★第1章 第5話(2/2)
皆が出て行くと、屯所は急に静まり返った。今も屯所に残っているのは、数えるほどの隊士だけ。と言っても、総長に一番組組長、八番組組長がいるんだから、少数とはいえ屯所守護には心強い。
「・・・・・・今なら、屯所を調べ回っても見つからないかな?」
一般の隊士さんたちと出くわす可能性は低そう。だから私は沖田さんたち3人の動向にだけ意識を集中させて、“まがいもの”や変若水についてを調べようと思った。
新選組屯所にきて半年以上が経つ。ここに留まった理由は2つ。綱道さん探しの協力をしてくれるから。そして、“まがいもの”と変若水の処分をしたいから。
屯所はそう広くはないけれど、普段のように人が多いと上手く身動きも取れなかった。半年以上もここにいるのに、何の手がかりも掴めていない。
“まがいもの”のことを知るのは少数だ。目撃者の私を殺そうとしたほどなのだから、新選組の中でも極秘中の極秘なのだろう。
(知ってるのは幹部の皆さんと、あとは・・・山崎さんと島田さんも、かな?)
ちょうど、私の事情を知る人だけに限られていた。
極秘なのだから、“まがいもの”は一般の隊士さんの目にも触れぬ場所にいるのだろうか・・・。変若水や研究書物の類は、幹部の誰かが管理しているのだと思う。
考えを巡らせながら廊下を歩いていた私の耳に、平助君たちの話し声が聞こえた。大広間で待機命令にふてくされる平助君を、山南さんが慰めているみたい。私が話しかけようかと考えていると・・・。
「君は傷さえ癒えれば、すぐに新選組の表舞台へ戻れますよ。それに比べて私には、日陰者の道しか残されていない・・・・・・」
皮肉げに笑みを浮かべて自虐する山南さんに、平助君はしまった、という顔をして硬直する。山南さんの左腕は思うように動かないままらしい。
2人の様子に、私の胸には罪悪感が灯った。
(・・・・・・なぜ私が、罪悪感を?)
自分の感情をうまく理解できずにいた。
確かに新選組の皆さんにはお世話になっている。綱道さんを捜してくれ、私に衣食住を施してもくれる。だから食事当番や掃除に洗濯、一般隊士さんとの稽古、今は巡察もだし、他にも色々・・・自分にできることでお礼させてもらっている。それで対等とは言えないお礼かもしれないけど。
他人の怪我を治す力があるけれど、それを使う義理なんて、ない・・・・・・と、今でも思っている。
新選組の皆さんはそのお仕事上、怪我が耐えない。治癒し始めたらキリがないのは目に見えている。・・・・・・池田屋で、沖田さんを治したのは、ええと、よくわからないけど、きっと動揺していたから!もう二度とするつもりはないもの。
何より、この力を知られたくない。ううん、この力だけじゃない。私が鬼だと言うことも。知られれば利用される。下手をすれば殺される。だから絶対に隠し通さなきゃならない。
私が思考を巡らせている間も、山南さんと平助君の間に沈黙が続いていた。それを破ったのは、山南さんのほうだった。
「しかしあの薬を使えば、私も再び剣を取ることができるかもしれません」
薬――。変若水のこと。
「――何考えてんだよ、山南さん!本気で【新撰組】に行くとか言ってんの!?」
何を考えているんですかと思わず割って入ろうとするけれど、それより先に平助君が声を荒らげたので、私はぐっと堪えた。
(あ、危なかった・・・)
彼らにとって私は“まがいもの”や変若水に無知だということになってる。もしも感情のままに行動していたら、厄介なことになっていただろう。
「あれは結局、失敗したじゃん!?だから始末することになったんだし」
初めて出会った晩のことが思い出される。平助君は本気で怒っているようで、山南さんに詰め寄った。だけど山南さんは。
「確かにあの薬は未完成ですが、綱道さんさえ見つかれば改良の余地もある」
その言葉を聞いて、私は踵を返した。きっと今、青ざめている。
「どうして、そんなことに気づかなかったんだろう・・・・・・」
落ち着くために井戸から汲んだ水を一飲みして、はぁ、と深く嘆息した。せっかくの機会なのに、屯所の中を調べる気分ではなくなってしまった。
彼らが綱道さんを探していたのは、血に狂う“まがいもの”を上手く対処したいから。研究の先に解決方法を見出してほしいから。――そうあってほしいから、私は思い込んでいた。
でも、違う。いま綱道さんが見つかったら、変若水の改良を強いられる・・・。改良して血に狂う衝動がなくなれば、新選組にはますます“まがいもの”が増えてしまう?
