★送り狼

年の瀬、忘年会。
二次会に向かうみんなとは別れて、千鶴は総司と二人で帰路についた。
いや、正確に言えば総司と二人で帰るつもりなんてなかった。
まだ時刻は九時を回ったばかりで、人通りもあって安全だ。
だから一人で帰るつもりだったのに、総司に引き留められてしまったのだ。

「危ないからダメ。僕が家まで送ってく」

それが彼の主張。
お酒が大好きな総司のことだから、本当はもっと飲みたいに違いない。
千鶴は自分が原因で彼に遠慮されてしまうのが嫌だった。だけど――

「実は三日連続で飲み会だったんだ。さすがにもう飲み飽きたよ」

そんなふうに言われたら、甘えるしかない。
千鶴は現在、大学の近くで一人暮らしをしている。
だから門限などないのだが、明日から実家に戻るため、今日はなるべく早く休みたかったのだ。

「で、では、宜しくお願いします」

夜中に総司と二人きりというシチュエーションにドキドキしながらも、ぺこりと頭を下げる。
すると総司がすっと手を伸ばしてきて、「じゃあ、はい」と言った。

「…………? 何ですか?」

わけがわからずきょとんとすると、総司もきょとんとした顔を浮かべる。

「何って……手を繋ぐだけだよ」

さも当然のように言ってのける彼に、千鶴は眉を寄せる。
もしかしてからかわれているのだろうか。

「……ど、どうしてですか?」

一応、抵抗してみる。
無駄に終わるとわかっているけれど。

「寒いからに決まってる。そんなこともわからないの?」
「……え、えっと……すみません」

やっぱりさも当然の顔つきをする総司に、千鶴はたじたじと謝ってしまう。
確かに冬だ、年末の夜だ。
ぐっと冷え込んできて、凍えそうに寒い。
でも多少なりともお酒を飲んだので、いつもよりは身体がぽかぽかしているはずだ。

「千鶴ちゃん、早く。僕が凍えてもいいの?」

良いか悪いかと言われたら、あまり良くない方だと思う。
だけど、だからと言って自分が繋ぐ謂れもない気がする。
まあ、そんなことを考えても強制をはらんでいる彼の言葉に逆らえるはずもなく、千鶴はおずおずと手を差し出すしか

なかった。

「じゃあ、帰ろっか」

総司が手をぎゅっと握り締めて、にこりと笑って歩き出した。
いつもながら彼がどんな思考をしているのかが読めない。
もしかすると千鶴が思っているよりもずっと、千鶴自身が酔っぱらっていて足取りが危ういのかもしれない。
そんな千鶴を気遣って、手を引っ張ってくれているのだろうか。

(……優しい、かも)

千鶴はゆっくりと総司の手を握り返して、歩幅を合わせる。
千鶴の一人暮らし先は、居酒屋からは駅を挟んだ方向にあり、徒歩十五分ほどで着く。
明日からは地元に帰るし、今年最後に総司と十五分だけ二人で過ごせるのも、悪くはない気がした。
だけど、問題はそこから先にあった。

「ありがとうございました! 沖田さんも気をつけてください」

他愛もない話を交わしているうちに、あっと言う間にアパートに到着する。
千鶴はぺこりと頭を下げて礼を言ったのだが、なぜか総司が眉間に皺を寄せた。

「わざわざ送ってあげたのに、それだけ?」
「…………え?」

全く意味がわからない。
送ってくれたことは事実だが、そもそも言い出したのは総司だ。
しかも、礼以外に何を要求しようというのか。
千鶴が戸惑いの色を見せると、総司がうんざりしたように溜息をついた。

「酔い覚ましのお茶とか、振る舞ってくれないの? 千鶴ちゃんって非常識だね」

なぜか責められる。
こんな夜中に引き留める方が非常識ではないのだろうか。
いや、そもそも総司に常識は通用しないのだろうか。
だけど総司のおかげで夜道を安心して歩けたのは事実だ。
きっと北風のせいで身体が冷えてしまったから、一旦休憩したくなったとかそんなところなのだろう。
千鶴は自分を納得させながら、総司を部屋へと招いた。

「あ、あの……でしたら、どうぞ……」
「うん、ありがと!」

二人揃って部屋に入る。
総司はここへ何度か来たことがあるのだが、いつも他に複数人いるときだけだ。
人一倍寛いでしまうし、勝手に物を漁るので困っている。
いつもなら一緒にいる誰かが総司の行動を注意したり阻止してくれるのだけど、今日は二人きり。
千鶴一人でどこまで通用するかがわからない。

