★ねえ、もう一度



胡坐をかいている総司と、正座を少し崩した千鶴。向かい合って座る2人は、ずっと両の手を繋いでいる。ただ手のひらを合わせるだけだったり、総司が力を込めて握り締めたり、お互いに指を絡めあったり。その時々で変化する。

総司がくいっと軽く引けば、千鶴の上体は総司へと近づく。体勢を崩した隙を見逃すわけはなく、千鶴のぷっくりした唇に、自身のそれを重ねた。
千鶴の頬は音を立てたかのようにポッと色づき、困ったような、だけど幸せを隠し切れないような顔ではにかんだ。

「ねえ、もう一度してもいい?」

そんな彼女の様子に気を良くした総司が顔を覗き込むようにおねだりをすると、千鶴は視線を床に落とした。

「・・・沖田さん、さっきからそればっかりです」

そう。さっきからずっと、こんなことを繰り返しているのだ。
見詰め合って、手を繋いで、触れるだけの口付け。離れるとどちらかが笑みを零して、また最初に戻る。ずーっと、その繰り返し。

「いいって言って。千鶴ちゃん」

じりじりと顔を近づけながら総司が甘い声で囁けば、千鶴はまた顔を赤らめ、逃げるように顔を背けようとする。しかし総司がそれを許すはずはない。答えを待たずに、また総司は千鶴の唇に触れた。

「ぅ・・・っ、ん・・・・・・・」

触れるだけの軽い、軽い口付け。だけど、今日一番の長い口付けだった。
触れた瞬間、繋いだ千鶴の手は氷のようにピシッと固まる。次第に総司という熱に溶かされて柔らかくなり、仕舞いには力をなくしてゆく。
手と同じく、千鶴は身体の力も失ったらしく、ふらりと総司のほうへしな垂れる。待ってましたと言うように抱き留めた総司は、くすくすと笑う。

「千鶴ちゃんはいつまで経っても慣れないね」

「なっ、慣れるわけ、ありません」

「僕たち今日だけで、何回したと思ってるの?」

からかうつもりで言ったのだが、

「ええと・・・・・・・・・・・・」

真面目な千鶴は今日のやりとりを思い出しながら一回、二回と数え始めた。総司は一瞬ぽかんとする。だが、顔を赤らめたり口元を弛めながら自分との口付けを思い返している千鶴を可愛く思い、何も言わずにその表情を堪能する。

「・・・じゅう、し・・・――っ!!」

しばらくして漸く総司のにやにや顔に気づき、自分の行いの恥ずかしさに気づいた千鶴は、これ以上ないほど顔も耳も赤くして、手で顔を覆おう。しかし手は総司と繋いだままのため、千鶴の両頬に触れたのは総司の手だった。
自分のものではない感触に千鶴は飛び退こうとしたが、総司の手が千鶴の頬をぷにっと挟んだので、身動きが取れなくなる。羞恥心いっぱいの顔を総司に見つめられて、さらに顔に熱が集まっていく。せめてもの抵抗に目だけ伏せた。

「そういうところも、全部好きだよ」

総司の弾む声。コツン、と額と額をぶつける感触。
いま目の前には、千鶴の大好きな翡翠色の瞳と、大好きな笑顔があるのだろう。そう思うと目を閉じていることが勿体なく感じてしまう。

「かっわいいなぁ、本当に」

千鶴は、総司の誘惑に負けたわけではないと自分に言い聞かせながら、口を少し尖らせて目を開けた。すると、それを待っていた総司が、同じように口を尖らせて、啄ばんだ。

ちゅっ、と音を立てて、二度、三度、くっついては離れるを繰り返す。

触れたままの状態で総司がくすくす笑い出すと、千鶴も釣られてくすくすと笑う。その振動や息遣いがお互いの唇から伝わる。それが何だか擽ったくて、でも楽しくて、二人はしばし触れたままの状態で笑い合う。



2人が想いを伝え合い、恋人同士になってもう随分と経つ。もっと深い部分で繋がったことも幾度だってある。そう、もっと深く激しいものも知っているのだ。
なのに、どうしてだろう。そっと触れ合うだけのこの行為でも、心は満ちていく。


ああ、溺れてるんだな――総司はそう思った。


それも悪くないと思えるのだから、重症だ。
唇を合わせたままに想いを呟いてみれば、当然ながら上手く発音できなかった。

「ひあわへ」

聞き取れなかったらしい千鶴は、きょとんとした顔で至近距離の総司を見つめる。

「 あ い ひ て る 」

今度はゆっくり、大きな声で言う。千鶴は目をぱちくりさせていたが、少し経つと、ボンッと顔を真っ赤にさせる。

「〜〜っ!! ほーゆうことは、くひを離ひてから言ってくらはい!」

触れ合ったままの苦情は、ただ千鶴が総司を甘噛みするだけの格好となった。もちろん千鶴にそんな気はなかったのだが、言い終わってから押し寄せた感触に、ただただ顔を染め上げていく。
そこで我慢できなくなった総司が、口を離して、声をあげて笑った。

