★続・藤堂編
『あ、総司、オレオレ。今どこ? うんうん、じゃあそこにいろよ、紹介したい子がいるから!島女の子!! 会って驚け!!』
ブツッ
朝から一方的に何なのだ、と総司は切れた電話を見つめた。
島原女子高の子を紹介したいなんてどう考えようとしても平助に彼女ができたということなのだろう。
大方今日一緒に初登校して、それが嬉しくて見せびらかしたくなったんだ――と、解釈するのが総司にとっては自然な流れだった。
なんで僕が、と面倒臭いことには代わりはないが、総司はほんの少しだけ平助に感謝していることがあった。
千鶴。
現世に生まれ変わり再び巡り合った新選組の面々。しかしその中には未だ千鶴の姿がない。
周りは総司に気遣っているのか何なのか、総司がしない限りは千鶴の話題は振ってこない……彼、平助を除いて。
平助は総司の前で千鶴のことをばんばんと話題に出すし、総司の思い出惚気話をうんざりな顔をしつつもいつも聞いてくれる。
絶対に会えると毎回のように断言してくれる彼の存在に、総司は意外にも救われていた。
感謝の気持ち、というわけではないが、一度くらいは平助の惚気話に付き合ってやってもいいと思えた。
こんな朝っぱらから紹介したくなるような彼女なのだ、どんな相手なのか、総司も若干興味が湧く。
平助のことだから恐らく友達の延長線上のような関係のままで、でも仲良さげに手でも繋いでやってくるのだろう。
――……そう思いながら待つこと数分、本当に、仲良さげに談笑しながら手と手を繋いだ彼と彼女が総司の前に現れた。
グシャッ
知らず知らずのうちに総司の拳に力がこもる。
朝食代わりに飲んでいたゼリー飲料の容器が音を立てて潰れた。
笑顔でこちらに向けて繋いでいないほうの手をぶんぶんと振っていた平助が、その暗雲立ち込めるオーラに気づき、徐々に顔を青に変えていく。
「やべえ……総司、怒ってるぞ。千鶴も手を振れって!」
彼の負のオーラの原因を“千鶴が手を振らないからだ”と勘違いした平助は、慌てて千鶴に言う。
そもそもまだ千鶴に前世の記憶がないことすら総司には伝えていないのだ、なにか手順をひとつでも謝ると……なにかが起きそうで怖い。
日々惚気話を聞かされ続けた平助は、総司が如何程千鶴を愛しているのかを十分に理解している。
「こ、こう?」
「そうそ、それで愛想良く笑って!」
胸の辺りで小さく手を振りながら、千鶴は精一杯笑顔を浮かべた。
平助は会話の内容が総司に漏れ聞こえぬよう、千鶴の耳元でコショコショと囁いて指示を出す。――――その姿が仲の良いカップルが内緒話をしているような仕草だとも気づかずに。
ドサドサッ
総司は握り締めていた容器と、肩にかけていたスクールバッグを地面へと落下させる。
僅かにフラッとよろめくものの直ぐに片足が出て体勢を整わす。そして一度深く呼吸をしてから、二人に向かってにっこりと微笑んだ。
「どういうこと?」
唸るような声は小さすぎて平助にも千鶴にも決して届きはしなかったが、二人は敏感に総司から溢れ出る黒めいた感情を察知する。
千鶴が反射的にひくっと喉を震わせ、思わず平助の袖を掴んで助けを求める。
……その光景は(あくまで総司にとって)、可愛い彼女が彼氏に甘えるようないじらしいものにしか見えなかった。
三人の距離はまだ十分にあった。
しかし総司は口元に深い三日月型を刻み込むや、一気に二人のもとへと歩み寄る。
「……っ!」
千鶴は身を守るためなのか何なのか、平助の後ろに隠れる。
その行動に総司はますます口を歪め、平助は……慌てまくった。とにかくヤバイことだけは理解できているので慌ててこの場をどう乗り切ろうか模索する。
「ま、待て総司! 千鶴だって悪気があって忘れたわけじゃ……!」
「悪気があるのは平助の方じゃないの。手、離して」
千鶴が掴んでいる平助の袖。千鶴に当たらないように注意しながら、総司はベチン!と平助の腕へ手刀をかました。
「お、おお、それで怒ってたのか」
総司の怒りの原因にようやく気づいた平助は、千鶴から一歩距離を置く。
しかしその行動に千鶴は身を硬くしてしまう。
「おいで、千鶴」
自分から遠ざかった頼れる相手、平助。
対して、近づいてきたのは恐ろしい殺気と笑顔を振りまく総司。
彼は飛び込んで来いと言わんばかりに両手を広げて準備万端の様子だが、この状況で千鶴が飛び込んでいけるはずなどない。
平助に助けを求めるように潤んだ瞳を向けるが、その様子に総司はムッとし、平助を睨む。
「え、えーとさ、千鶴、覚えてねえんだって! だから怖がらせないでやってくれよ」
今言わないとこじれてしまう。
そう判断して平助が簡単に説明をすると、総司は眉を寄せながら千鶴を見た。
「覚えてないって……ホントに?」
「へ、平助君、どうすればいいの?」
千鶴はますます困った表情をして、平助を頼った。
駅からここに来るまでの僅かな時間で千鶴が仕入れた総司の情報は、昔知り合いだったらしいこと。
彼が千鶴のことを探していたこと。他にも千鶴に会いたがってる人が沢山いること。千鶴が昔のことを忘れてると知ったら彼が不貞腐れるだろうこと。昔の千鶴はいつも彼にいじめられてたこと。
……プラス要素が一つもない。またいじめるために探していたのかとか、そういうことばかりが頭を過ってしまう。
しかも平助が説明してくれた通りに不貞腐れて……いや、そんな生易しいものではなく、物凄く怒っている気がする。
ちらりと彼を覗き見ると、口元にくっきりと弧を描いているにも関わらず、目の奥が凍てついている。ただただ恐ろしい笑みを浮かべていた。
「平助のことは忘れてないみたいだけど。名前呼んでるし、そんなに懐かれているし。どういうことか説明してくれる?」
埒が明かない。
総司は千鶴の視線を無理やり自分に向けてそう言うと、そのまま千鶴を小脇に抱えて歩き出した。
「あ、平助。荷物よろしく」
「た、助けて、平助君!」
千鶴がじたばたもがいて助けを求めると、総司の指先が千鶴の頬をぷにっと突いた。
「僕以外の男を頼らないで、―――よ?」
ズカズカと千鶴を引っ張って歩いていく彼。
後半部分、小さくてよく聞こえなかったが、唇の動きから意味は悟ることができた。ゾッとするような内容、だと思う。
千鶴がコクコクと頷くと、彼は満足したように黒い笑みを纏わせた。
「やべえ、オレのせいか……?」
ぽつんと残されたのは黄色いパーカーの少年と、彼のものではないスクールバックがひとつ。
学校とは反対方向へと進んでいく二人を、平助はただ見送るしかなかった。
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2011.09.07
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