★ひとひら舞う 第4話(1/3)

「沖田先輩、なにか欲しいものはありますか?」

一緒に登下校するようになってから数日。未だに何のお礼も出来ていない千鶴は、思い切って本人に聞いてみることにした。

「なんで?何かくれるの?」

「はい、えと。助けて頂いたお礼を、まだしていないので」

今更すぎてすいません、と顔を少し赤らめて付け加えた千鶴を、薄っすら細めた目で見つめる沖田。沖田は暫く思案するように黙り込んだ。

いつも笑顔を絶やさない沖田先輩だけれど、こうやって無表情になると、顔立ちの綺麗さが強調される。見惚れる、とはまさにこのことだろうと千鶴は考えながら、その綺麗な顔を見つめていた。

「そういえばさ、千鶴ちゃん調理実習があるって言ってなかった?」

「はい、明日の家庭科の時間に」

先週、家庭科の授業で次回はカップケーキを作ると発表された。お菓子を食べることも、お菓子を作ることも大好きな千鶴は、次の家庭科が楽しみだと下校中に沖田に話したのだった。

「作ったやつを、僕にちょうだい」

「・・・そんなので良いんですか?」

遠慮されてる気がしてならなかった。授業で作ったものなんかで良いのだろうか、やはり本人に直接聞くのではなかった、と少し後悔する。

「うん、それがいい」

だけど沖田は満足げに微笑むものだから、千鶴はうっかりほだされてしまいそうになる。
一緒にいるようになってわかったことと言えば、沖田はなかなかの甘党だ。カバンの中には常に甘いスナック菓子が入っている。たまに駅前のカフェに寄るときは、生クリームたっぷりだとかキャラメル味だとか、女の子が好みそうな甘いものを好んで注文する。あながち、お菓子がほしいというのは本音なのかもしれない。

「では、明日の放課後にお渡ししますね」

「なんで放課後なの?作ったらすぐに持ってきてよ。家庭科は何時間目?」

だって余計な時間をとらせたくないし、放課後に会えるのならそのときでいいではないか、と千鶴は思っていた。

「僕は出来立てが食べたいな」

「よ、四時間目です・・・・・」

沖田のこういうところがたまによくわからない、と思いながらも、出来立てを食べてもらいたいという気持ちもあったので内心嬉しかった。

「終わったらすぐに来てね?教室で待ってるから」

「2−C、ですよね?わかりました」

千鶴はドキドキしていた。
なぜなら、沖田と一緒にいるのは登下校の時間のみだ。朝、昇降口で別れたら、帰りに昇降口で会うまで、一緒にいる時間はない。たまに廊下ですれ違ったりするが、学年が違うのでそれも滅多にない。登下校以外の時間に、沖田に会いに行くなんて初めての約束なのだ。



***



家庭科の授業が終わり、チャイムと同時に調理室を出た。
自分で言うのも何だけれど、カップケーキは自信の仕上がりだ。沖田先輩に渡すと打ち明けた友人に乗せられ、千鶴はケーキの頂上に大きなハートマークをチョコレートで書き込んでしまう。それだけが、少し後悔している点だ。
だけどその友人から可愛いラッピンググッズを貰えたことは嬉しかった。沖田に渡せることで浮かれていて、何も準備をしていなかったのだから。

(むき出しのケーキを持ってくとこだった・・・)

教室に戻って机に教材を詰め込み、カバンから手鏡を取り出して身だしなみの確認をする。鏡に写る自分に向かってニコッと笑ってみせて、心の中でヨシッと気合いを入れて、教室を出る。

2年生の教室に行くのなんて初めてだ。学年が一つ違うだけで近寄りがたい場所で、でも沖田が普段過ごす場所ならば行ってみたいと思っていた。階段を下りるたび、教室へと近づくたびに心臓がドキドキと音を立てる。

2年C組に辿り着き、後ろの扉から中を覗く。窓側の席に沖田の後姿を見つけて思わず笑顔になるが、ここからでは大きな声を出して呼びかけないと気づいてもらえなそう。でもそれは恥ずかしいので無理だ。

(来る前にメールしておけば良かった。でもこの至近距離でメールするのもおかしいし・・・)

教室に入る勇気もないので、千鶴はすぐ近くにいたクラスメイトの人に呼んでもらうようにお願いした。
その女子生徒は、千鶴の持っている可愛くラッピングされたカップケーキに視線を落とした後、訝しげな顔をして、

「それ、沖田君にあげるつもり?」

「え、はい。調理実習で、つくったので・・・・・・」

なんでこんなことを聞かれているんだろう。頭の中でそんなことを思いながらも、千鶴は頬を赤く染めながら答える。

「そういうの、沖田君は誰からも受け取らないよ。止めときなよ」

え?という言葉が漏れたとほぼ同時に、千鶴の耳に男子生徒の大きな声が届いた。

「沖田ー!彼女が来てるぞー!!」

頭の中が真っ白になって、理解するよりも早く体が動き、千鶴はそこから駆け出した。どこをどう走ったのか覚えてはいない。ただ、気づけば人気のない別棟にいて、誰もいない廊下の真ん中で千鶴はボロボロと涙を零していた。

沖田先輩に彼女がいる・・・?
知らなかった、でも、よく考えれば当然のことだよね。あんなに優しくて格好良くて素敵な人に、彼女がいないことの方が不自然な話。

こういうものを誰からも受け取らない、とクラスの女子が言っていた。
彼女がいるから、なのだろう。
きっと沖田は冗談で「食べたい」と言ったのだ。それを本気にしてしまい、浮かれて、教室まで行ってしまった自分に自己嫌悪する。

「・・・・・鉢合わなくて・・・良かっ、た」

それだけが唯一の救いだった。ふと、マナーモードにしたままの携帯電話がブルブルと震えていることに気づく。恐る恐る画面を見てみると、沖田からの着信だった。
今はその名前を見るだけで悲しい気持ちになってしまい、千鶴は心の中でごめんなさいと呟きながら、電源ボタンを長押しした。




----------
2011.03.31

[前へ][次へ]

[作品目次]

[続き物TOP]

[top]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -