婚約して、結婚して。昔できなかったこと全部を経験させてあげたい。
たくさん素敵なものを贈って、色々なところへ出かけて。
君の望みを全て叶えてあげたい。それが僕の望みだから――――。
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2011.09.23
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