総司を部屋に通し、キッチンでお茶の準備をする。
その間は気が気じゃなかった。
やましいものなんて何もないけれど、男の人にクローゼットや棚を勝手に見られるのは恥ずかしいのだ。
だから総司からなるべく目を離さないようにしていたのだが、今日に限って総司はなぜか大人しかった。
二人掛けのソファに座って、ケータイをいじっている。
時々する瞬きはいつもより重たげだ。
もしかすると、もう眠いのかもしれない。
ならば急いでご帰還願わねばならないわけだ。
千鶴は一秒でも早くお湯が沸くのを祈って、早々にお茶の準備をした。


だけど、お茶を飲み終わっても総司は帰る素振りを見せなかった。
ソファに深々と座って姿勢を崩し、リモコンを片手にテレビを眺めている。

……居座るつもりだ。

そう直感した。
他に誰かがいれば引き摺ってでも連れ帰ってくれるのに、今日は誰もいない。
かといって千鶴自ら「早く帰ってほしい」などとは口が裂けても言えず、チラチラとその様子を伺うしかない。

「どうしたの?」

視線に気づいた総司がにっこりと笑みを浮かべた。
酔っているせいか機嫌が良いみたいだが、どうしたもこうしたもない。
少しは遠慮ってものを知ってほしい。

「あの、沖田さん。もう時間が……遅いですよね」

頑張って遠回しに意見してみた。
だけど千鶴の頑張りを無視するが如く、総司がスススッと近寄ってきて、そのまま千鶴の肩に頭を寄せてきた。
柔らかい髪が首筋をくすぐる。
こうやって寄りかかられることは多々あって、でも嫌じゃない。
甘えられているみたいで嬉しくなってしまうのだ。
だけど、総司はそのまま無言で千鶴にどんどんと体重をかけてくる。

「……沖田さん?」

もしかしてこのまま寝るつもりなんじゃないかと不安になって、肩を揺すってみた。
すると総司はくすくすと笑いだして、さらにすりすり擦り寄ってくる。
とりあえず起きていてくれることにホッとした。だが――

「千鶴ちゃん、煙草の匂いがするね」

すんすんっ、と匂いを嗅ぐ音が聞こえて、千鶴は慌てて身体を離す。
匂いが付いたのは忘年会の会場。
一緒に飲んでいたメンバーの半分が喫煙者のため、止むを得ない。
だけど、それを総司に嗅がれて指摘されるのは物凄く恥ずかしい。

「え、えと……そんなに、匂いますか?」

両手で総司を押し返しながら距離を取る。
このままファ○リーズを全身に浴びてしまいたいくらいだ。
すると総司が気を遣ったのか空気が読めないのか、なぜかこんなことを言ってのけた。

「うん、匂う。先にシャワー浴びてくれば?」

シャワーは……もちろん浴びるつもりだ。
お酒を飲んだから長居をするつもりはないが、お湯に浸かって疲れも取りたい。

「いえ、あとで入るので……」

もちろん総司が帰ってから、だ。
だからさっさと帰ってほしいのだ。
しかし――

「そっか。じゃあ僕が先に入るね」
「え? なんでですか?」

なんだかおかしな展開になってきた。
いや、そもそも途中からおかしすぎた気もする。
面倒臭いことになりたくないから、多少のおかしさに目を瞑ってしまったツケなのだろうか。

「だって僕も煙草臭くない?」

総司が口を尖らせながら再び身体を近づけてくる。
また柔らかい髪が触れて、千鶴はくすぐったさにフルフルと顔を振った。
そして総司の肩にしがみ付いて、彼の服の匂いを嗅ぐ。
総司の言うとおり、いつもとは違う、煙草の匂いがした。

「……はい、煙草のにおいがします」
「ね? この匂い、好きじゃないんだ」

千鶴もあまり好きではない。
家族や親戚で喫煙者がいないせいで、馴染みがないことも大きいだろうか。
それに、総司の匂いは……いつものままの匂いが好きだ。
――そんなことを思い浮かべている自分にハッとして、千鶴はぶんぶんと頭を振った。
だけどそうこうしているうちに総司は勝手にスタスタとバスルームへと向かってしまう。