「千鶴ちゃんこそ口を離してから言えば?いくら僕から離れたくないからって、説得力ないよ」

いつまで経っても、どんなに関係が進展しても、いつも初な反応を示してくれる千鶴が愛しくて、心から可愛いと思えた。






些細なことにも喜ぶ千鶴。そんな千鶴に幸せを感じ、日々、満たされていく総司。
だけど一方で、総司の中にはドロドロとした想いも溢れて止まない。
新選組の、近藤さんのために人を斬って、斬って、斬り続けている自分。これからだってそれは変わらないだろうし、迷いも後悔もない。しかし、血に塗れた自分が千鶴という幸せを手にしたままとは思えない、いつか奪われてしまうはずだ・・・と心のどこかで怯えているのかもしれない。


ずっと繋いでいた手をするりと離せば、千鶴は一瞬寂しそうな表情になる。その表情を目に焼き付けながら、総司は千鶴の背中に腕を回し、慈しむように優しく抱き締める。

自分のドロドロとした感情は、綺麗で穢れない千鶴には見せたくない。そう思う反面、全てを曝け出して受け入れてほしいとも思う。

「ここは僕だけのものだから。他の人に触れさせたら駄目だよ」

そう言って、総司を見上げていた千鶴の唇をぺろりと舐める。

「もし他の男としたらそいつを殺して、君のことも殺す」

こういうことは心に留めておけばいいのに、口に出してしまうのは悪い性質だな、と総司はどこか他人事のように考えていた。

総司の口元は弧を描いているというのに、翡翠色の瞳は冷たかった。千鶴はただ黙って総司を見上げていた。


暫く沈黙が続き、千鶴がふっと笑う。


「きっと私は、沖田さんに殺される前に死んでしまってますよ」

思いもよらない返答に、戸惑ったのは総司のほうだった。

「・・・どうして?」

「沖田さん以外考えられないのに、そんなことがあったら・・・・・苦しくて生きていけません」

千鶴の琥珀色の瞳はぼんやりと潤み、小さく揺れていた。眉間には楯に線がいくつも刻まれ、真っ白な手はしわになるほど強く、総司の着物の裾を握り締めていた。

「それは駄目」

安心させるかのような口付けを、ひとつ落とす。

「もしそんなことがあったら僕が絶対千鶴ちゃんを救うから。だから死なないで」

自分の中のドロドロに千鶴を引き摺り込んで、辛い想像をさせてしまったことを猛省する。
だけどその言葉に、今度は千鶴がくすくすと笑い出した。

「さっきと言ってること、違いませんか?」

殺すと言ったり、死なないでと言ったり。本当にこの人は、と困ったように笑う千鶴。
総司の仕草や言動一つに大きく振り回されてしまう千鶴。悲しみや苦しみも、喜びや楽しさも、全て総司が与えてくれる。振り回されるのも悪くないと思ってしまうあたり、もう抜け出せないのだろう。千鶴はそう考えていた。

楽しそうに笑う千鶴。総司は安心したような複雑な気持ちになる。いつも千鶴に対して優位に立っていたいのだが、たった今は、千鶴のほうが優位な気がしてならない。
つい先ほど猛省したことも忘れ、如何にして立場を入れ替えるかを思案する。そして、思いついたときに、千鶴ににっこりと微笑みかけた。

「千鶴ちゃん。お仕置きだよ」

「お仕置き?・・・――んっ、んん!」

唐突な言葉に千鶴が疑問符をつけたとき、上から総司が覆い被さってきて、再び重なる唇。しかし今しがたのような触れ合うだけのものではなかった。

緩く開いていた千鶴の唇を強引に押し通り、総司の舌は早急に口内へと割り込んできた。突然のそれに驚いた千鶴は首を左右に振るが、頭の後ろには総司の大きな手が添えられていて逃げることはできなかった。それどころか、首を振ったことで角度が変わり、さらに深くへと侵入される。
千鶴は呼吸ができなくなり、苦しさで総司の胸をバシバシと叩く。目尻に浮かんだ涙を見て、総司は仕方なさそうに少しだけ唇を離した。

