★茶番狂言(前編)

第一発見者である総司を呼びに行ったら、なぜか千鶴をギュッと抱きかかえていた。
斎藤は不審者に向けるような目つきを総司へ送るが、当の本人は飄々とした笑みでそれをかわす。
千鶴は総司の腕の中ですやすやと眠っていた。
だが眠っているとはいえ、白く細い腕は総司の首に回されて決して離れてなるものかと掴まれている。
斎藤はますます怪訝な視線を総司へと向けた。

「何をしている、総司」

いや……。何をした、と問うべきか。
千鶴が総司にしがみ付く状況など、違和感しか湧き出ぬ。

「あやしてたんだよ、心細かったみたいだからね」

総司が口元に笑みを残したままに答えた。
その言い分は……まあ、わかる。無理もない、千鶴は一晩さぞ恐ろしい思いをしたのだろう。
実は昨日から今朝にかけて、千鶴は行方不明になっていた。
昨晩は飲みに出掛けたり仕事の付き合いがあったりと外出する者が多かったため、悲しいことに千鶴の不在を気に留める者など誰一人としていなかった。
だから彼女が消えた正確な時間帯はまだわかっておらず、昼間に掃除しているところを見かけたというのが最終目撃情報として挙がっているに過ぎない。
事態が動いたのはそこから半日以上過ぎた朝にようやくだった。
朝餉の時間になっても千鶴がなかなか起きて来ない。
様子を見に行った者が蛻の殻となった彼女の部屋を見て、やっと異変に気づく。
逃げたのか。浚われたのか。何かに巻き込まれたのか。
あらゆる可能性が幹部の中に不安とともに広がり、大捜索が始まった。
……のだが、総司がいつの間にやら千鶴を発見して部屋に連れ帰ったという報告が、間接的に土方のもとに入った。
そんなわけで斎藤がここへ派遣されてきた。

「副長がお呼びだ」
「残念でした、千鶴ちゃんは眠ってるから行けないよ」

起こすのも可哀想だしね、と千鶴を心底愛しそうに撫でる姿に、斎藤は眉を寄せた。

「雪村ではない、あんただ」
「……は?」
「発見したときの状況を知りたいそうだ」

えぇー、と面倒臭げな声をあげた総司は、自身の首元に顔をうずめて寝息を立てている千鶴を起こさないようにそっと立ち上がる。
そして寝ている赤子をあやすように背中をぽんぽん優しく叩きながら、部屋を出ようとした。
――それを当然、斎藤が止める。

「待て、総司」
「今度はなに?」

そんなもの聞かなくともわかるだろう。なぜ眠っている千鶴をわざわざ連れて行くのだ。置いていけ。むしろいつまでそうやって抱えているつもりだ、離せ。そっと寝かしておいたほうが千鶴にとってもいいだろう。
斎藤がそういったことを含ませた視線を送ると、総司はにっこり微笑んだ。

「無理。千鶴ちゃんが離してくれないんだし」

試しに総司が身体を逸らして千鶴との間に空間を作ろうとすると、千鶴の表情が歪み、不安げに総司へと身体を擦り寄らせた。
そんな千鶴をニヤニヤと眺めた総司は、しっかりと抱き締め直すと斎藤に嫌味な笑みを見せてから部屋から出て行った。


「なんだそれは」

もちろん土方も眉間に皺を寄せて聞いてきた。
総司一人を呼んだはずなのにピィピィ寝息を立てている千鶴でついてきたのだ、おかしかろう。
だが総司は先程斎藤にしたのと同様の説明を、笑みを浮かべながら繰り返した。

「僕から離れたくないらしくて」

笑みを絶やさずに千鶴の頭をゆっくり撫でる総司。
その見たこともない優しい顔つきに、土方の眉間にはさらに皺が寄る。
だが今はそれを深く追求するつもりはなかった。
ガキが玩具を手に入れて喜んでる程度にしか見えないし、そんなものは土方にとってどうでも良かった。
本題は他にある。

「そいつをどこで発見したんだ。説明しろ」

そう、一晩中行方不明になっていた千鶴の問題が先決だ。
彼女は新選組の不易になりうる情報を握っている。
その行動の全てを制限し、把握せねばならない。
もし外部の者との繋がりが判明したなら、それなりの処分を検討する必要だってある。
一体どこにいたのか、何をしていたのか、きっちり調べることが優先事項だ。
土方が目尻をきつく上げながら総司へと問うと、返ってきたのは肩透かしな内容だった。

「裏の蔵。その中にいました」
「……蔵ぁ!? なんだってそんな場所に……」

敷地内の裏手に小さめの蔵がある。
普段は荷物置き場であり、急事の際には色々と便利な場所として活用しているのだが、千鶴がそこへ立ち寄る用事などないはずだ。
ならばなぜそんなところへ?
土方が手を顎に当てて考え込んでいると、総司がゆるく笑った。

「土方さんが心配するようなことはないと思いますよ」
「なんでわかるんだ」
「外側から施錠されてました。ドジだから閉じ込められちゃったんだね」

後半は千鶴を気遣うように、総司が彼女の前髪をいじりながら言った。
その言葉に驚いたのは土方のほうだ。
彼女が自分の意志でどこかへ逃げ出したのなら大問題だったが、他人の意志で閉じ込められたとなれば、それもまた別の問題として大きく圧し掛かる。
まず誰が? そして故意か偶発か? その目的は……?

