★2.その瞳にうつるもの(1/2)

あれから千鶴の態度が変わった。
沖田を見るたびに怯えていた姿はもうない。今は――

「っ……!」

目が合うたび、否、視界に入った途端と言うべきか、大げさなほどに目を逸らすようになった。
もちろん他の者にはこれまで通りの愛らしい笑顔を振り撒いている。


面白くない、また僕だけみんなと違う。


くりくりとした大きな瞳に映してもらえない沖田の苛立ちは、他者にはわからないだろう。
みんな当然のようにあの蜂蜜色のそれに映り込むことができるのだから。
怯えられるのは腹立たしかったけど、この態度はさらに苛つく。彼女は自分を怒らせたいのか?、と沖田は思った。
以前ならば斎藤や原田にたまに指摘される程度だったが、今や鈍いと思われた者たちにも怪訝に疑いをかけられる。

「総司、千鶴ちゃんに何したんだ?」

「何もしてません」

またか、と言うように総司は新八を一瞥してすぐにそっぽを向いた。
今度は、新八の横で仁王立ちする平助が非難の言葉を浴びせる。

「何もしてないわけないだろ、また苛めたんだろ!」

「何もしてないってば。僕が何かした証拠でもあるの」

「んなもん千鶴の態度で一目瞭然だろ」

もう溜息もこぼれない。
なぜかみんな徹底して、沖田が千鶴に対して何かしたような口ぶりだ。
勝手に避けられて、勝手に加害者にされて……被害者はこっちだと言ってもきっと彼らは千鶴を庇うだろう。
皆に守られ大事にされ甘やかされ、これら全てが千鶴の計算のような気さえしてくる。
この間あれだけ可愛がってあげたというのに、酷い仕打ちだ。



ついに我慢できなくなった沖田は、千鶴の部屋に続く外廊下で彼女を待ち伏せる。
もうすぐ雑務を一通りやり終えて部屋に戻ってくる頃合いだ。
死角となる柱の横にもたれながら罠にかかる標的を楽しみにするかのように待っていれば、哀れな少女がとことこと歩いてきた。

「〜♪」

鼻歌まじりに足取りを弾ませながら、千鶴は上機嫌だった。
高く結ばれた尻尾のような髪の毛がいつも以上に右へ左へと揺れている。

まるで誰かに構ってもらって喜んでいる犬みたいだ。
想像して口角を上げた沖田だったが、その“誰か”のことへ想像が及ぶと、途端に心が冷めていった。彼女が犬ならば、飼い主は自分であるべきだ。飼い主の知らないところで犬が“誰か”と戯れているなんて面白くない。“誰か”に飼い主以上に懐くようなことがあったとしたら、檻の中に永遠に閉じ込めてやりたいと思う。

「千鶴ちゃん」

「きゃっ」

自らの間合いに千鶴が入ってくるのを待ってから、声をかける沖田。
彼の存在に全く気づいていなかった千鶴は、小さな悲鳴をあげながら身を強張らせた。

「あ……」

千鶴は声の主が沖田だとわかると安心したように緊張をほどくが、すぐに我に返ったとばかりに沖田から顔を逸らした。
沖田はむかつくその仕草を見ないようにしながら、千鶴の腕を掴む。

「ちょっと来て」

返事も聞かず引っ張り歩けば、千鶴は足をもたつかせながら足を動かす。

「お、沖田さっ……!」

戸惑いと恐怖が混ざった声で、名を呼ぶ千鶴。その声色がますます沖田を苛立たせた。

「煩い、黙って」

「でも、あの、手を――」

「黙らないと殺すよ」



いきなり現れた沖田は何故か苛立っていて、有無を言わさずどこかへ連れて行こうとしていて、殺すと脅された。
千鶴からすれば意味のわからない、最悪な状況だ。
先ほどまでの楽しい気持ちが嘘だったかのように、千鶴は深い谷底へ突き落とされた――いや、引きずり落とされた。

こういうときの沖田には下手な抵抗をしてはいけない。それは千鶴が一年余りの間ここで暮らして覚えた身を守るすべだ。
気が済むまで黙って、耐えて、やり過ごす。じゃなければ身が持たない。

掴まれた腕が痛い。何も語らぬ後姿が怖い。
あの日の沖田はやはり夢だったのだろうか……千鶴はそんなことを考えた。
今の沖田と、あの日散々甘やかしてくれた沖田が同一人物だとは思えない。それくらいの温度差だ。
どこへ連れて行かれるんだろう……。
できれば人目につく場所がいい。幹部の誰かに見つけてもらって、間に入ってもらいたい。

そんな千鶴の願いはかなうことなく、目的地には誰にも出くわすことなく到着する。
沖田は千鶴の部屋に彼女を押し込めると、後ろ手に襖を閉めた。

私の部屋…? と呆然としている千鶴の背中を沖田が押せば、千鶴は押された方向へと抵抗なく一、二歩進む。
それを数回繰り返し、千鶴は壁際へと押し付けられた。

「…………」

このまま沖田に背を向けたまま、壁にもたれてやり過ごせることができればいいのに、と千鶴が思っていると、沖田が肩を掴んでぐるりと自分のほうを向かせた。
その直後、千鶴に左耳で鈍い音が爆ぜた。

そよ、と頬を空気が撫でる。沖田が壁を殴りつけた音だと気づいたのはすぐだった。
千鶴は暴力の匂いに震え、目を大きく見開き、まさかという思いで沖田を見る。
沖田はそんな千鶴の顔をまじまじと覗き込んで満足げに言った。


「やっと僕を見た」


琥珀色の瞳の中に自分の姿を確認した沖田は、にっこり微笑む。
壁から離れた右手が千鶴の頬を優しく一撫でした。











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2011.07.30

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