★ひとひら願う 第7話

自由にしていたからいけなかったんだ。最初から昔みたいに閉じ込めてしまえば良かった。
だってあの時も、勝手な理由で閉じ込めて、たくさん怖いこと言って、何度も突き放して、それでも君は僕を好きになってくれたから。だから初めから、何も悩むことなんてなかったんだ。



千鶴の腕を引きながら自宅アパートに到着し、空いているほうの手で家のカギをガチャリと開ける。開いたドアに千鶴を押し込め、僕が後ろから中へと続く。後ろ手で玄関のカギを閉めれば、君はどんな顔をしているんだろう?

「・・・・・・わぁ、にゃんにゃん!にゃんにゃんです、沖田先輩!!」

花が咲いたような笑顔だった。・・・・・・正直、ズッコケるかと思った。部屋から顔を覗かせた白い子猫を指差しながら、千鶴ちゃんはにゃあにゃあと子猫に呼びかけた。
なんだか苛立っていた自分が馬鹿らしくなって、肩の力が抜けるとともに笑いが零れた。

「親戚の猫を預かってるんだ。・・・上がって、千鶴ちゃん」

「はいっ!触っていいですか?あ、お邪魔します」

さっきまで身を強張らせて泣きそうな顔をしていたのに全くこの子ってば。おかげで僕まで毒気を抜かれてしまった。でもそれで良かったのかもしれない。あのままだったら最低なことをしてしまっただろうから。この猫に少しばかりの感謝しなくては。

靴を脱いで千鶴ちゃんをリビングへと招き入れ、適当に座っててと言って僕はキッチンへ向かう。横目で彼女を見ると、子猫の近くにしゃがんで手を伸ばしていた。

「オレンジジュースで良かった?」

「あ、お構いなく。・・・この子、人懐っこいですね」

テーブルに千鶴ちゃんのオレンジジュースと僕のアイスコーヒーのグラスを置く。どこに座ろうか考えたけど、やっぱり千鶴ちゃんの近くがいい。暴走してしまったらその時だ、と彼女の真横に腰を下ろす。
途端、千鶴ちゃんが緊張で強張るのを感じた。
それは男の人と家に二人っきりだから緊張しているのか、それともその相手が僕だから緊張しているのか。後者じゃなきゃ嫌だけど、とりあえず、千鶴ちゃんには無防備に男の部屋に上がらないよう後でしっかり言い聞かせなくてはいけない。今回は僕だったから良かったものを。


ひたすら猫を撫で回す千鶴ちゃんだけど、緊張を紛らわすためにそうしていることは丸わかりで。それでも彼女の膝や指先を独占しているコイツが恨めしくなってくる。

この子は僕のものだよ。誘惑しないでね。

忠告の意を持って猫に触れる。コイツは何だか気持ちよさそうにゴロゴロするし、千鶴ちゃんは「仲良しですね」なんて言うし。僕の気持ちはどうやら千鶴ちゃんにも猫にも届かないらしい。




そうやって時間を過ごしていると、千鶴ちゃんは一気にオレンジジュースを飲み干して言った。

「あの、先輩。私そろそろ、お邪魔させていただきます」

まだ30分も経っていないのに、いくらなんでも早すぎる。今は閉じ込めるつもりもないけれど、今すぐ逃がすつもりもない。

「なんで?もう少し居なよ。用事でもあるの?」

不機嫌になるのを抑えながら、僕は絨毯に置かれていた千鶴ちゃんの手に自身のそれを重ねた。

「いえ、予定は何もないですけど。でも・・・最近、先輩あまり寝てないんじゃないですか?」

何それ。僕があまり寝てないから帰るって言うの?そんな如何にも心配してますって声で言ったって逃がしてあげないよ。

「あと少し、痩せた気もします」

食欲ないから。倒れない程度にはちゃんと食べてる・・・と思う。

「・・・心配、です」

君が僕を心配?博愛主義な君のことだから、そんなセリフ誰にだって言うんでしょ?
千鶴ちゃんは卑屈になりきっていた僕の目を見ながら、ゆっくり、こう言い切った。

「私にできることなんてないかもしれないけど、私が沖田先輩のためにできることがあれば、力になりたいです」


なに、その目。
僕を諌めて救ってくれたときのような、揺らぎない、まっすぐな目。
僕は君を信じてもいい?
僕をまた愛してくれる?