「おまえはどう思う、総司」
「ここには千鶴ちゃんをよく思っていない隊士も多いから大変ですね」

総司が他人事のように笑う。
最早この話題には飽きているらしく、千鶴の髪をさわさわと弄ることに意識を向けていた。
そう、彼の言うとおり千鶴をよく思っていない人間は多い。
表向きは突然やってきて幹部にちやほやされている副長付きの小姓だ。
事情を知らない隊士からすれば納得のいかない存在かもしれない。
つまり犯人は千鶴をよく思っていない、彼女が閉じ込められることで得をする人物。
だが千鶴のような立場の人間が閉じ込められたところで誰が得をすると言うのだ?
間者という疑いが立てられるのならまだしも、ただ閉じ込められただけで不利になるようなものでもない。
今回の件で得をする人間……得をした人間……。
――脳裏に浮かんだのはある人物だった。
土方は疑いの眼差しを目の前にいる男へと向ける。
「……総司、まさかとは言わねぇが念のため聞いておく」
「なんですか?」
「おまえが閉じ込めたわけじゃないだろうな」
「……………………」

急に室内へ凍てついた空気が流れ込んでくる。
されど土方は今回の事件の重要参考人たる総司を睨み続けた。


そもそも「千鶴をよく思わない」ということに関して考えてみる。
確かに表面上はいい扱いをされているように見えるが、給金ももらっていないし一人では外出させてもらえない。
あまり羨まれる立場ではないのはすぐにわかることだ。
それに屯所の掃除洗濯炊事全般は彼女が担っていて、多忙を極めている。
任せきりの隊士も多く、そういう奴らは感謝こそすれど邪険にはしないだろう。
だが土方の気づく範囲で千鶴を邪険にしている人間がたった一人いた。
総司だ。
近藤が出張先から彼女に土産を持ち帰ったというだけで三日は冷たくあたった。
彼女が他の幹部に構ってもらったというだけでギリギリと歯噛みしていた。
まあ、要はガキ特有の独占欲や占有欲なわけで、しかも無自覚だからタチが悪い。
どちらの場合も千鶴には非などないのにご苦労なことだ。

次に「今回の件で得をした」という点について考えてみる。
総司は上記の通り、千鶴が他の連中と楽しそうにしているのを見るたびに絡み、当たり、苛めた。
それが何度も続き、積み重なると当然――千鶴は総司から距離を置くようになる。
距離を置かれると総司の独占欲と苛立ちはさらに増していき、それを解消するためにまた千鶴に当たり、悪循環へと陥る。
ここ最近の総司と千鶴はそんな微妙な関係だったのだ。
なのに、今。
千鶴は総司にしがみ付いている。いや、抱き付いていると言ったほうが正しいだろうか。
何をされたのかは知らないが、彼女が自分から、しかも意識がないというのに総司を放そうとしない。
昨日までの千鶴からすれば天地がひっくり返ったとしてもまず有り得ない行為だ。
その一方で総司はさっきから終始ニヤニヤと嬉しそうに笑っている。
時折千鶴を撫でたり、抱え直したり、いつもなら出来ぬことを存分に楽しんでいる。
千鶴をこうやってわざわざ連れて来たのも、この状況を見せびらかしたいからだろう。
先程も言ったとおり、まさに「玩具を手に入れて喜んでるガキ」そのもの。
今回の件で得をしたのは…………誰がどう見ても千鶴にギュウギュウしてもらえている総司しかいない。


「――まさか。僕が? そんなわけないって。何のために? 酷いなぁ土方さんってばそうやって謂れのない罪を被せる気? これだから汚い大人は嫌なんですよ」

犯人ほど饒舌になるとはよく言ったものだ。それにこういうときは第一発見者をまず疑うのが道理。
だいたい千鶴を捜すことになったとき、全員はまず外へと目を向けた。
逃げるにしろ浚われるにしろ一晩中誰にも見られていないとなれば、外にいる可能性の方が高かったからだ。
だというのに総司は屯所の、しかも裏手にある蔵などという誰も気に留めないような場所へ向かい、誰よりも早く千鶴を発見した。
気持ちが急くあまり細かいところにまで気が回らなかったのだろう。それが奴の敗因だ。

