★藤堂編+α
「誤解なんです、信じてください。平助君はさっき知り合ったばかりで……」
「ふうん。君は出会ったばかりの男とあんな親しげに手を繋ぐんだ」
引き摺られるように通学路から逸れていった千鶴は、駅前ロータリーにあった手頃なベンチに座らせられ、そこで今、必死に言い訳をしていた。
「手を繋いでいたわけじゃなくて……」
どちらかと言うと掴まれて引っ張られていたわけなのだが、まあ千鶴自身、振りほどかなかったので何とも言いにくかった。
連れて行かれたときと違って今はべつに取り押さえられているわけではない。たぶん逃げようと思えば逃げられると思う。
このままだと学校に遅刻してしまうし、初対面の見知らぬ人を相手に誤解だ何だと不毛な気がした。
だけど千鶴はどうしてか、そこを離れることができなかった。
頭のどこか冷静な部分で、勘違いされたままでも良いじゃないかと言っている自分がいる。
平助とも、今目の前にいる彼とも初対面。通学駅は一緒だが学校は違う。誤解されようとその後の生活に何か支障があるとは考えにくい。
だけど、誤解されたまま、勘違いされたままなのはどうしても嫌だった。
“平助との仲を”というわけではない。千鶴は自分でもよくわからなかったが、“総司に”誤解されることが嫌だったのだ。
「僕も君と手を繋ぎたい」
どう信じてもらえばいいのか。千鶴がそう思案していると、総司がスッと手を差し出した。
千鶴が驚いて見上げると、その瞳は薄緑色に澄み、真剣さを物語っている。千鶴は自身の顔に熱が集まっていくのを感じて、それを隠すように俯く。
「僕とは、嫌?」
「い…嫌とかでは……でも、出会ったばかりの人とそんなこと…って言ってたじゃないですか」
「誤解、でしょ?」
「誤解……です。信じてください」
「信じるよ」
千鶴は心の奥底から安堵感が広がってくるのを感じた。緊張が一気にほぐれたようで、気を抜くとへなへなと倒れてしまいそう。
恐る恐る彼へと顔を向けると先程のような黒い笑みや不貞腐れたものではなく、慈しむような優しい表情をしていた。
差し出されたままの彼の手へ、千鶴は無意識に手を伸ばして、触れる。指先から、そして辿るように指へ、手の甲、手首へと進む。
こんなふうに男の人の手をまじまじと触れたことなんて今まであっただろうか。ましてや初対面の人…………――そこでハッと我に返った千鶴は総司から離れようとするが、それよりも早く総司の手が千鶴を掴む。
「信じるから、こういうことは僕だけにして」
指と指を絡められて、手の甲に唇を押し付けられる。それはまるで祈りの言葉のようで、縋られているようでもあった。
千鶴は自分でも気づかないうちに、何度も何度も、頷いて答えていた。
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2011.09.07
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