「さっき想像したでしょ?他の男と口付けするところ」

思いきり息を吸い込んで肩で呼吸をする千鶴に、総司は投げかける。

「・・・はっ・・・・し、・・・してませんっ・・・・・・」

正直それどころじゃない千鶴だが、途切れ途切れになりながらも答える。

「あんな辛そうな顔してたのに?」

「・・・・・・・あれ、はっ・・・言い出したの、沖田さん、ですよ・・・っ」

言い出したのは総司。つまり想像させたのは総司だ。しかし、

「駄目、許さない。だから・・・・・・お仕置き」

それを許さないのも総司だ。

今度はゆっくりゆっくり近づいていく。自ずと目を閉じた千鶴を総司は、可愛いなぁ、と思いながら、桜色の唇へ甘く噛み付いた。






顎が疲れて口を開くのも気だるい。ずっと上を向いていたから首も痛い。総司に長時間堪能された千鶴は、漸く、本当に漸く唇が離れると、ぐったりと総司にもたれかかった。
酸素の足りない頭は何を考えるのもぼんやりとしてしまうが、頬に当たる総司の胸板は温かくて気持ちいいことだけは覚えていたいと思う。

「苦しかった?」

いつものような調子で総司が聞く。千鶴は返事をする変わりに、緩く回していた腕で総司をきゅっと抱き締めた。

「もし僕が千鶴ちゃんを殺さないといけなくなっちゃったら、さ」

総司は、こんなことを言ったらまた困らせるだけだな、と思いながらも、やはり口に出してしまう。

「今みたいに呼吸を奪って、僕の呼吸も奪ってもらって・・・・・・うん、それがいいな」

言っている内容に反して口調は軽やかで、どこか冗談めいていた。しかしそのときの瞳は笑っておらず、真剣そのものだった。千鶴からは見えてはいないのだが。

しばらくすると、千鶴が頬を摺り寄せ、総司を上目遣いする。

「えへへ」

幸せそうに笑みを零す千鶴。総司はよくわからないといった顔で見つめ返す。

「私、沖田さんに愛されてるなぁって思えて、嬉しいんです」

千鶴は自分から言っておきながら、少しずつ頬を、顔を、耳や首までもを朱色に変えていく。

「・・・・・・やっぱり君って変だよね」

殺すこと前提の話に嬉しいと笑うなんて、変としか言い様がない。出会った頃は瞳に恐怖を宿らせていたのに随分と変わるものだなぁ、と総司は思った。

「でも・・・・・・」

出会った頃と今とでは、“殺す”に含まれた意味も随分と変わったなぁ、と総司は自分自身の変化も認めていた。

「僕も嬉しい。千鶴ちゃんに愛されて、傍にいられて、幸せだよ」

素直にそう言えば、千鶴は顔を綻ばされる。そして、モジモジとした後、こう言った。

「あの、今の、もう一度・・・言ってほしいです」

思わぬ申し出に総司は目をぱちくりさせる。恥ずかしがり屋の千鶴が、まさか、こんな風におねだりをするとは。
総司は嬉しさで崩れそうな顔をなんとか保ちながら、口端を上げる。

「千鶴ちゃんからしてくれたら、良いよ。言ってあげる」

そう言って、唇を突き出して目を閉じた。
最初は何のことやらだった千鶴は、「ん〜」と催促する総司に漸く理解をして、顔を真っ赤にする。
まるで甘えん坊の子供みたいな総司を愛しく想いながら、千鶴はゆっくりと近づき、ちゅっ、と音を立てた。

瞬間、目を見開いた総司だったが、千鶴は総司の首元に顔を押し付け、顔を見られないようにしていた。一方の総司もいつにないほど破顔していたため、今は顔を見られたくないなと千鶴を抱き締めた。
でも余裕があると思わせたくて、すぐ目の前にある紅色の耳朶を甘噛みすると、千鶴はビクンッと跳ねる。
瞳を潤ませながらおずおずと顔を上げた千鶴は、もう一度催促をする。

「うぅ・・・・・沖田さん。あの、もう一度・・・・・」

さっきの言葉を言ってほしいです、と言い終わる前に、総司は千鶴の耳朶をまた甘く噛んだ。

「ひいっ・・・!!」

「何で驚くの。もう一度って言ったのは君なのに」

意地悪な顔をした総司がそう言うと、千鶴は「そ、そっちじゃないです、約束が違います」と騙されたと言わんばかりに睨み付ける。しかしこの男がそんなものを気にするはずはない。

「ねえ、もう一度」

再び目を閉じ、口を尖らせる総司。千鶴は唖然としながらそれを見遣るが、暫くすると、はぁっと溜息を吐いた。
総司はそれが千鶴の合図だとわかったので、速まる気持ちを抑えながら待った。柔らかな幸せが降ってくるその瞬間を。



一度と言わず、何度も何度も。







END.
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2011.03.27

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