★春一番



寒さが和らいできた今日この頃。
コートなんていらないんじゃないかというくらいポカポカの陽気。春の訪れを知らせる強風が轟々と音を立てて吹き荒れている。

そんな中、私は沖田先輩に後ろから抱き着かれ中。先輩の大きな両手は、スカートの上から、なぜか私の足の付け根のあたりの、際どい場所に添えられている。
数ミリでも動かれたら絶叫しそうな場所をさも同然のように触らないでほしい。そんな場所を触れられていたら、私も下手に動けないんです。もし沖田先輩が動こうものなら、力の限り肘鉄を喰らわせて逃げ出して、土方先生に言いつけてやるんだから。もともとスキンシップ過剰な人だけれど、少しは乙女心を考えてもらいたい。
――という気持ちを口にも態度にも出すことは出来ず、悔しいけれど私は今きっと、耳まで真っ赤。緊張でカチコチに固まったままだった。




昼休み、部室に用事のあった私が渡り廊下を歩いていると、後ろから沖田先輩が大慌てで走ってきた。

「千鶴ちゃん、危ない!」

切羽詰った声でそんなことを言われたから、私は驚いて足を止めた。そして、そのまま後ろから覆うようにガバッと抱き締められたのだった。




私が緊張で一時停止している間に数人の生徒が横を通った、気がした。頭の中まで一時停止していたので、定かではないけれど。
沖田先輩がそれ以上動かなかったおかげで、心臓のバクバクは少しずつ収まってきて、ようやく抵抗の声を絞り出した。

「沖田先輩、離してください」

「いや」

即答だった。
沖田先輩と出会ってもうすぐ1年経つけれど、これくらいで退いてくれるような人ではないことは重々承知だ。こういうときに頼りになるのは土方先生と斎藤先輩、そして薫くらい。薫だと「あんな奴と二度と会うな、喋るな」というお説教がもれなく付いてくるけれど。

「何を、してるんですか」

「千鶴ちゃんを守ってるの」

そういえばさっき危ないって言ってた。この先になにかあるのかもしれない。

「・・・何からですか?」

私の後ろにいる沖田先輩の顔を見ることは、当然できない。今、先輩はどんな顔をしているんだろう。意地悪の顔?それとも・・・。

「風から」

風?確かに今日は強風。朝のニュースでも春一番が吹き荒れると話題になっていた。通学中は向かい風で足取りは重く、教室の窓から見た校庭は砂埃がひどく舞っていた。それはこの渡り廊下でも同じで、さっきから私の髪はビュウビュウと横に流れていた。
風から私を守りたいと言うのなら、すぐにでも室内に移動させてもらいたいものだ。というか、早く離してほしい。

「さっき、危なかったんだよ」

「なにが、ですか?」

沖田先輩が何を言いたいのかよく分からず、私は後ろの先輩を見上げるように頭を上げるが、距離が近すぎて顔を視界に入れることはできない。

「捲れそうだった」

「!!」

そう言いながら私のスカートを摘んで持ち上げる素振りを見せるので、私は大慌てでスカートを押さえた。

「僕以外に見せたくないし、見ていいのは僕だけだし」

拗ねた声でそんなことを言われても、

「沖田先輩にも見せるつもりなんてありません!」

勢いをつけて先輩の腕から逃げ出し、向かい合うようにキッと睨み付けた。
だけど先輩は再び「危ない!」と言って正面から私に抱き着き、今度はお尻に手を添えた。ゾゾゾッと鳥肌が立ち、私は喚きながら先輩の胸をバンバン叩いたけれど、腕の拘束は強くなるばかり。

「安心して、千鶴ちゃん。君は僕が守るから」

私の頭に頬を摺り寄せながら、満足そうに言い放つ沖田先輩に、溜息しか出なかった。

「・・・教室に戻ったらジャージを履くので、守っていただかなくて結構です」

「そんなの履かなくて大丈夫だよ。君は僕に生足を見せていればいいから」

「・・・・・・」

もはや会話が成立していない気がする。今日の沖田先輩はいつにも増して意味のわからない発言をしている。
春は頭までポカポカになったおかしい奴が出没するから注意しろ、とよく薫に言われた。まさに今の沖田先輩のことなんだと思えた。



私がどう逃げようか思案していた時、ゴオォという音を立てて一際強い風が吹き付ける。
すると先輩は私を守る盾のように風上にクルッと体の向きを変えた。風で吹き飛ばされた砂埃や小石が、廊下の屋根や手すりにぶつかって金属音が響く。けれど私は先輩のおかげで小さな風圧すら感じず・・・。

「・・・ありがとうっ、ございます!」

沖田先輩のこういうさり気ない優しさに私は弱く、思わずキュンとしてしまう。
身長も高くて、広い胸元にはつい寄りかかってしまいたくなるし、その腕は細いように見えるのに逞しくて、いつだって頼もしい。

「・・・痛っ」

どうしました?と言いながら顔を上げると、先輩が片目を手で擦っていた。

「埃が目に入っちゃったみたい。ちょっと見てもらえる?右目」

「はい」

私から手を離し、先輩は身長差を埋めるようにかがむ。先輩の目尻に指を添えながらゴミが入っていないか覗き込む。
沖田先輩の綺麗な翡翠色の瞳をこんなに間近で見るのは初めてで、ドキドキしてしまう。睫毛も羨ましいほど長くて、鼻筋もスッと通っていて、く、唇がこんなに近い距離にあると・・・。

変なことを意識してしまい、顔に熱が集まってくるのを感じる。すると先輩の唇の片端が、いつも意地悪をするときのようにクッと上がり、私は思わずビクッと動いてしまう。

「どこを見てるの、千鶴ちゃん?」

楽しそうな声でそう問われ、慌てて沖田先輩の瞳に視線を戻す。

「めっ、目です!」

「え〜?違うところ見てた気がするけど?」

格好のいじられネタを掴ませてしまったようで、悔しいことに沖田先輩の声も表情もニヤニヤとしている。

「見てません、ずっと目を見てましたっ!」

このままでは先輩の思う壺。逃げようと後退りした瞬間、先輩は私の頬を両手で挟んで、笑った。

「じゃあ、そのままずっと僕の目を見ていてね」

沖田先輩の顔がどんどん近づいてきた。その薄緑の瞳もどんどん近づいてくる。逃げようと思えば逃げられるのに、なぜか私は距離がゼロになってもずっとずっと彼の瞳を見続けた。
頭までポカポカになったのは私も同様なのだと、そう思えた。






END.
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2011.03.05
パンツ防衛

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