「沖田さん、あのっ、酔ってるんですか?」

一瞬出遅れたものの、千鶴は慌てて追いかけ、止めようとする。
暗い中送ってくれたのは有り難いけれど、お茶を要求された揚句にシャワーまで使われるのは、やっぱり物凄く何かが

違う。
だけど総司はちらりと視線を寄こし、きょとんとした顔で言ってくる。

「なに? 一緒に入りたいの?」
「ち、違います! しっかりしてください!」

完全に酔っぱらってる。
そう確信した千鶴は、総司の袖をくいくい引っ張って部屋へと戻そうとした。
したのだが、総司にぽんぽんと優しく頭を撫でられてしまう。

「違うなら良い子に待ってて。あ、タオル借りるけどどこ?」
「タオルでしたら洗濯機の上の棚に――」

ここまで来ると、もはや完全に総司のペースだった。
話が通じない上にタオルの場所まで白状させられ、さらに総司が脱ぎ出して――。
千鶴はぴゃああと叫びながらドアを閉め、部屋へと退散する。

「な、なんで? どうして……?」

ソファの上でクッションを抱えながら、千鶴は混乱した。
しんと静まり返る部屋。
耳を澄ますと、シャワーの音が聞こえてきて頬に熱が集まっていく。

「でも、学校でもよくシャワー浴びてるみたいだし……!」

千鶴はぶつくさと前向きに考える。
大学の体育館の更衣室にはシャワールームが併設されていて、学生ならば自由に利用が可能だ。
スポーツ系の講義やサークル、部活の後に利用している男子生徒は多い。
総司も夏場はよく使っていた。
髪を濡らしたまま出てきて、千鶴がタオルで乾かしてあげたりすることが何度もあった。
……きっとそのときと同じノリなのだろう、そう思うことにしよう。


しばらくすると総司が腰にバスタオル一枚を巻いた状態で出てきた。
半裸の姿に驚愕しながら、千鶴は両手で目元を隠して訴える。

「ふ、服は!? 服を着てくださいっ!」

赤面する千鶴とは対照的に、総司はなんでもない様子で隣に座ってきた。
意識しているのは自分だけなんだと思い知らされる。

「服は洗濯機の中に入れちゃった」

……洗えってことなのだろうか。
我慢できないほどに煙草の匂いが嫌なのだろうか。
でも洗濯してしまうと乾くまでに何時間もかかる。
ここには総司が着れるような大きなサイズの服はないし、冬空の中をコート一枚で追い出せるはずもない。
つまり総司が帰ってくれなくなる。
それは困る。すごく困る。でも……

「どうしてこっち向いてくれないの?」

半裸の総司が隣にいるという現状が、最たる困惑の種だ。
顔を隠して背中を向けた千鶴に、総司がにじり寄ってくる。

「あ、あの……沖田、さん……その……」

少し大きめのパーカーでも羽織っていてもらおうか。
それとも一時的に布団の中に身を隠してもらおうか。
総司が近づくほどにシャンプーの匂いが鼻を霞める。
普段自分が使っているものなのに、総司から香るだけで別のもののようだ。
さっきまではいつもと違う匂いが嫌だと思っていたのに、今はいつもと違う匂いにドキドキしてしまう。
そして途端に、自分に付いてしまった煙草の匂いが気になってきて、総司に近づかれることが恥ずかしくなった。
思わずソファから立ち上がり、総司と距離を取る。

「……千鶴ちゃん?」

総司が不思議そうな顔を向けてきた。
もしかすると、総司が迷惑で離れたと思われてしまったのではなかろうか。
そんな不安が過って、千鶴はまごまごと言い訳する。

「違うんです、あ、あの……沖田さんが嫌というわけではなくて……」
「じゃあ、どうして逃げるの? こっち来て」

行けるわけがない。
千鶴はまた一歩後ずさりして、視線を彷徨わせる。
もう、この部屋から逃げ出したい。
自分を包むこの匂いを消し去りたい。
ってことは、もうあそこへ行くしか道はない。

「わ、私もシャワー浴びてきます!」

千鶴はそう宣言すると、急ぎ足で部屋から出て行く。
後ろから総司の嬉しそうな返事が聞こえてきたけれど、千鶴がこの言動の危うさに気付くのは小一時間後。
こうしてまんまと総司の罠に嵌められるのは、年の瀬だろうと変わりないのだ。



END.
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2013.12.30
大学で出会ってまだ付き合う前な設定。
沖田さんは物凄く図々しい。酔ってるはずがない。思う壺。

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