「そんなの、絶対、だめ・・・・・・」
新選組で綱道さん探しを続けちゃいけない、探すならここを出たほうがいい。だけど、新選組にある“まがいもの”の類を処分しなくてはいけない、ここに留まらなくてはいけない。
相反する考えがまとまることはなく、私は夏空を見上げた。青い空を白い雲が流れていった。
ただ、ぼんやりと空を眺めていた。晴れた日の、青い空は好き。幸せだった頃の思い出が満ち溢れているから。目を閉じると、薫が隣にいてくれる気がする。
そんなはず、ないのに――感傷的になってしまった頭をフルフルと振り、思い切り伸びをして深呼吸をする。そして、目を開けると。
「何してるの、千鶴ちゃん?」
何故か沖田さんが、私の目の前にいた。思わず硬直した私を見て、沖田さんはわずかに首を傾げた。首を傾げたいのはこっちです。
「・・・どうしていつも気配を消して近づいてくるんですか」
不満を口に出せば、沖田さんはさも楽しげに笑う。
「消してないよ?千鶴ちゃんが鈍いだけじゃない」
本当に、性質が悪い。
私だって気配を読むことくらいできる。そう聡いわけではないけれど、並みの人間以上だとは自負している。沖田さんは、新選組随一と言っていいほど、気配に聡いし、消すのも上手い。
だからこそ、本当に、性質が悪い。
「・・・・・・体調が万全じゃないときに、あんまり外にいるのは良くないですよ?」
暗に、早くどこかへ行ってほしいと言ってみれば(ひどい)、
「心配してくれたんだ?ありがと。風に当たるのは程ほどにして部屋に戻るよ」
沖田さんは素直にそう言うのだけれど、動く気配はない。と言うより、私の嫌味を上手くかわしたのだろう。会話もそこで途切れてしまい、気まずい空気が流れる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
どうしよう。ここから立ち去ったほうがいいのかな?でも最初にここにいたのは私だし、もう本当に、沖田さんってわけがわからない。
グルグルと頭の中で考えていると、沖田さんが沈黙を破った。
「池田屋でさ、僕の意識が途絶える前にあの浪士は去った・・・よね?」
「・・・・・・はい」
質問の意図がわからなかったけれど、頷いた。
あのとき沖田さんは最後まで風間さんに殺気を向けていて、風間さんが去った後に意識を飛ばした。
「僕の記憶が正しければ、その時点で君に怪我なんてなかった。なのに君は何日も目を覚まさなかった。なんで?」
ついにきた、と思った。いままで追求されなかったのがおかしいくらいだとも思ってた。
「お、沖田さんのところに行く前に色々あったんです。見えないところとか!」
聞かれたらどう答えようかと考えてはいた。何度も頭の中で繰り返し練習をしていたのに。
どもってしまった。
「怪我してなかったでしょ」
無傷なことは、お医者様のお墨付きだった。墓穴を掘ってしまった。
「・・・ああいう現場、初めてだったので、きっと精神的に」
「初めて会った晩に、あんなことをした君が?」
“まがいもの”を容赦なく斬り伏せたことを言っているのだろう。
「あれとそれとは話が違います」
「それに、血を吐いたんだってね。あのあと何があったの?」
「・・・・・・何も、」
「君は嘘が下手だから、バレバレな言い訳はしないほうが身のためだよ」
そこまで言われた私は、口ごもってしまう。沖田さんの言うとおり、言えば言うほど逃れられなくなっていく気がした。
きっと言い逃れようとしたのがいけなかったんだ、と思い直した私は、素直な思いを零した。
「・・・だったら言いません。何かならありました。だけど言いません。沖田さんや皆さんの不利益になることは一切ありませんので安心してください」
真っ直ぐと沖田さんを見据え、この言葉に嘘偽りがないことを示そうとする。
「新選組の厄介者なくせに、隠し事をするつもり?」
だけど沖田さんはそれで諦めてはくれず、少し苛立ったように言葉を鋭くする。私も引く気はなかったので、さらに言う。
「そうですね、厄介者です。私は皆さんの仲間でも友人でもないですから、何もかも話すつもりなんてありません」
自分で言った言葉に、私自身が傷ついているのを感じた。でも・・・。
「・・・・・・そうだね。無理やり聞き出そうとして、ごめん」
それ以上に傷ついたような顔を一瞬だけ、沖田さんがしたのを私は見逃さなかった。
どうして本当のことを言っただけなのに、私たちの心は僅かながらの傷を負ったのだろう?
――それがわかるのは、まだまだ当分、先の話だった。
会話が途切れてしまった私たちは、空を見上げた。
出陣していった皆は、今頃どのあたりにいるのかな。そんなことを、ぼんやりと考える。
***
出陣していた皆が帰宅すると、後に【禁門の変】と呼ばれる今回の騒動についての報告がなされた。
薩摩藩に属する風間千景、天霧九寿、長州藩に属する不知火匡・・・その3人との不思議な出会いがあったそうだ。彼らは新選組の味方ではなく、むしろ強大な敵と言える存在なのだという。
(・・・・・・風間さんは、薩摩藩に所属してるんだ)
皆さんにお茶を運びながら報告に耳を傾けていた私は、風間さんと新選組が戦うようなことにならなければいいな、と思った。
(他の2人も、鬼なのかな・・・)
ああ、やっぱり無理にでも同行させてもらえば良かった。
後悔を胸に抱きながらも、私は私以外の鬼が身近にいるのだと心から安堵する。いつか風間さんや、彼らに会って、話がしたい。そう思わずにはいられなかった。
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2011.04.24
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