★原田編+α
「総司さん、しっかり……歩いてくださいっ!」
店を出る頃にはすっかりヘロヘロに酔っていた総司。
原田からは置いて帰っても大丈夫だと言われていたものの、千鶴は放っておくことができなかった。
聞けば駅から徒歩圏内のマンションに住んでいるそうで、だったら……と家まで送る決意をした。
フラつく身体を支えながら自宅駅の改札を出ると。
「嬉しいなあ、うちに来たいなんて。あ、でも片付いてないよ。君のこと聞いたの今日だったしさ」
さっきまでベロベロだったのが嘘のように真っ直ぐ歩き出し、言動も(内容はおかしいけど)しっかりしているし、全然酔ってない……。
「演技だったんですか?」
「左之さんも人が悪いよね、事前に聞いてたらちゃんと迎え入れる準備したのに」
千鶴がじとっと向けた疑いの眼差しをスルーして、総司は自分の世界に入っていた。
心配して損した。千鶴はちょっぴり口を尖らせながら、足を止める。
「……もう大丈夫そうなので私、帰りますね」
「ウソウソ、ゴメン。演技じゃないよ。ただ風に当たって少し酔いが醒めただけ」
数歩先に進んでしまった総司は慌てて千鶴のもとに駆け寄って、手を握る。千鶴はうつむいたまま総司を見ようとしない。
「怒った? ごめん。嬉しくて……君の気持ち考えてなかった」
「きょ…今日は、帰ります」
しおらしい総司の声色に、千鶴は思わず握られた手を握り返した。
怒ったのではない、ただ、心配した気持ちを遊ばれた気がして、悔しかったのだ。その気持ちをわかってくれたのか、総司が再び、ごめん、と謝り、頭を撫でた。千鶴はきゅっと口を閉じて、顔を上げる。
――――すると総司は、なんとも嫌な笑みを浮かべていて、千鶴と目が合うや、口元をさらにニヤリと持ち上げた。
「”今日は”ってことは次は来てくれるの?」
「なっ……そ、総司さん!」
全然反省していない。からかうように言われて、千鶴は今度こそムッと頬を膨らませる。なのに彼は、それを楽しむかのようにさらに吹き出す。
「あっはは、顔真っ赤だよ。だったら“今日は”、君の家まで送らせて」
「いえ、まだ早いですし、一人で平気です」
時計を見るとまだ夜九時台。この時間帯なら歩き慣れているし、人通りだってある。
「だーめ、時間なんて関係ない。それに左之さんには送らせて、僕には送ってもらいたくないってわけ?」
「いえ、そういうわけでは。だって総司さんのお家、すぐそこですよね。なのにわざわざ……」
「そんなの君は気にしなくていいの。家まで送られるか、僕の家に泊まるか、どっちか選んで」
「どっちか…って、何ですか」
千鶴が選びたいのは、このまま一人で家に帰る、というもの。しかしそんな選択肢、彼は最初から用意していなかった。
「僕はどっちでもいいよ。うちで一晩中楽しく過ごすのもいいし、君の家でご両親に挨拶するのもいいし、ね?」
「挨拶!? ど、どうしてそうなるんですか」
「ほら、早く選ばないと僕が決めちゃうよ」
そう言うと総司は千鶴のことを抱きかかえ、その瞳を間近に覗き込んだ。大きく見開かれた千鶴の真ん丸の瞳の中に、実に愉快そうな顔をした自分の姿を見つけ、より一層、抱き締める腕に力を籠めた。
千鶴が何を選ぼうと、たとえ選ばなかったとしても、もう離さない、離れない。
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2011.09.14
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