★第1章 第1話(2/4)

文久三年十二月。江戸の家から遠路遥々、京の町までやってきた。ずっと歩き通しだったため、少し疲れている。

「体力には自信があったんだけどなぁ」

ここへやってきた理由は一つ。数ヶ月前に幕命を受けて京へ向かった養父・雪村綱道を探すため。一人で留守番をする私のために綱道さんは毎日のように手紙を送ってくれた。その手紙の内容が変化したのは二ヶ月前。

『千鶴。実は今、変若水という薬の研究を行っている』

渡来の薬・変若水。
それは飲んだ者に人間離れした治癒力と腕力を与えるのだという。

『まるで鬼のような力――。』

変若水さえあれば、雪村家の再興は夢ではないかもしれない。綱道さんの手紙の内容は、次第に変若水の利用方法へと変わっていく。

『白髪と赤い瞳――。』

ただ、太陽の光に弱かったり、血に狂うという性質があるのだという。どうにか研究して弱点をなくしたい――そう、切実に綴られていた。

私はどうしても綱道さんを止めたかった。だって、“それ”は誇り高き鬼の“まがいもの”でしょう?そんなものを作り出すことに賛成はできなかった。

私が反対の手紙を送ってから一ヶ月が過ぎた。綱道さんからの連絡が途絶え、不安になった私はこうして京まで足を運んだのだった。





「おい、そこの小僧」

宿を探してふらついていた私を呼び止める男の声。振り向けばガラの悪そうな3人の浪士が私の小太刀に視線を向けていた。

「・・・・・・何か?」

京は治安が悪いとは聞いていた。不逞浪士が人々から無理やりお金を巻き上げるなんてよくあることらしい。きっと彼らの目的は視線の先にある小太刀なのだろう。

「ガキのくせに、いいもん持ってんじゃねぇか。小僧には過ぎたもんだろ?」

この小太刀――小通連は雪村家に代々受け継がれている、とても大切なものだ。対になる大通連はもうないけれど・・・。それでもこれは誰にも渡すわけにはいかない。

(これだから人間は嫌い・・・)

ボソッと呟いてから、私は一目散に逃げ出した。人通りが少ないとはいえ、ここで相手にしてしまえば後々厄介なことになりそう。何よりこんな人間の相手なんてしたくもなかった。

(早く宿をみつけて疲れを取りたいのに)

狭い路地にそっと身を隠してやり過ごそうとしていた。すると、そのとき。

「ぎゃああああああっ!?」

「くそ、なんで死なねぇんだよ!こいつら刀が効かねえ!」

先ほどの浪士たちの悲鳴が聞こえてきた。隠れていればいいものの、私はその原因が知りたくて身を起こしてしまう。

「ひゃはははははははは!!」

ひるがえる浅黄色の羽織。ゾッとする笑い声で浪士たちを滅多斬りにする彼ら。息絶えた浪士を何度も何度も刺し、斬り、血肉を貪る姿。ふと、そのうちの1人がこちらへと視線を向ける。新たな獲物の存在に気づいた浅黄色の羽織の男たちは、ニタァと笑みを浮かべる。その笑みに、私は背筋を凍らせる。

―白髪で赤い瞳、そして血に狂ったような凶行。

綱道さんの手紙の内容を思い出した。きっと彼らが“まがいもの”だ――。そう確信した瞬間、私は彼らを見据え、小太刀を手にかけた。

彼らが振り被った瞬間、瞬時に正面の男の懐に潜り込んで心臓を一突きする。体を足で蹴りながら刀を抜き、反動を利用して右側の男の肩口から下に向けて振り下ろす。今度は左側の男の心臓を目掛けて突き刺すと、まだ動けるらしい右側の男を視界の隅の捕らえる。近くに突き刺さっていたもう持ち主のいない刀を掴み、とどめを刺す。

「なかなか死なないって聞いてたけど・・・」

ここまでしぶといとは、本当に鬼のような回復力だ。ふうっ、と一息ついてから2番目に手をかけた“まがいもの”に刺さったままだった小太刀を抜き取り、ビュッと血を払う。

さあ、これからどうしようか。

もちろん死体をどうするとか、汚れてしまった着物をどうするとかの話ではない。“まがいもの”と戦っている最中から感じていた2つの視線を、だ。最初こそ抑えられていた気配だが、私が“まがいもの”を突き刺した瞬間に、隠そうともせず放たれた2つの視線。

(たぶん、強い)

やはりこういうときは、逃げるが勝ち。
私は踵を返すと一目散にその場から走り出した。しかし逃げるために足を動かした瞬間、視線は物凄い殺気へと変貌し、私に迫ったのがわかった。先程の“まがいもの”とは比べ物にならないほどの容赦ない殺気。

「はぁ、はっ・・・・・・っ!」

2つの足音が近づいてくる。このままでは追いつかれる、逃げ切れない。背を向けていればこちらが不利だ。ならば。

ガキン――
振り向きざまに抜刀し、前方を走っていた男と刃をぶつけ合う。重い。

「へぇ。君、面白いね」

その男は翡翠色の瞳をギラギラと輝かせ、口元は弧を描いていた。こんな状況で笑っていられるなんて、なんて恐ろしい男なのだろう。

「総司、殺すな」

追いついた後方の男が静かに制止をかける。ギチギチと震え合う刃を滑らせて、ダンッと地面を蹴って後方へ退いた。そして戦意がないことを示すために刀を納める。この状況で勝ち目はないと判断したからだ。それに後ろの男が「殺すな」と言った。下手を打たなければ、指示に従った方が生存確率が上がるはず。

「あ〜あ、もう少し楽しみたかったのに斎藤君が邪魔するから」

まるで戦闘狂のような言い草だ。2人は私が殺した“まがいもの”と同じ羽織、つまり仲間なのだろう。

「あの、いきなり抜刀してすみませんでした」

穏便に済ますためにベコッと頭を下げ、そのままさり気なく「では失礼します」と踵を返した。そのとき、喉元にチャキっと白刃を突き付けられた。

「・・・・・・運の無い奴だ。逃げるなよ。背を向ければ斬る」

あの翡翠色の男の殺気に気を取られて、3人目がいることに気づかなかった。コクンと小さく頷くと、彼はすぐに刀を納めて溜息を吐いた。

私が逃げないように視線で捕らえたまま、彼らは私の処遇について話し始めた。どうやら彼らの拠点に連れて行かれるらしい。動悸が落ち着いた頃、私はようやく江戸でよく耳にした噂を思い出した。京には新選組という浅黄色の羽織の浪士集団がいるということを。




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2011.02.28

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