★原田編
【最初に再会したのが左之さんだった場合】
「迷惑だ、下りた下りた! ゆっくり頭を冷やすんだな」
プシューッ、と電車のドアが開くと同時に、頭にネクタイを巻いたいかにもな酔っ払いが外へと押し出された。
電車に乗ろうとしていた千鶴は、それを半歩横にずれて避ける。
まだ空はオレンジ色に染まり始めたばかり。なのにその酔っ払いは相当飲んでいるらしく、フラフラとベンチへと腰をかけ、崩れた。
「よっ、兄ちゃんカッコイイね!」
「騒いじまってすまねえ、ああいうの見てるとどうもな」
電車の中では、乗客たちが酔っ払いを追い払ったらしい男を、さしずめヒーローのような羨望の眼差しで見つめて、ちょっとしたざわめきが起こっていた。
きっとあの酔っ払いが車内で何か迷惑行為を働いて、この背の高い男性がいなしたのだろう。
千鶴がちらりと見上げて見れば、赤みがかった髪に少しはだけた首元。そしてモデルのような長身と顔立ち。
外見と同じで中身も男らしくて、悪いことが許せない素敵な人なのだろう。
電車の中で起きたことは千鶴には分からないが、惚けた顔で彼を見つめる女性客たちを見れば……いや、男性客からも注がれる視線を見れば、そういうことなのだと察しがつく。千鶴はほんの少しだけ、何があったのかを見たかったな、と思った。
電車に乗り込んで、奥のほうへと進んでつり革に掴まる。
もう一度ちらりと彼に視線を送ると、一瞬目が合った気がした。
千鶴は恥ずかしくなって目を逸らす。だけど数秒後、少し気になってその人のことをもう一度見ると……。
「へっ!?」
熟視されていた。男性の視線は千鶴へと注がれ、その男性の視線を追うように他の乗客たちも千鶴を見ていた。
目を大きくしながら千鶴が戸惑うと、男性は嬉しそうに笑みを浮かべて近づいてくる。
「千鶴じゃねえか。偶然だな、こんなところで」
千鶴の頭をぽんぽんと撫でながら、優しく微笑む。千鶴は目を大きくして、目の前に来た彼を見上げる。
「え…ど、どちら様ですか」
「ん? ああ、こんな格好じゃわからねえか」
こんな格好? 前にあったときは全然違う格好だったの?
自分の記憶を必死で辿るものの過去にこんな人と出会った覚えはない。
「オレだよ、オレ、左之助だ」
「左之……助…さん?」
「おっ、その呼び方は新鮮だな」
「え、ええと……ごめんなさい、たぶん人違いだと思います」
名前を聞いてもますます覚えがない。念のため苗字も聞いてみたが、原田、という男の知り合いはいない。
小学生の頃、同学年にその苗字の女の子がいて、同じクラスになったときに何度か遊んだことはあるけど……もしかしてその子のお兄さん、なのかな?
千鶴は唯一の可能性について考え込むが、その子に兄がいた覚えはなかった。
「何言ってんだよ、おまえ、千鶴だろ?」
「はい、そうですけど…」
「昔とは全然違う格好だけどすぐわかったぜ。そういうのも似合うな」
「昔…? えっと……」
昔と違う格好…?
千鶴が今着ているのは島原女子高の制服。昔は確かに制服ではなかったけれど、でも大きく恰好が変わったようなこともない。髪の毛だってずっとこのくらいの長さだし、彼の言ってる“昔”とはいつのことなのだろう。
相手の言葉の意味が分からずに首をかしげていると、彼が、ああそっか、と納得したように呟く。
「…覚えてねえのか。そういうパターンもあるんだな。俺たち全員覚えてるからな」
「パターン?」
ますますわけのわからない千鶴だったが、彼は気にすることもなく、千鶴の手を取った。
「ま、とにかく行こうぜ」
「えっ、えっ、あの、どこへ」
電車のドア付近まで連れてこられた千鶴が慌てて聞くと……。
「そうだな、次の駅んとこにいい店あるからそこで降りよう。そんな格好じゃ店に入れないかもな。まずは着替えるか」
どうやら彼の中ではこれからのスケジュールが既に計画されているらしく、千鶴の服装を見てまた思案し始めた。
「こ、困ります、勝手に……!」
「しかし何を着ても似合いそうだな。服を選んでるだけで時間がなくなっちまいそうだ」
「あの、話聞いてます!?」
ヒ、ヒーローが女子高生をナンパしてる……。
車内の空気は一転、乗客たちは困惑した顔つきでナンパ男を見守るのだった。
***
「――ってことがあったんだよ。ま、結局カフェで喋っただけだがな」
証拠のプリクラだ、と原田が財布から出したものには確かに千鶴が写っていて、二人で楽しそうなツーショットをかましていた。総司はわなわなと震えながらそれを受け取り、恨みがましい視線を原田へと送った。
「左、左之さん、さっき“先週の話”って言いましたよね」
この話の冒頭、原田はそう切り出したのだ。
「ああ、先週の話だ」
「どうしてその日のうちに教えてくれなかったんですか」
総司と千鶴の前世の関係を原田は知っているし、現代で総司が千鶴を捜していたことも知っている。なのに。
「安心しろ。ちゃんと連絡先も聞いたし、家も教えてもらったから」
「い、家!? なんで」
「いや、その日遅くなっちまったから自宅まで送ったんだ」
何でもないように次々と問題発言をする原田に、総司は頭を抱えるしかなかった。
「……左之さん、僕から千鶴を奪う気ですか」
「おいおい、んなわけねーだろ。嫉妬深い奴だな」
「千鶴が左之さんのこと好きになったらどうするんですか」
無自覚だからタチが悪い…。総司は落ち着きがないように何度も前髪をかき上げ、溜息をついた。
「それでな、今日も会うことになってんだがおまえも来るだろ?」
「!!」
怒るべきなのか拗ねるべきなのか喜ぶべきなのか。複雑な感情を抱えつつ、総司は千鶴との再会の鍵を握る男の言葉に頷くしかなかった。
----------
2011.08.24
[次へ]
[シリーズTOP]
[続き物TOP]
[top]