★泣いて縋って〜隠して曝して〜(1/2)

※「泣いて縋って」の数ヵ月後の話で、千鶴と総司が幼なじみという設定です。試衛館メンバーも千鶴ちゃんのことを子供の頃から知っています。泣いて縋って→山南羅刹化→今回の話、という時系列。








小鳥の鳴き声が聞こえる。
部屋に射し込む朝日を避けるように反対側へ寝返りを打った。
すると微かに総司の匂いが香った気がして、千鶴は嬉しくなって布団をぎゅっと抱き締めた。

新選組の屯所。千鶴がここで暮らすようになって、もう幾月かが経過した。
約二年も遠く離れて生活していた幼なじみや、その道場仲間の面々。彼らとの空いた時間を埋めるように、千鶴は日々を楽しく過ごしていた。
一つ残念なことは、あの山南が亡くなってしまったことだった。千鶴が京へ来た頃、山南は既に塞ぎ込みがちになっていて、あまり近づかないほうがいいと周囲に言われていた。元気になったら山南さんとも楽しくお喋りをしたいと思っていた矢先、彼が死んだ、と知らされ千鶴は言葉を失った。
何より、総司が斬った、と隊士たちが話しているのを聞いて酷く驚いた。隊士たちの話を鵜呑みにすることはできないが、かといって皆にも聞くことが出来ない。というよりも皆、千鶴が山南の話をしようとすると顔を曇らせて話題転換してしまう。
事実にしろ偽りにしろ、山南と仲の良かった総司は傷ついているのではないか。何も言ってくれない限りは聞かないほうがいいのだろうが、何も言ってくれなくても総司を支えたい、千鶴はそう思っていた。

もう一度布団をぎゅっと締めると、また総司の匂いがした。
ここから総司の香りがするのは当たり前のことだ。なぜならここは元々総司が使っていた部屋で、布団一式やら雑品やら、それをそのまま千鶴が使っている。
総司は新しい隊士を募集しに行って長らく不在の平助の部屋を使っている――はずだった。
自分が抱き締めたものの感触が布団とは異なる気がして、千鶴はそれが何なのか確かめようと重たい瞼をゆっくりあげた。

「おはよ、千鶴ちゃん」
「……総司さん、おはようございます」

目の前にあったのは総司の笑顔だった。千鶴は律儀に挨拶を返して、本人がいるから総司さんの匂いがするんだ〜、などとまだぼやける頭で考える。
ずっと離れていた分、すぐ傍に彼がいることが嬉しくて、千鶴はぎゅっと抱き締め直して総司の鎖骨あたりに顔をうずめた。

「そろそろ起きなきゃ駄目だよ、相変わらず君はお寝坊だね」

くすくすと笑う声が聞こえてきて、長い指先が千鶴の髪を梳くように触れる。起きろと言っているくせに眠りへと誘うような優しい手つきだ。

「総司さんも……」
「うん、一緒に」

誘い誘われるまま、二人は一つの布団の中で寄り添って目を閉じた。






まだ江戸にいた頃、こうやって千鶴と総司はよく一緒に眠っていた。
千鶴は小さな頃から道場に出入りしていて、道場の皆が大好きだった。家には明るいうちに帰りなさいと注意されていたが、夕暮れを過ぎると総司や他の誰かが家まで送ってくれるのが嬉しくて毎日のように帰宅時間を延ばし延ばししていた。
それよりも遅くなると夕飯を食べていけと誘われて、呑んで騒ぐ皆と遅くまで一緒にいることができた。ただ、まだ十やそこらの千鶴は途中で寝てしまうのがオチで、いつも目が覚めると、誰かが担いで送ってくれたのだろう、自分の家の自分の布団の中だった。
楽しそうに暴れて踊って倒れて笑う面々……宴会にすっかり魅了された千鶴は、如何にして宴会の途中で眠らないようにするかを考える。千鶴が辿り着いたのは至極簡単な【夜型人間になればいい】という答えだった。
徐々に活動時間を夜へと移していった千鶴は、比例するように朝が大の苦手になる。それを問題視したのはもちろん千鶴の親御さんで、どうにかしてほしいと道場に苦情をいれた。
そうして千鶴に下されたのは、夕暮れ前の帰宅の徹底だった。宴会どころか一緒に夕飯を食べることもできなくて、明るい時間に帰されるので送ってくれる人もいない。皆との時間が一気になくなってしまって、千鶴は寂しくて悲しくて、二月ほど経った頃に総司になんとかしてほしいと相談した。

