★僕の幸福

妹に向けられた銃口は、俺の合図と共に乾いた音を立て、銀の銃弾を弾き出した。
それは狙い通り、千鶴を庇った沖田へと命中する。
狙い通り過ぎて、背筋が凍った。

――千鶴には絶対に当てるな。

そう、きつく命じた。
最悪当たったとしても急所さえ避ければ千鶴は鬼だ、大事には至らないだろう。
最初から目的は沖田だ。
庇って死んでくれれば万々歳。
庇わなかったら……お前に千鶴を守る資格はないと思い知って、さっさと身を引いてくれればいい。
千鶴だって失望するだろう?
初めから二人を引き離すことが目的だったんだ。
だけど、やり方を間違えた。
引き離すどころか……。

「薫、どうして……、どうして沖田さんを……っ!」

千鶴が泣きそうな声で叫ぶ。
その瞳には俺への憎しみが籠められていた。
どうしてそんな目で俺を見るんだ。
ただ、お前を守りたいだけなのに。

「お前が、憎いからだよ」

嘘をついた。
本当のことなんて言えない。
だってお前は沖田が好きなんだろ?
言えるわけがない。
可愛い妹のために身も心も鬼にして、沖田にとどめを刺してやりたかった。

だけど――
お前があまりにも悲痛な顔をするから。
沖田を陥れた俺を憎しみの眼差しで睨み付けるから。
だから、それ以上はできなかった。

千鶴。
沖田がお前をどんな目で見ているのか、いい加減気づけよ。
お前を庇った瞬間の沖田は…………――



***



笑いが止まらなかった。
ああ、本当になんて……なんて妹思いのお兄さんだろうか。
千鶴ちゃんと同じで優しくて、そして頭が悪い。


屯所で彼女に手を出すことは禁じられていた。
明確な決まりがあったわけではないが、暗黙の了解ってやつだ。
一応新選組の客人という立場だし、男所帯の屯所で色恋沙汰など起こしたら風紀が乱れるだろう。
それでも皆、千鶴ちゃんの気を引こうと優しくしたり、理由をつけて外へ連れ出したり、お菓子や可愛いものを買い与えたり……。
滑稽なほどに必死だったよね。
僕だって彼女の特別になりたくてそれなりに努力したよ。
嫌われない程度に意地悪をしたり、ね。
そうやって皆、お互いを牽制し合って競っていた。
あとは彼女が誰を選ぶのか。
それだけだった。

だけど彼女は鈍いのか、そういう対象で僕らを見ていないのか。
僕たちの邪な好意をすべて純粋な好意として受け取って、流して、誰にだって平等に微笑みかけた。
それが嬉しくもあり、煩わしくもある。
いや、でもやっぱり、嬉しい。
僕は労咳という「不利」を抱えていたから、それでも平等にしてくれる君が愛しくて仕方ない。
他人のものになるのは許せないけど、誰のものにもならないなら、それで良いと思っていた。
あの日までは。



僕の誤算は銀の銃弾。
羅刹ですら治せない傷があるなんて、意外と欠点の多い身体になってしまった。
薫の誤算は僕を殺しきれなかった事。
きっとあの子の向けた敵意に怯んで、あれ以上できなかったのだろう。

「沖田さん、ごめんなさい……ごめんなさいっ」

痛みと熱に魘される日々は苦痛でしかない。
あれから彼女は僕に付きっ切りで看病をしてくれている。
責任を感じて度々謝罪を口にされるが、僕だってそんな君を慰められないことが辛い。
早く元気になって君を抱き締めたい。
だけど幸せなこともある。
僕は彼女の時間を手に入れた。
京を離れる僕に、彼女は着いてきてくれた。
千鶴ちゃんは誰でもなく、僕を選んでくれたのだ。

君のお兄さんは鋭くて、初めて会ったときから僕を警戒していた。
最初はそれが厄介事の種になるのではないかと危惧していたけど、結果はその逆。

きっと僕の願いが叶ったんだ。

薫は――千鶴ちゃんの肉親たるあの男は、誰でもないこの僕を敵と見做した。
あの子へと向けられた僕の歪んだ想い。
それを薫は見抜き、愛する妹のために排除しようとした。
僕にとってそれは何よりの幸福だった。
だって、そのおかげで千鶴ちゃんの心を縛り付けることができたんだから。

ねえ千鶴ちゃん、君は覚えている?
あの日、僕が君に言った言葉を、覚えている?

『これは僕が自分で選んだ道なんだから、別に君のせいじゃない……君のためでもない』

君のためではないけれど、君を手に入れるためだったんだ。
そう言ったら君はどうする?



END.
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2012.10.25
実は薫は本当に妹思いで、沖田の歪んだ愛から千鶴を逃がすために沖田を攻撃していた・・・みたいな設定だとなおオイシイです。

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