★ゆっくり触れた



薄暗い部屋の中、繕い物をしながら千鶴はそわそわとその時を待っていた。
戸の開く音が聞こえたと同時に、出来るだけ静かに、だけれども弾む足で玄関へと向かう。

「お帰りなさい!お仕事、お疲れ様です」

巡察を終えた隊士たちを出迎えるのは、千鶴の日常。巡察を終えて千鶴に出迎えられるのは、隊士たちの日常。

「雪村君も夜遅くまで悪いな」

最近ではこんな風に千鶴を気遣う平隊士までいる。

今日の千鶴はいつも以上に頬が弛んでしまい、そんな自分に気づくたびにキュッと引き締める。その原因はもちろん・・・。

「ただいま、千鶴ちゃん」

「お帰りなさい、沖田さん」

今日の夜番が一番組だからだ。
ポンポンと千鶴の頭を二度叩いた一番組組長の沖田は、短い挨拶を交わすと、すぐに土方の部屋へ報告に行ってしまう。
そんな沖田を目で追いながら、千鶴は嬉しそうに自身の頭をさする。単純に、沖田に触れられたことが嬉しい。だけど、嬉しい理由はそれだけではなかった。

(二度叩いた・・・ってことは・・・・・・)

夜番の隊士たち全員を出迎え終わると、千鶴は人目を避けながら、沖田の部屋へと向かう。周囲に誰もいないことを確認し、音を立てないように襖を開いて、サッと中に入った。



『頭を二回ポンポンしたら、“僕の部屋で待ってて”ってことだからね』



それは一月程前、沖田から提案された2人だけの合図。
ちなみに右肩を二回なら『千鶴の部屋で』という合図だ。

2人の関係は幹部にも秘密。お世話になっている身で厚かましいと思いながらも、千鶴は沖田との秘密に幸せを感じていた。
合図を決めてからというもの、何度も沖田に頭や肩を触れられた。だけど叩く数は一回だったり、三回以上だったり・・・。この一ヶ月、ドキリと緊張しては肩透かしの連続だったのだ。
それが今日この夜、初めての呼び出しを受けたのだから、喜ばないわけがない。

「・・・そういえば、こんな時間に何の用だろう」

新撰組一番隊隊長という肩書きは伊達じゃない。沖田は多忙の身だ。空いた時間で構ってくれるのは嬉しいが、身体を休めてほしいのも千鶴の本音。

「何って、そんなこともわからないで部屋まで来たの?」

「――っっ!!」

不意に漏れた問いかけに返事が返ってきたものだから千鶴は叫びそうになる。沖田は、しぃーっ!と人差し指を口元に立てつつ、もう一方の手で千鶴の口を塞いだ。

「ただいま、千鶴ちゃん」

「お帰りなさい、沖田さん」

先ほどの玄関と同じ言葉。だけど沖田の声はあのときよりもずっと甘ったるい。
千鶴も自分の頬が弛んでいることに気づくが、それを引き締めようともせず、弛めっぱなしだ。
だって今は、2人きりなのだから。

「すぐにここに来たの?」

千鶴がコクンコクンと頷くと、沖田は「偉いね」と千鶴の頭を二度ぽんぽんする。例の合図と同じなのだから、千鶴はびくっと反応する。それに沖田はプッと噴き出す。

「本当はね、そうやっていちいち反応してくれるのが嬉しいから、もっと焦らそうと思ってた」

「なっ・・・!」

「僕のせいで千鶴ちゃんがドキドキしてるのかと思うと楽しくて、つい・・・ね」

本当に嬉しそうで楽しそうな顔でそう言う沖田。
千鶴は一喜一憂していたこの一ヶ月を思い返しながら、少し恨めしい目つきで沖田を睨んだ。

「・・・ひどいです」

やはりと言うか何なのか。薄々、からかわれている気もしていたが。

「怒った?」

「怒ってません・・・・・・でも、ずっと・・・待ってました」

怒りよりも、ようやく“合図”をしてもらえた喜びで、千鶴はふにゃっと表情を崩した。
沖田も釣られて表情を崩しそうになるのだが、納得のいかないことがあるので、ぷいっ、と不貞腐れた。そんな沖田に千鶴は首を傾げる。

