★藤堂編

【最初に再会したのが平助君だった場合】











ど、どうしよう……。


満員の電車内で、千鶴は姿勢を正して動きを止めていた。
この電車の終着駅には私立高校、専門学校、短大、大学などがいくつかあり、朝のこの時間帯は多くの学生が乗り合わせているため、大変混雑している。
そのため千鶴はいつも最後尾の車両に乗っていた。下車したときに階段からは遠くなり、改札を抜けるまで時間はかかる。しかし、下車直後の階段周辺の人波と言ったら凄まじいものがあり、時間よりもゆとりを大事にしたい千鶴はそれでいいと思っていた。

今日、家を出るのが遅れてしまった千鶴は、中央寄りの階段付近の車両に飛び込むようにして乗る。同じ時間の同じ電車だというのに密度が全く違い、ぎゅうぎゅうの車内で激しく後悔をしていた。
しかし、とある駅で目の前の席が開き、千鶴は遠慮しながらもそこへ座った。それが現在の困惑の理由であり、運の尽きだったのだろうかと千鶴は考え込んだ。――彼女にとって運命の再会…その始まりだとは思いもせずに。



明るめの茶髪に黄色いパーカー。彼の着る浅葱色のブレザーは、千鶴の通う島原女子高の近くにある薄桜学園のものだ。千鶴には薄桜学園の知り合いなど一人もいなかったが、女子高と男子高ということで少なからず交流がある。
立派な理念のもとで部活動の盛んな高校なため、この活発そうな男の子も、きっと毎日部活に明け暮れて疲れているのだろう……――千鶴は自分の膝を占領して眠りこける男子を見下ろして、そう思った。そう思わなきゃやっていけなかった。

最初はただ隣同士に座っているだけだった。次第にその子はコックリコックリと舟を漕ぎ始める。そして徐々に千鶴のほうへと傾いてきて……。そこまではよくある事なのだが、こともあろうか、彼は千鶴の肩に凭れるのではなく、そのまま膝へと倒れてきた。
肩を揺さぶって何度か起こそうとしたのだが、一向に目を開けてくれない。それどころか気持ちよさそうな寝顔を晒していて、周囲の視線をチクチクと感じ、巻き込まれた千鶴のほうが恥ずかしくて居た堪れない気持ちになった。

そんな状況が十数分ほど続き、電車はようやく終着点へと到着した。一斉に下りる乗客たちを視線で追いかけながら、千鶴は再び、この男子高校生の肩を揺すって、声をかけた。

「あの、起きて?遅刻しちゃうよ」

「う〜ん、…………あれ、もう着いたの?」

「うん」

電車の走行音や乗客の話し声がなくなったおかげで千鶴の声がよく通り、男の子は今度はすぐに目を覚ました。
まだ眠いのかゴシゴシと目をこすって、ゆっくりと千鶴の膝の上から起き上がる。そしてやっと覚醒したようで……。

「……のわっ! えっ、ごめんオレよっかかってた!?」

飛び上がった。寄りかかってたどころの話ではないが、千鶴は遠慮がちに頷いて苦笑いをした。

「起きてくれて良かった」

「ホントごめんな! え〜っと、その制服は島女……の…………」

ベコッと下げた頭を彼はゆっくりと上げ、千鶴を見る。すると目を真ん丸にして、ひどく驚いたように固まった。
そして数秒後、我に返ったかのようにガバッと千鶴の両肩を手で掴んだ。

「ち、千鶴! 千鶴じゃんかよ! おまえ、島女だったのか……!」

「あの…どうして私の名前……」

相手の勢いを避けるように千鶴が顔を背けて恐る恐る聞くと、彼はさらに驚き、掴む力を緩めた。

「えっ、覚えてねえの!? ……ま、いっか。それより総司がおまえのことずっと捜しててさ」

驚いたのも一瞬で、彼はすぐに別の話題へと移る。
切り替えの早さに千鶴は着いていけず、言われた言葉の端々を拾うだけで精一杯だった。

「そうじ……誰のこと? えっと、私、貴方とどこかで会いました?」

千鶴の言葉遣いが思わず敬語になる。目の前の男子高校生のことを不審に思っているのだろう。
しかし彼はそんなことに全く気づかずに話を進める。

「えー、おっまえ総司のことまで忘れてんのかよ。アイツぜってー不貞腐れるぞ」

言いながら携帯を操作し、耳に当てる彼。どうやら電話をかけるらしい。
千鶴はもう一度男の子の顔をまじまじと見つめ、心当たりがないかを考える。
島原女子高の近くにある薄桜学園の生徒なのだ、もしかしたら接点があるのかもしれない。なにせ彼は千鶴の名前を知っていた……しかし薄桜学園生徒との接点など一向に思い出せないし、“総司”という人物のことも思い当たらない。捜される覚えも、不貞腐れる覚えもない。

(変なことに巻き込まれてるのかな……)

不安になった千鶴は、彼が電話をしている隙に逃げようと一歩後ずさる。が、彼がすかさず千鶴の手を掴んだ。

「千鶴、一緒に学校いこーぜ。どうせ同じ方向なんだし」

にかっ!
裏表なんてないであろう満面の笑みを浮かべられ、千鶴は断るに断れなくなり、小さく頷いてしまう。
すると電話相手が出たらしく、男の子は口早に用件を述べた。

「あ、総司、オレオレ。今どこ? うんうん、じゃあそこにいろよ、紹介したい子がいるから!島女の子!! 会って驚け!!」

ブツッ

「まだ時間大丈夫だよな? 総司、駅前のファミマにいるんだって」

そう言って彼は千鶴の手を引いて歩き出した。どうやら“総司”に紹介されるのは確定らしい。

「あの…えっと、名前……」

「そっか、名前も覚えてねえのか。平助…藤堂平助。よろしくな」

「藤堂、君……?」

「何だよ、昔みたいに呼んでくれよ。他人行儀でやだよ」

「え、……えと…平助君……?」

昔みたいと言われても千鶴は彼のことを一切覚えていない。思い切って名前で呼んでみると、彼は満足げに笑う。
千鶴はその笑顔がなぜか懐かしくて、出会ったばかりだけど仲良くなれそう、と思いながら、平助と楽しいお喋りをしつつコンビニへと向かった。









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2011.08.24

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