★愛のかたち〜逃がした小鳥〜

※第一章 第十話の総司側のお話です。







総司が元気のねえ千鶴を外に連れ出してやりたいから許可をくれと言ってきたときは驚いた。
よくあいつのことを気にかけているのは知っちゃいたが、こいつがそこまでするとは思ってもみなかったからだ。
ガキの頃から近藤さんばかり追いかけてた総司が他の誰かを、しかも女を特別に扱うなんて、な。
だけど何か底知れねえもんを覚悟したような瞳をちらつかせてんのが気に食わなかった。



「千鶴ちゃんなら置いてきました」

今日は風間からの呼び出しの日で、総司がそれに同行しているはず。
なのに出発して幾ばくも経たないうちに総司が中庭で日向ぼっこしているものだから、土方は何をしてんだと声をかけたのだった。
口元に笑みをたたえ、悪気などないと言わんばかりにシレッとしながらいつも通りの様子でとんでもない事を抜かす。
徹夜続きだった土方は眩暈を覚え、指で眉間をこすった。

「どういうことだ、てめえ……」

「言葉のままですよ。風間に引き渡してきたんです」

総司は両手で放り投げる仕草をした。
土方の脳裏にはその仕草のように総司にペイッと投げられる千鶴の姿が浮かび、溜息どころの騒ぎではない。

「綱道さんは自ら攘夷派に寝返ったそうです。風間とも交友があるみたいなんで彼を幕府側に連れ戻すのは無理じゃないかな。あの人を通じて変若水や羅刹のことも駄々漏れしてるみたいだし、今更千鶴ちゃんをここに置いておく意味なんてありませんよね」

「だからって放り捨ててきたのか」

「嫌だなあ、人聞きの悪い」

総司が説明するのは、そもそも土方が千鶴をここへ置いた理由だ。
“新撰組”の秘密を漏らされては困るから。そして雪村綱道を捜索する僅かな手がかりに。あとは……保護者不在の子供を放っておくことができなかったから。
今の千鶴にはその全ての理由が失われている。
漏らされて困る秘密は千鶴以上に詳しい人物によって既に漏らされていて、綱道の捜索もこれで打ち止めになる。
なにより、綱道以外に身寄りがないと言ったあの子の前に縁ある男、風間が現れたのだ。薩摩藩に協力しているというのが不満だが、幸いにも彼女を自分の里に迎え入れてもいいと言っている。

「こんな見ず知らずの連中に囲まれて男装を強いられるよりもずっとマシですよね」

まるで自分に言い聞かせるように呟いた総司に、土方はそれ以上何も言わなかった。




話を聞きつけた平助と新八が騒ぎ立て、土方が「山崎がいるんだから落ち着け」と冷静に言い、そして一刻半ほどが過ぎた頃――ずっと日向ぼっこを続けていた総司のもとに原田がやってくる。

「あいつら戻ってきたってよ。今土方さんとこ行ってるぜ」

「あいつらって千鶴ちゃんも?」

「ったくおめーは素直じゃねえな。何が気に食わなかったんだ」

隣にドカッと座って総司の表情を伺うようにする原田。その視線に気づき、総司は顔を背ける。

「別に、それがあの子のためだと思ったから……」

「大体なあ、千鶴はうちに一年以上いるんだぜ。向こうの手に渡って困る情報はあの薬のこと以外もあるだろ」

それを思い付かなかったなんて冷静じゃないな、と言いたげにする原田に対して、総司は思い付きもしなかったという具合に瞬きをした。

「あ、そっか。だったら斬れば良かったのか」

「おまえの気まぐれで振り回される千鶴が可哀想だよ。遊びに連れ出してやったと直後に突き放して……。泣かせんなよ」

「…………泣いたのかな、あの子。泣き顔をちゃんと見れば良かった」

あまりにもな言い草の総司に、原田は呆れて何も言えなかった。





「そっか、帰ってきちゃったんだ」

総司は一人でぼやきながら廊下を歩く。
泣かしてしまえば良かった。もうここへ戻ってくる気にもなれないほど残酷に突き放してしまえば良かった。
きっとそのとき浮かべる彼女の表情は一生忘れられないものになるだろう。だから、泣かしてしまえば良かった。その泣き顔をこの瞳に永遠に焼き付ければ良かった。

子供の頃、捕まえた小鳥を箱の中に閉じ込めて飼ったことがあった。飼い主なりに餌をやって可愛がったつもりだったのに自由を失った小鳥はすぐに死んでしまった。近藤には可哀想だと咎められた。
将軍警護からみんなが戻ってきて、千鶴の過去や風間との関係を聞いたとき、総司は自分の中で何かが一気に冷めていくのを感じた。きっと、あのときの小鳥と千鶴を重ねてしまったんだと今は思う。
――衰弱して死んでしまう前に籠の中から追い払ってあげたのに、小鳥は自分の意志で戻ってきてしまったようだ。


あの日千鶴ちゃんを逃がしてあげようと何となく考えて、その前になぜかあの子との思い出がほしくなった。
いつも困らせたり、意地悪してばかりだったから、うんと楽しい思い出にしたかった。だから以前彼女が言っていた“やりたいこと”を全部叶えてあげようと思った。
逢引に誘ったのは決して千鶴ちゃんのためなんかじゃない。ただ僕が最後に彼女と遊びたかっただけなんだ。簪を贈ったのは何か僕との形ある思い出を持っていってほしかったから。
――あのとき既に僕の身体が病におかされていることに気づいていたから、手遅れになる前にと急いだ。

「なのにどうして戻ってきちゃうのかなあ」

結局やり方が温かったわけだ――と、総司は思った。突き放し切れなくて、屯所へ戻ってくる余地を与えてしまったのだ。
どんな顔して戻ってきたのか興味が出てきた。さっき原田が千鶴は土方の部屋にいると言っていた。これから見に行ってみようかと考え、知らず知らずのうちに口角をあげる。

「おかしいな。これじゃああの子に帰ってきてほしかったみたいだ」

溜息ひとつ零して、空を見上げた。
あの子がどんな顔をしているのか見たい半面、今自分がどんな顔をしているのかは誰にも知られたくなかった。






END.
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2011.10.8

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