「ていうかさ、僕だって待ってたんだよ」

少し口を尖らせ、視線を合わせずに沖田が呟いた。





「なにをですか?」

「千鶴ちゃんが僕をぽんぽん叩いてくれるの」

「・・・・・・・・・え?」

きょとんとしながら千鶴が問えば、沖田からは思いも寄らぬ答えが返ってきて、千鶴はさらにきょとんとした。

「・・・はぁ、やっぱりわかってなかったんだ。2人で決めた合図なんだから、千鶴ちゃんだって有効でしょ」

盛大な溜息を漏らしながら、沖田は拗ねた子供のように言い放った。千鶴はと言うと、思いも寄らぬすぎて逆に冷静になった。

「・・・ええと、でも私では沖田さんの頭には届かないですし、肩だって人前で触れるには少し高すぎて不自然になってしまいます」

「だから千鶴ちゃんの前で屈んでみせたりしたのに・・・」

言われてみれば、ここ一ヶ月の沖田は確かにそうだった気がする。千鶴は沖田の意図には全く気づかず、視線が近くなって嬉しい!くらいにしか思っていなかった。

「僕は千鶴ちゃんから誘われたかったの!どれだけ僕を焦らすのかと思ったら、なーんにもわかってないんだもん」

あからさまに不機嫌になる・・・というより、駄々っ子のようになる沖田。

「ご、ごめんなさい」

沖田から誘ってもらうことしか頭に無かった千鶴は、ベコリ、と頭を下げた。

「・・・本当に悪いと思ってる?」

顔を上げた千鶴の目に飛び込んだのは、沖田のにっこり顔。嫌な予感しかせず、千鶴は引きつりながらアハハハと笑って誤魔化そうとするのだが。

「返事は?」

逃がしてもらえるはずがない。

「・・・・・・思ってます」

「じゃあ今夜は練習ね♪」

千鶴が答えるや否や、沖田は楽しそうに千鶴の手を取り、自らの両頬にくっつける。

「千鶴ちゃんが自然に僕を触れられるように、練習しよう」

口をパクパクさせる千鶴に構わず、沖田は千鶴の左指をツツツツ、と自らの頬に滑らせ、唇に触れさせる。

「どこか触りたいところはある?」

甘い声で囁きながら、千鶴の指をぺろりと舐め、そして噛んだ。千鶴の肩が大きくビクンと揺れる。

「――な、ななないです、ありませんっ!」

薄暗い部屋なのに、千鶴の顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。

「傷つくなぁ」

千鶴の想像通りの反応に笑みが零れそうになる。それを隠すために目を伏せ、俯けば、千鶴は沖田を傷つけたと勘違いして、おろおろとし始めた。
我慢できなくなってクスクスと笑いを漏らせば、千鶴は騙されたと言わんばかりに沖田を睨む。それを気にすることもなく、沖田は千鶴の手を取った。

「僕はどこもかしこも触れてほしいのに」

顔や首を、鎖骨を――終いには、するりと胸元から着物の中へ導いていく。
きゃああああ!という叫びは声にならなかったが、千鶴は大きく飛び退いて、沖田との間合いを取った。だけどそれはあっさりと詰められる。

「お、沖田さん、来ないで下さいっ!」

じりじりと後退りするのだが、じりじりと距離を詰められ、千鶴の背中が襖にトンッと当たった。
呼吸するだけでも触れてしまいそうなほど詰め寄られるが、それ以上、沖田は何もしなかった。ただじっと千鶴を見つめる。意地悪な新緑の瞳は、なぜか少し曇って見えた。

(・・・あ、そういえば私、今日・・・・・・)

触りたくないとか来ないでとか、ひどい事ばかり言ってしまった。その瞳の陰りの原因は、もしかしなくとも自分ではないか。そう思うと無性に情けなくなる。少し勇気を出せば、少し本音を零せば、良いだけなのだ。