「無理だって、近藤さんが決めた事だし」
「朝ちゃんと起きれるようになるので、お願いします」
「でも君の寝起き、相当だったよ。あれが直るとは思えないな」

以前、千鶴の家に行ったときのことを思い出して総司は苦笑いする。
協力を求めたのに真っ向否定されてしまった千鶴は、絶望から大きな瞳を潤ませて唇を噛み締め、その様子に総司は目を剥く。

「ちょ、待ってよ、泣かないで。ていうか、泣くほどのこと!?」
「泣いてませっ、んっ!」

こんなことで……と総司は困り果てた。今回のことは身に覚えがないわけではない。
総司自身も千鶴と同じ年齢の頃は、夜になると早く寝るように言われ、ドンチャン騒ぎに同席させてもらえないことが多かった。寂しくもあったが翌日の稽古のことを考えれば当然で、第一、相応の年齢になるまで待てばいいだけだった。千鶴だってあと二年三年経てばまた……。

「総司さんと一緒にいる時間が減って、寂しいです」

千鶴に着物の袖を引っ張られ、上目づかいされながら言われた総司は、ドクン、と心臓を鳴らした。

「だから……遅くまで道場にいたいの?」

僕と一緒にいたいと思ってくれているんだ……と、総司は感動して、千鶴のどこへ触れようかと手を空中で彷徨わせる。
柔らかそうな頬に触れたい。安心させるように手を握り締めてあげたい。いや、いっそ抱き締めてしまいたい。
総司が動くよりも先に千鶴の瞳からぽろりと一滴が落ちる。
ああ、こんなにも僕のことを……。
総司は逸る気持ちを抑えて、そっと千鶴の涙の跡をなぞった。すると千鶴は潤んだ瞳で総司を見つめ、震えながら言う。

「……原田さんの腹踊りが見たいです」

腹芸が見たいとほろほろ泣く千鶴の姿に、総司の盛り上がっていた気持ちはカチンコチンに凍てついたのだった。


腹芸の何がそんなに千鶴の心を掴んだのかは総司にはわからなかったが、可愛い幼なじみに泣いて縋られたのだから無視することもできず、総司はとりあえず原田に問題を丸投げ……もとい相談する。見る目あるじゃねえか、と喜んだ原田が根回し手回ししてくれたおかげで、あとはトントン拍子で解決していった。

『寝不足で朝起きれねえなら、昼間に寝りゃあいい』

朝起きて家のお手伝いをして、昼過ぎに道場に遊びに行って、寝て、夕食時に起こされ、そして腹芸を楽しみ、寝る。
果たしてそれを解決策と呼ぶに相応しいのかはわからないが、千鶴には効果てき面だった。土方には変な習慣を付けさせんなと言われたりもしたが、まあ、毎日ではないので見逃してもらえた。

「千鶴ちゃん、そろそろ起きなよ」

千鶴が眠っていると決まって総司が起こしにやってきて、耳元で囁く。

「ん……もう、ちょっとだけ」

千鶴はいつも総司の袖を掴んで、延長を申し出る。仕方ないなあ、という声が降ってくると同時に総司の匂いを近くに感じ、千鶴の体は温かいものに包まれ更なる眠りに誘われた。誰かが起こしに来るまで、二人は夢の中。



そんな日々が、永遠に続くものだとあの頃は思っていた。









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2011.08.24

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