続く沈黙の中で、僕が君の手を強く握り締めようとした、その瞬間。



ヴヴーヴヴーヴヴー



また、鳴った。しかも今度はメールではなく、電話着信。
何それ。毎度毎度まるで僕たちを邪魔するように。千鶴ちゃんの「友達」は随分と鼻が利くんだね。




「あの、先輩。電話みたいなので――ひゃあ!」

君がそんなことを言い出すから、言い終わる前に、手を思い切り引いた。バランスを崩した千鶴ちゃんはそのまま僕の腕の中に飛び込んでくる。電話になんて出させるわけがない。もうメールだって御免だ。

「千鶴ちゃんにできること、沢山あるよ」

話題を無理やり元に戻す。僕のために色々したいんだったら、是非そうしてもらおうじゃないか。

「え、・・・きゃ、きゃああ!!」

彼女の両膝裏に手を通し、背中を支えて、そのまま立ち上がった。お姫様抱っこ、というやつだ。

「せ、先輩降ろして下さっ、やだ、重いですからっ」

どんなにジタバタしようともう逃がさない。僕が冷たく「危ない」と注意すれば、君は「ごめんなさい」と謝って静かになる。うん、それでいいんだよ。
僕はそのままリビングを出て、君を抱き上げたまま自分の部屋のドアノブを回す。行儀が悪いけど足で開いて部屋の中に入り、足で器用にドアを閉じた。



千鶴ちゃんにやってもらいたいことは沢山ある。

「朝は起こしてもらいたいし、毎日ご飯を作ってほしい」

毎晩同じ布団で眠るのが当たり前だった。君の味噌汁も大好きだったな。

「いつも僕のことを構ってくれなきゃ嫌だし、」

炊事中も掃除中も、洗濯してるときだって、君は困った顔しながらいつだって僕を構ってくれた。

「晴れた日は一緒に出掛けて、雨の日は一日中ごろごろしたい」

花を摘んで愛を語り合ったり、てるてる坊主を一緒に作ったこともあったね。
僕と千鶴の、幸せな思い出。
君が忘れてしまった、大切な思い出。
ねえ、こうすれば思い出してくれる?

ゆっくりと君をベッドに下ろして、そのままのしかかった。硬直した君は何の抵抗もなくベッドに背をつけてしまうから、僕は少し呆れてしまう。本当に、危ない子だ。

「甘えさせてよ、千鶴ちゃん」

その言葉に、千鶴ちゃんはようやく反応し、ビクッと肩を揺らした。

「僕のこと慰めて、一緒に寝て」

距離を埋めながら自分のネクタイを外して、君のリボンに手をかけた。さっきまで身動き一つ取らなかったくせに、いきなりジタバタと抵抗し始める。千鶴ちゃんにとっては全力なのかもしれないけど、僕には全く効果がない。

「先輩っ、止めて下さい!」

「どうして嫌がるの?力になりたいって言ったのは君だ」

あまりにグイグイと押してくるのが煩わしくて、千鶴ちゃんの両手を掬い取った。すると彼女は大きく目を見開いて、より一層バタバタと動く。ああ、本気で逃げようとしているんだな、と思った瞬間、僕の中で何かがガラガラと崩れていった。彼女を裏切ってしまったような、彼女に裏切られたような、入り混じった気持ちが溢れてくる。
今すぐにでも手を離して謝って優しくしてあげたい気持ちと、その真逆の気持ちがグジャグジャと飛び出して、僕が千鶴ちゃんに吐き出したのは、後者だった。

「千鶴ちゃんが悪いんだ」


約束します。
いつかまた廻り逢えたら、また貴方に恋をする。


君は、そう言ってくれたのに。


「僕との約束を忘れた千鶴ちゃんがいけないんだ」

君を責める言葉を吐いて、それでも君に優しくされたくて、縋り付くように覆い被さった。

「ど、して千鶴・・・僕には、・・・それしか、なかっ・・・たのに」

首筋に顔を埋めると、懐かしい甘い香りがした。千鶴の匂いに満たされて、泣いてしまいたくなった。安心して、心地良くて、ずっとこうしていたい。
だけどすぐに千鶴ちゃんの腕が動く気配がした。抵抗されて引き剥がされてしまうんだな、って思ったら悲しいのに笑えてきた。なのに、


ぎゅうっ


その腕は僕を優しく抱き締めた。片手は背中からなぞる様に上へと移動して僕の頭までやってくると、さわさわと髪を撫でる。少しくすぐったくて、気持ちいい・・・。もしかして夢を見ているのかな。
するともう片方の手が、僕のシャツの背中の部分をギュッと掴む感触がした。やっぱり、夢みたいだ。千鶴ちゃんに八つ当たるようなことをした僕が、こんなことしてもらえるわけがない。

「千鶴ちゃん、ごめんね」

夢なら素直に謝ってしまおう。そう思って呟けば、

「・・・沖田、先輩」

君が僕を呼ぶ声が聞こえて、さらにきつく抱き締められた。幸せなまどろみに包まれながら、僕は力を抜いて、僕の全てを千鶴ちゃんに委ねる。
目を閉じてももう千鶴との思い出が消える気はしなくなっていて、僕はやってきた暗闇の中に意識を落とした。





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2011.03.13

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