「・・・・・・あ、の・・・!さわっ、触っても、良いですか?」

精一杯の勇気を振り絞ったのだが、沖田は何も答えなかった。千鶴は怖くなって言ったことを後悔するが、引き返すつもりもなかった。

「駄目って言われても、触ります!!」

宣言し、承諾を得る前に、千鶴は震える手を沖田に伸ばした。
受け身でいるのは、沖田にしてもらうことばかり望むのは、今日で止めにしようと心に誓いながら・・・。


ふわふわ風にそよぐ、沖田の髪。届きそうで届かない高さにあるそれを、千鶴はいつも見ていた。きっと猫のように柔らかいのだろうと思っていた。
触れた瞬間、沖田が薄っすらと微笑んだので、千鶴はホッとした。触りやすいようにと顔を千鶴に近づけ、気持ちよさそうに目を閉じた。

(・・・沖田さんが可愛く思える・・・・・男の人に可愛いだなんて、不思議・・・)

しばらく、さわさわと髪を撫でていた千鶴に、沖田が聞いた。

「・・・・・・・・・髪、だけ?」

触れてくれたことはすごく嬉しいが、それだけではつまらないのが本音だ。

「今日は、髪の毛だけです」

「“今日は”・・・・・・?」

「あの、髪紐・・・解いてもいいですか?」

こくんと頷く沖田。後頭部で結われていたそれを千鶴がしゅるりと引くと、ぱさっ、と髪が広がった。
千鶴は、いつもは沖田が千鶴にそうするように、指で沖田の髪を梳き、絡め、時折慈しむように一束を掴んでは離した。

髪の毛一本一本に神経が通っていたらどんなに良かっただろうか。

沖田は生まれて初めてそんなことを思った。
ゆるく引かれる感触、触れる音、時々当たる千鶴の指先。髪自体に感覚などないのに、それでも気持ちが良かった。神経なんて通っていたら、自分はどうなってしまうのだろう。

「今日は、髪の毛だけです。少しずつ少しずつ、沖田さんに触れていきたいです」

自ら触れたり、触れたい等と発言することが千鶴にとってどんなに勇気のいることかを沖田は知っている。だからこそ、それを乗り越え、一歩踏み出してくれた今この瞬間が何よりも愛しい。だけど・・・。

「一気に全部、触り尽くしてくれても構わないのに」

こんなに気持ちが良いのに髪の毛止まりだなんて千鶴ちゃんは焦らし上手だなぁ、と沖田は溜息を吐いた。

「一気に全部だなんて心臓が持ちません」

確かに千鶴はそうかもしれない。手を繋ぐ程度のことですら未だに耳まで赤らめている。一気に事を進めようとしたら、本当に心臓が止まりかねない・・・と沖田は本気で思っていた。

ならば自分は・・・?今までは千鶴のためだと自制していた部分もあるが、髪の毛程度でこんなに気分が高揚してしまうのだ。一気に事を進めては、千鶴同様にどうにかなってしまいそうだ。

「・・・・・・僕の心臓も、持たないかも」

そんなの情けなさすぎ――苦笑いしか零れぬ顔を千鶴の首元に埋めて隠す。
千鶴がおずおずと目の前にきた沖田の頭に手を這わし、そして掻き混ぜるようにした。毛先だけ弄られていた先ほどとは打って変わった感覚の嵐。

やっぱり、一気になんて無理だ。
身体も心も全て、一つずつゆっくりゆっくりと触れ合って、そうやって君を知り尽くして、僕を曝し尽くしていこう。

沖田はそう心に決めながら千鶴にされるがまま幸せを堪能し、千鶴は千鶴で、珍しく身を委ねてくれる沖田を愛おしく思いながら髪を撫で回し、「今度は私から合図をしよう」などと考えていた。









END.
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2011.3.31
6000hitキリリクで沖千甘甘。お持ち帰りや転載はキリリク踏まれたご本人様のみでお願いします。
さな様、リクエストありがとうございました!

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