★ひとひら舞う 第6話



ここ数日、沖田先輩の様子がおかしい。
綺麗な目はどこか重たげで、目の下には薄っすらクマがある。簡単に言えば「寝不足」。様子がおかしいのもきっと眠いからなのだろうけど、「寝不足」で片付けるには、少し、気まずいというか・・・

「おはよう、千鶴ちゃん」

電車の中でいちばんに交わすお決まりの挨拶。それはいつもと変わらない。だけど――そこから先がない。ずっと無言のままなのだ。
でも電車が大きく揺れたときに支えてくれたり、歩いているときに自転車や自動車が来たら手を引いてくれたり、私を気遣ってくれる部分は変わらない。

「また、放課後」

次に口を開いてくれるのは昇降口。そこで別々の教室に向かい、授業が終わったらまた会って、沖田先輩が電車を降りるときに「また明日」と別れる。ここ数日、ずっとそんな登下校が続いている。

こういうときに、口下手な自分が憎い。何を話せばいいのかわからないし、もし先輩が眠いのなら無理に会話なんてしないほうがいいと思う。それに下手なことを言って先輩の機嫌を損ねたくないし・・・
会話はいつも沖田先輩が話題を振ってくれて、リードしてくれて。今までの私が沖田先輩に頼りっきりだったことを如実にした。

正直、気まずい。

あと、寂しい。

こんなことなら一緒に登下校しないほうがいいのかな?先輩も私に合わせないで電車の時間を一本遅らせればもう少し眠れるんじゃないかな?
でも、私はそうしたくない。だって先輩といられるのはこの時間しかないんだもん。先輩からもう嫌だと言われれば仕方ないけれど、先輩はいつも「また放課後」「また明日」と言ってくれる。だから私は自分からこの時間を手放したくはない。絶対に。



ニュースが駆け巡ったのは午後だった。
沖田先輩が体育の授業中に頭を打って倒れて、救急車の手配までされたとか何とか・・・。最初に聞いたときはビックリして、先輩が無事かどうか不安で怖かったけど、それはすぐに大げさに伝わっただけだと判明する。
だけど体調が悪くて保健室で寝ていることは本当らしく、私も心配だったから10分休憩のときに保健室まで行った。・・・・・・保健室の前は同じことを考えていた女子で黒山の人だかりができていて、保健医が「沖田を見に来た奴は帰れ帰れ、今日は立ち入り禁止だ」と怒鳴っていた。

『倒れたって聞きました。大丈夫ですか?』

聞いた話通り体育の授業中に倒れたなら携帯電話なんて持ってないだろうなぁ、と思いながらも沖田先輩にメールをした。


結局、放課後まで返信はなかった。いつもはすぐに返事をくれる沖田先輩だから、それがとても寂しくて。返事がなかったのは具合がまだ悪いからなのかな?とか、もしかして早退しちゃってるのかな?とか、色々考えてしまって。
帰りのHRが終わると、私はすぐに昇降口に向かった。先輩の下駄箱をチェックして、靴がなかったらそのまま帰ろう。もし靴が残ってたら、先輩のクラスか保健室に行ってみよう。そう思ってた。
だから、昇降口にすでに沖田先輩がいたことに驚いて、でも嬉しくて、私は彼を見つけるやすぐに駆けて行った。

「沖田先輩っ!」

先輩は相変わらず重たそうな目をしていて、顔色は朝よりも悪い気がした。保健室であまり休めなかったのかな?と思い、大丈夫ですかとか今日はバスで帰りましょうとか言おうとしていたら、

「帰ろう、早く」

素っ気なく遮られてしまった。その態度や口調は、私に何も言うなと言っているようで、言葉に詰まる。
会話も何もないし、並んで歩いてるから顔を合わせることもない。なんで、一緒に帰ってるんだろう。先輩も一人の方が色々と楽だと思う。気分や具合が悪いときに時間や歩幅を私に合わせることなんてないと思う。ずっと別々に、というのは嫌だけど、でも、しばらくは・・・。そう思って、言ってみた。

「先輩、明日の朝は別々に行きませんか?」

向かい合うことのできる電車の中で、そう言った。「明日の朝」という限定的な言い方をしたのは、やっぱり一日に一度も会えないのは寂しいから、帰りは一緒に帰りたいという意味を含めていた。

「・・・・・・・・・」

沖田先輩は、ちゃんと声が届いてるはずなのに何も答えてくれない。こっちを見ようとすらしてくれない。それがすごく寂しくて、どうせ答えてくれないなら何も言わなければ良かったと私は下を向いた。
電車はゆったりとブレーキがかかり、沖田先輩の降りる駅へと滑り込んでく。
そのとき、沖田先輩がこっちに向き直った気配がしたので、私はおずおずと顔を上げた。すると


ヴーヴーヴー


沖田先輩に緊張していたせいか、その音はいつもより大きく響いた気がした。私のカバンの外ポケットから伝わる携帯電話の振動音。でも今そんなものを気にしていられなくて、私はカバンをギュッと握って先輩に視線を向ける。向けて、ゾワリという感覚に襲われる。
沖田先輩の綺麗な緑色の目がとても冷たく、瞳の奥では何かが揺らめいているように見えた。こんなに怖い先輩は初めてで、私は視線を逸らすことすらできなかった。
その直後プシューと音を立てて電車のドアが開く。すると先輩は、何も言わないまま私の腕を強く掴み、私ごと電車から降りた。

「おっ、沖田先輩!?」

わけのわからないまま沖田先輩に引っ張られ続ける。何度名前を呼んでも返事どころかこちらを向こうともしてくれず、先輩が何を考えているのか全く分からない私は、泣きそうになりながら改札を抜けていった。





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2011.04.17

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