★第1章 第3話(1/2)

目を覚ますと眠りについたときとは違う場所にいた。
薄暗いその場所で隣にいるはずの温もりを手探りするが、どこにもいない。

「かおる・・・?」

恐ろしさに襲われ、私は慌てて森の中を駆け出した。

「・・・父様!母様!!」

どうか返事をして。
姿を見せて、また抱き締めて。

「かお、る・・・っ!」

毎日泣いている私を嫌になってしまったの?
だからどこかへ行ってしまったの?

「・・・かおる、どこ・・・!」

走って叫んだ。
必死で探し回り、私の目に飛び込んできたのは、血塗れの綱道さんだった。

「・・・・・・おじさん!おじさん!」

真っ赤に染まった体があのときの父様と母様を思い起こして、体がガクガクと震えた。
縋り付いて、体を揺さぶって、まだ生きているとわかったときに涙が溢れた。
あとから知った話だけど、綱道さんは私と違って鬼の血が薄いので、回復力は人間並みなのだという。
だからそのときも傷が塞がらず、放っておいたらきっと死んでしまっていただろう。
私は無我夢中で、無意識にあの力を使っていた。

「・・・・・・ん、・・・ぐぅ・・・・っ、」

「おじさん!よかった、よか・・・た・・・」

綱道さんの意識が戻って安心した途端、私は意識を手放した。
そして、その後2ヶ月も眠り続けたのだという。



***



また、涙で濡れていた。
朝の光を浴びながら、私はそれを拭おうともせずにボーっと天井を眺めた。これは私が治癒能力を使った日の夢だ。

もし今もどこかで、綱道さんがあの日のように倒れていたらどうしよう。傷ついて血を流しながら、私が見つけるのを待っていたら、早く見つけ出してあげないといけない。


新選組にお世話になってもう半年が過ぎた。
最初の頃と比べると私は随分、自由になった。食事の手伝いをするために勝手場の出入りが許され、みんなと食事するために広間にも行けるようになり、道場での稽古に参加する許可ももらえた。
稽古に参加するようになってから、平隊士の人たちとも話す機会が増えた。私が下手なことを言わないか監視するためか、そんなときは幹部の誰かが間に入ってくるけども。
屯所の外には出られないけど、中では割りと好きなようにさせてもらえるようになった。

そんなある日の夕方、屯所は急に騒がしくなった。日が沈んだ頃にはさらに騒がしくなり、みんなバタバタと動き回っていた。気になって部屋から顔を出し、通りがかった平助君を引き止めた。

「平助君!何かあったの?」

「いや、総司が長州の間者を捕まえたんだけどさ。そいつから今夜の会合の話を聞き出して。で、俺らは討ち入りの準備中ってわけ」

じゃっ!と慌てて駆けていく平助君を見送りながら、私は少し羨ましくなってしまう。半年も屯所の中に閉じ込められて、綱道さんの捜索もさせてもらえない。あんな夢を見た後だから尚更、私も外に出たい、行きたい。

「私も、行きたいなぁ」

そうボソッと呟いたときだった。

「ん?雪村君も参加したいのか?」

後ろを振り返ると近藤さんがいた。

「あ、いえ、その、そういう意味では――!」

「実は動ける隊士が足りてなくてな。君さえよければ一緒に来るか?」

近藤さんの隊は十名で池田屋、土方さんの隊は二十四名で四国屋に向かうらしい。本命は四国屋なので、近藤さんの隊は十名と少数。だから伝令役になってくれるとありがたい、と近藤さんは仰った。

