★続・原田編



先週、千鶴が電車の中で知り合った原田左之助。
あれよあれよと下車させられ、ずるずるとカフェに入ってお喋りをした。
過去の知り合いだと彼は言うのだが、千鶴は一向に思い出せない。帰宅してから家族にもそういった知り合いはいないか、それとなく聞いてみたが、結果は何もなかった。

だけど怪しい人だとは思わなかった。
なぜか彼は千鶴の性格をよく理解してくれていて、話していると懐かしい気持ちになった。彼の言うとおり、本当に千鶴が忘れているだけ、と思わせるのだ。
こんなことを誰かに言ったら新手の詐欺師に引っかかっていると心配されてしまいそう。

――彼の会話の中に何度も出てきた人物名が「新八」。次いで「総司」。
原田は千鶴と総司を会わせたいらしく、加えて千鶴に総司のことを思い出させたい様子だった。
次は連れてくるからまた会ってくれ、と約束して、誘われたのが本日の待ち合わせの理由。
会ったことのない人だから若干不安だったけれど、それを言ったら先週の原田だって初対面だったのだ。きっと大丈夫だと思う。
千鶴は自分に言い聞かせ、駅の改札前で彼らの到着を待っていた。




「千鶴、会いたかった!」

その姿を千鶴は、実は数十メートル先にいた時点で確認していた。
待ち合わせ場所で立っている千鶴の真正面を、気分を弾ませるように足早に楽しげに近づいてきた人だったから。まさかその対象が自分だとは思わずに。

ガバッと正面から抱き着かれた。ひとしきりギュウギュウと圧迫された後、今度は両手で包み込むように頬を触られて、顔を覗き込まれる。相手の瞳はキラキラ輝いていて、少し強引だというのに恥ずかしくなるほど優しい手つきで扱ってくれる。

「あ、あのっ、……なっ、だっ……!」

いきなり何なんだ、誰なんだ、という言葉はうまく音にならなかった。
抵抗しようにも身体は硬直してしまい、言うことを聞いてくれない。動くのは視線だけで、その視線の端に千鶴は原田の姿を捉えた。そこでやっと、自分を拘束している彼が原田の言っていた「総司」だと理解する。

軽い自己紹介の後、今日は酒の出る店に行く、と言われて着いていく。
この間会ったときは制服だったけど今日は私服。それも原田にお洒落をしてこいと言われたからだ。
出来うる限りめかし込んできたつもりだったが、制服だとそういう店に入りにくいから…ということなのだろうか。
短い道中、総司は当たり前のように千鶴の手を取り、繋いだ。驚いて振りほどこうとしたけれど、ぎゅっと握られ、指先を絡められた。抵抗は、どうしてかできなかった。

そして店内に着くと総司はまた当たり前のように千鶴の隣に座った。和風の個室で、ふかふかの座布団で一人一人のスペースを区切られてるにも限らず、隙間なんてないくらい間近に、座った。正面に座った原田は、二人の様子を面白そうに見て笑うだけ。
彼らの会話の中には、土方さん、斎藤、平助、という人物名が何度か出てきて、どうやら彼らとも千鶴を引き合わせたいというようなことを言っていた。千鶴には誰だかわからないけれど、二人の様子からとても親しい人たちだということはわかった。



そんなこんなで一時間ほど経過する。総司は食べもせずにぐびぐびとアルコール飲料を口にし続けて、酔いが回っているのか、若干千鶴にもたれかかってきている。最初こそ抵抗して押し返していたものの、ゴロゴロと猫みたいに甘える彼のことがだんだん可愛く見えてきてしまい、そのうちされるがままの状態になった。
原田に薦められて次々に運び込まれるいろんな料理を口に運んでいた千鶴は、既に満腹。ウーロン茶を飲んで一息つく。
その時。突然個室の戸が開いて、嵐のように騒がしい人が入ってくる。

「千鶴ちゃん、俺だ、わかるか!?」

千鶴に向かってニカッと満面の笑みを浮かべて、

「なんだ総司、もう出来上がってんのかよ」

と総司に一声かけて、

「よし、左之。こんな総司は放って次の店に行こう! じゃあな、千鶴ちゃん、また会おうぜ」

と、原田を連れて行ってしまった。
ぽかーんとする千鶴と、肩を揺らして笑う総司。

「新八さんはこういう気取った店が苦手なんだよ」

「あ、…あの人が“新八さん”なんですね」

よく原田の会話の中に出てきた名前だ。千鶴が納得したように言うと、総司が千鶴にもたれかけていた頭を起こして、千鶴のほうを向く。

「“新八さん”じゃなくて、“永倉さん”って呼びなよ」

「あ、永倉さんって苗字なんですね。左之助さんが名前でずっと呼んでいたのでつい……」

初対面の、それも十は年上であろう人をいきなり名前呼びしたのが失礼だったのだろう、と思い千鶴は言ったのだが。

「“左之助さん”も駄目、原田さんって呼んで」

「え、でも左之助さんは……」

本人がそう呼んでいいと言ったから、と付け足そうとしたら。

「駄目、他の男を名前で呼ぶなんて許さない。昔は原田さんって呼んでたでしょ」

「そうなんですか? 私、覚えてなくて……沖田さんともお知り合い、なんですよね」

「話題逸らそうとしないの! ていうか僕は総司だって言ってるでしょ。どーして名前で呼んでくれないの」

頬をぷくぅと膨らませ、握った千鶴の手を自分の頬に宛がう。

「ごめんなさい、えっと、そ…総司さん」

「うん、いい子」

すりすりと千鶴と自分の頬を擦り合わせて満面の笑みを浮かべる総司。
千鶴は戸惑いながら頭を反らして逃げようとするが、こういったことの繰り返しなのでこれ以上後ろへ反らそうとすれば倒れ込んでしまいそうなほどだった。

「総司さん、飲みすぎ…ですよ」

「ん? えっと、何の話だっけ……そうそう、左之さんのこと。君って警戒心なさすぎなんじゃない」

初対面の相手とお茶したりプリクラ撮ったり、二回目もホイホイ呼び出されて来ちゃうし……とグダグダとした説教が始まる。
説教と言ってもその合間に「僕も写真撮りたい、デスクに飾って皆に見せびらかしたい」とか「制服姿も見たかった。今度は学校帰りにそのまま来て」などと願望めいたことが存分に混ざっていた。

「さ…原田さんは初めて会った気がしなくて、つい……」

「ちょっと。なんでそこで赤くなるの。左之さんに浮気?」

「う、浮気って……これは、その…総司さんが私の手を…・・・触るから」

会話中総司はずっと千鶴の手をさわさわして自分の頬に当てたりキスしたりしてた。
さらに赤くなって手を振り解こうとする千鶴に、総司はにやりと微笑みかけて顔を近づけてくる。

「僕に触れられると、千鶴は赤くなるんだ。昔と変わってなくて嬉しい」

危険ななにかを感じて千鶴が体を後ろへと反らそうとするが、既に体勢が限界を迎えていたのだろう、そのまま後ろへとゴロンと倒れてしまった。

「あっ……」

慌てて起き上がろうとした千鶴の視界に映ったものは、天井と、そして覆いかぶさってきた総司だけ……。
視線をきょろきょろと彷徨わせるも、ここは個室、そして二人きりだ、助けてくれる者などいない。





千鶴はその後総司にたっぷり付き合わされて、初対面の相手には警戒することを学んだのだった。







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2011.09.14

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