「とにかくこういうタチの悪いこたぁ、近藤さんに一度報告を――」
「ちょっ、土方さん。僕が犯人って決め付けないでくださいよ」

近藤の名前を出された途端、総司は慌てて立ち上がる。
千鶴をちょっと乱暴に担ぎ直しながら土方の前まで急ぎ足で近づき、文机をバン! と叩いて主張した。

「僕はやってません。犯人にしたいのなら証拠くらい出してくださいよ」
「んなもん千鶴に聞けば一発だろ。そいつが起きたら真っ先に――」
「千鶴ちゃん、さっさと起きて、早く!」

さっきまでの優しい扱いが嘘のように、総司は千鶴の頬をペチペチ鳴らしたり肩をガクガクと揺すり起こそうとする。
さすがの土方も「お、おい、あんまり叩くな」と止めに入るが、総司が容赦なく両頬をびよーんと横に引っ張った直後、千鶴が顔を歪ませながら目を開いた。

「……ふ、うん……お、沖…田さん……?」
「千鶴ちゃん、あの分からず屋に説明してあげて。昨日君に何が起きたかを!」

総司が千鶴をズイッと土方の前に出す。
寝ぼけ眼と赤くなった頬を擦りながら、千鶴はしばらくぼんやりと考え込み、そして徐々に意識が覚醒したのか、顔を青ざめさせていく。

「昨日…………っ、私…………!」

千鶴の脳裏に昨晩の恐怖体験が鮮やかに蘇った――――。



***



そもそもの始まりは昨晩ではなく、先週のとある晩。
夏を目前に誰かが提案したのは「怪談話」。
茶菓子の用意を頼まれた千鶴は、何も知らずにその会場へと足を踏み入れてしまった。
蒸し暑いというのに部屋を閉め切り、明かりは蝋燭一本だけ。その蝋燭を囲うように座るみんなの姿……。
すぐに異変を察知した千鶴はその場から立ち去ろうとしたのだが、お茶を配っている間に話を途中まで耳に入れてしまう。

「一人で部屋に戻るほうが怖いだろ?」
「大丈夫だって、オレがいるし!」

左之助と平助に引き止められる形で会場に残ることになった。
千鶴はびくびくしながら二人の間に陣取り、誰かが用意してくれた布団を被って蝋燭の炎を見つめた。
怪談話というのはとにかく最後まで聞かないと後味が悪い。
余計な妄想が働いて、頭の中でどんどん恐ろしさが増幅していく。
怪談話の恐ろしさの九割は妄想力のなす業だと言っても過言ではない。
だいたいオチまで聞けば大したことがなかったりする、というのが千鶴の持論だった。
だが、しかし。

「――そして最後には血だまりだけが残った。以上だ」

話し手である斎藤はそこで怪談話を終わらせた。
全員がふぅ〜と息をつき、「あんまり怖くなかったな」とか「今の聞いたことある」などと軽く雑談する。
その中で千鶴は小さく震えていた。

(どうしてそこで終わっちゃうの。普通は“実はただの水溜りでした”的なオチは…!?)

期待していたはずのオチはやってこなくて、最後まで聞いたことによって千鶴の恐怖心は膨れ上がった。
怖い、もう嫌。帰りたい。でも一人で帰るのが怖い。あのときさっさと部屋に戻っておけば良かった……!
千鶴が後悔の渦の中に飲み込まれていると、意気揚々と新八が挙手をした。

「よぅし、次は俺の番だ。千鶴ちゃん、とっておきを聞かせてやるから期待してくれよ」

新八が語り始めたのは敷地内の裏のほうにある小さな蔵の話だった。
実はあそこは拷問部屋で日夜囚われた浪士たちが取り調べを受けている、というのだ。

「作り話だから安心しろよ、千鶴」

布団の中に包まっている千鶴を、左之助がぽんぽんと優しい手つきで叩く。
その安心感のある声に千鶴が顔を上げようとすると……。

「でもあっちから夜な夜な断末魔みたいな声が聞こえてくるよね」

総司があることないことを吹き込んで話を盛り上げる。
千鶴は布団の中に頭まですっぽり隠して、余計な情報は耳に入れないように努める。
身近な場所が題材となっているだけあって妄想力がどんどんと加速する。

「問題はその先だ。そこ息絶えた者たちが今では亡霊になって住み着いていて――」

……そこから先はよく覚えていなかった。
意識だけはあった気がするが、恐怖のあまりどんな話だったかも頭に残っていない。
ただその後も怪談話はいくつも続き、最終的に千鶴は一人では部屋に戻れなくなった。
眠くなるまで平助と左之助が雑談に付き合ってくれた。
それ以降、千鶴は蔵には近づかないようにしていた。
もともと裏の方には行かなかったのだが、なるべく視界にすら入れないように避けて通るようになっていた。



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