討ち入り、ってことは人間同士で斬り合うんだよね。そんな争いに巻き込まれたくはない。でも・・・

「・・・・・・伝令、くらいでしたら」

おずおずと申し出た私に、近藤さんは満面の笑みを浮かべた。その笑顔が嬉しくて、私も思わず笑顔を返した。



戌の刻、私たちは池田屋に到着した。
予想に反して、会合の場所はこの池田屋だった。だけどこちらは十名しかおらず、当然ながら援軍を待つことになった。

「まさか千鶴ちゃんが来るとは思わなかったよ。どう、久々の外出は?」

「・・・今度は明るい時間にゆっくり歩きたいです」

伝令役として走り回って呼吸を乱している私を、沖田さんはクスクスと笑う。討ち入り前なのになんでこんなに悠々としているんだろう、この人は。

「外に出られて嬉しいからって、逃げようとしたら殺すよ?」

「殺されたくないので逃げません・・・」

「えぇー?つまんないなぁ」

半年一緒に過ごしてわかったことと言えば、沖田さんなら間違いなく、簡単に私を殺してしまうだろうという事。冗談の中に本気を混ぜて、牽制する人だっていう事。
・・・でも、半分はからかわれてるだけのような。

「でさ、何で来ることにしたの?隊士になるのは気が向かないって前に言ってたよね」

たしか大阪から土方さんが戻ってきた頃にそんな話をしたことがある。私を隊士として扱った方が色々とやりやすいからと提案されたのを遠回しに渋ったのだ。

「・・・近藤さんが」

チラリと近藤さんや、他の隊士たちがこちらを見ていないことを確認する。何となく誰にも聞かれたくなかったから。

「近藤さんが、何?」

近藤さんの名前を出した途端に沖田さんの目がすぅっと細められる。

「・・・人手が足りなくて、私が手伝ってくれると助かるって。そう仰ったので。」

沖田さんが目を見開き、ぱちぱちと私を覗き見る。

「それだけ?」

そして眉に皴を寄せて、私の言葉の真意を確かめようとする。

「それだけ、です」

「・・・なんで?」

何でと言われても、近藤さんに満面の笑みで頼まれたから、としか言いようがない。沖田さんはますます深く皴を刻んでじろじろと見てくる。

「近藤さんだけ、だったんです。最初に会ったときに私に殺気も敵意も向けなかったのは。私を殺さないで済む方法を考えて下さいましたし、その後も、お忙しい時間を割いて私のことを気にかけて下さって。だから、近藤さんが困っていたから、お手伝いたいと思ったんです」

自分の心をさらすようで恥ずかしくて、しどろもどろになりながら、言い切った。
これは本音。
人間は好きではないし、新選組の仲間になるつもりもない。でも、近藤さんのお手伝いなら、してもいいかもしれない。半年の間に私はそう思えるようになっていた。

「ふぅん」

沖田さんは珍しいものを見るような目で私の顔を観察する。さっきから顔が近くて、すごく困る。なにか恥ずかしくて、恥ずかしくて、私は自分の足元を見ていた。

「千鶴ちゃんって単純だね」

笑いを噛み殺したかのような声が聞こえ、思わず沖田さんを睨む。それは自分でも思っていたことなのに!
――だけど、私の目に飛び込んできたのは、沖田さんの優しい笑顔だった。いつものような意地悪さの欠片もなくて、私は驚いた。ゆっくり伸びてきた手が、私の頭を優しく撫でる。

「でも、見る目があるよ」

いつもは殺す・斬るって物騒なことを言うのに、たまに驚くほどの優しさを見せてくれる。どっちが本当の沖田さんなんですか?





「千鶴ちゃんは一緒に突入しねぇのか?」

不意に永倉さんに問いかけられる。
永倉さんもいつもと変わらない様子だなぁ。平隊士の人たちはどこか落ち着きがない様子でそわそわしているのに。

「いえ、私はお邪魔になってしまうので、ここで待っています」

こんな夜遅く、狭い場所での討ち入りなんて、きっと敵味方入り乱れると思う。隊服を着ていない私が飛び込んだら巻き込まれてしまいそう。

「そうかぁ?千鶴ちゃんなら頼りになると思うんだけどな」

私の実力を見込んで言ってくれてるのは嬉しいけど、私は見てるだけ。人間の争いに手を貸すつもりなんてないもの。高い位置にのぼった月を見上げ、早く今夜が終わることを祈った。



亥の刻。
いくら待ってもお役人たちは来なかった。痺れを切らした彼らは、ついに池田屋に踏み入ったのだ。

「会津中将お預かり浪士隊、新選組。――詮議のため、宿内を改める!」

高らかな宣言と同時に、長い長い夜が始まった。







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