★ひとひら舞う 第4話(3/3)



赤信号で立ち止まった沖田は、渡り廊下以来の千鶴の顔を見る。見て、驚く。千鶴は音も立てずにポロポロと涙を零していたのだ。腕を放し、背中を押すように歩道の端に寄せると、千鶴は抵抗することなく従った。それが沖田には余計に痛々しく思えた。

「千鶴ちゃん、ごめんね。腕、痛かったよね」

千鶴が頭をブンブン振ると、涙がポタッポタッと落ちる。沖田が頬に優しく触れてそれを拭うと、千鶴は目を閉じてされるがままになった。

「そんなに、僕と一緒にいるのは嫌?」

「嫌じゃないです」

それは千鶴の本音。
入学式の日に見かけて以来、ずっと目で追いかけていた言わば憧れの人。そんな沖田と登下校を共にし、彼のことを知っていき、ますます一緒にいたいと思えた。

「でも、私なんかに時間を割くより、先輩の彼女を大切にしてあげてください」

これも本音だ。

「彼女?」

「お昼に先輩のクラスに行ったときに、聞こえました」

沖田のクラスメイトの『沖田ー!彼女が来てるぞー!!』という声を。聞き間違えるはずなどない。

「・・・・・・もしかして、それで僕を避けてたの?」

避けていたわけではなくて・・・いや、結果的に避けまくっていたのだけど。心の中には言い訳がましいことをいくつも浮かんできたけれど、それは千鶴の問題であって沖田のせいではない。
だから素直にコクンと頷いた。
すると沖田は、顎に手を添えてどこか遠くを見つめながら考えるような素振りをし、暫く後、千鶴の目を見て言った。

「・・・すごく言いにくいけど。その“彼女”って、君のことなんだよね」

「・・・・・・・・・・・・えぇぇっ!?」

沖田の言葉の意味が分からない。言っていることはわかるのだが、なぜそうなっているのかがわからない。あのときのクラスメイトは千鶴を指して『彼女が来てる』と言ったということだろうか。だけど千鶴は沖田の彼女ではない。

「な、なんで、どういうことですか!?」

さっきまで泣いていたとは思えないほど勢いよく、拳を胸の高さで握り締め、沖田に食い付いた。そんな態度もものともせず、沖田は平然と答える。

「最近ずっと千鶴ちゃんと登下校してるでしょ?それで僕たちが付き合ってるって勘違いしてる奴もいてさ。いちいち相手にしていてもキリがないから放って置いてるんだけど。だから、あのとき言われた“彼女”は千鶴ちゃんのことだよ。そもそも僕は彼女いないし、いたら千鶴ちゃんとこんな風に一緒にいないと思うよ」

・・・なるほど。
確かに千鶴自身、沖田と登下校するようになって何人もの、十何人もの女子から「沖田先輩と付き合ってるの?」と聞かれた。最初のうちはそうでもないのだが、何人も続くとさすがに説明も面倒になる。
沖田も千鶴同様そういうことを聞かれていたのだろう。いや、人気者の沖田のことだから千鶴以上だろう。
千鶴は納得した。しかし、1つ納得できないこともあった。

「何で彼女がいないんですか?先輩なら選り取りみどり・・・」

こんなことになるまで考えてもみなかった千鶴だが、一度そう思うと不思議でしかたない。格好良くて、優しくて、みんなに好かれている沖田。きっと告白だって沢山されているだろう。そんな千鶴の他意のない質問に、沖田は不機嫌な顔になる。

「僕は好きな子じゃなきゃ付き合いたいとは思わないけど、千鶴ちゃんは違うの?」

少しだけ、吐き捨てるような。少しだけ、責めるような口調だった。

「い、いえ、そういうつもりで言ったのではなくて」

ごめんなさい、と千鶴が俯いて落ち込むと、沖田の大きな手がその頭をわしゃわしゃと撫でた。小さな溜息が聞こえた後に、呆れたような沖田の声が千鶴に届く。

「誤解も解けたし、帰ろっか」

おずおずと顔を上げると、優しい顔をした沖田が、千鶴に手を差し伸べていた。結局、千鶴の勘違いと空回りで。沖田にたくさん迷惑をかけてしまった。酷いことばかりしてしまった。それでも言葉なく許してくれるその優しさが、千鶴は嬉しかった。沖田と一緒にいると、まるで甘やかされているような心地良さを感じるのだ。

沖田に彼女がいると思ったとき、すごくショックだった。なぜか裏切られたような気持ちになり、今まで浮かれていた自分を恨めしく思った。勘違いだとわかったとき、恥ずかしかった。勝手に傷ついて、泣いて、苦しくなって、それが全部自分の思い込みだったなんて、恥ずかしいほど私は馬鹿だ。このまま勘違いしたまま終わらなくて良かった、と追いかけてきてくれた沖田に感謝した。

(私、沖田先輩のこと・・・――)

差し出された手を素直に受け取ると、沖田はクスリと笑い、歩き出した。数メートル進んでから手を繋いでる自覚をした千鶴は、徐々に顔を赤く染めていくのだった。



これは千鶴が想いを自覚した日の出来事。






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2011.04.07

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