★スタイリッシュチャーハン

仄暗い夜道。
光射す街灯は僅かにしかなく、その中を千鶴と平助は歩いていた。
月は薄雲に隠れて朧げで、星の瞬きなど今の二人には届きやしなかった。

夜更けに外出することは、過保護な双子の兄によって禁じられている。
ただいくつかの例外はある。
今回はそのうちの一つを使わせてもらったのだ。

「ごめんね平助君」
「いいって、気にすんなよ」

ご近所さんで家族ぐるみの付き合いがある幼馴染の家――。
子供の時分から頻繁に行き来しているそこへは、薫も「仕方ない」と許してくれる。
薫に嘘をつき、平助に嘘の加担をさせてしまうことへの罪悪感は大きいが。



三十分ほど前、突然総司から電話がかかってきた。
寝る前に他愛もないお喋りをすることはよくあるのだが、その日はどうしてか切羽詰った声で言われた。『今からうちに来れる?』と。
最初は冗談だと思った。よくそういうことを言う人だから。
だからそのまま雑談を続けていたものの、電話を切る間際にもう一度、念押しされた。

『ホントに駄目?』
「……もうこんな時間ですし」
『そっか、わかった。無理言ってごめんね』

総司の声はすぐに明るい声に切り替わったけれど、電話を切った後も千鶴の胸につっかえた。
もしかして何かあったのかもしれない。助けや支えを求めているのかもしれない。
そんなときに傍にいてあげられないのは彼女としてどうなんだろう。

思い立った千鶴はすぐに行動した。
着替えて、薫に嘘をついて家を飛び出す。
平助には事情を説明した上で「平助君の家に行ったことにしてほしい」とお願いしたのだが、女が一人歩きするには時間が遅いからという理由で総司の家まで送ると申し出てくれた。

「そんなに心配すんなよ。ただ千鶴に会いたかったとかそんなところだと思うぜ」
「そうだと良いけど……」

進むに連れて無口になっていく千鶴を平助が気遣う。
信号をいくつも渡り、大通りから小道へと入り、角を曲がると……ようやく総司の家だ。
灯る明かりに千鶴がホッと息をつく。そうしている間に平助がチャイムを押し、「総司〜!」と呼びかけた。
部屋の中から物音が聞こえてくると、平助が千鶴のほうを向いてニカッと笑う。

「なっ、平気だったろ」
「うん、でも何か………………焦げ臭くない?」

鼻につく匂いに千鶴が顔をしかめると、平助もくんくんと鼻をならして頷いた。
匂いの出所は恐らく総司の部屋で、二人が首を傾げながら玄関へ目を向けたと同時、ドアが開いた。

「平助、こんな夜に何の用――……千鶴ちゃん!?」
「沖田先輩っ!」

総司が真夜中の訪問者に対して迷惑そうな顔を向けて出迎えるが、その隣にいる千鶴に気づくや目を見開く。
そして、そのまま飛び込んできた千鶴をギュッと抱きしめながら、平助に事情説明を求めるような瞳を向けるのだった。

「おまえが変なこと言うから千鶴が心配してたんだぞ。で、何があったんだよ」
「もちろん会いたかっただけだよ。来るって言ってくれたら僕が迎えに行ったのに」
「……そうだったんですね。早とちりしてしまいました」
「千鶴ちゃんって僕のことになるとすぐ周りが見えなくなるよね。そんなに心配だった?」
「はいっ……先輩に何かあったらどうしようって……怖かったです」

総司が千鶴の額を小突いたり、千鶴が総司のシャツを引っ張ったりとイチャイチャが始まる。
なにこれ……。
実に小慣れた様子の二人のやり取りに、平助は首を突っ込んだ自分を呪った。





平助が帰った後、総司の家にあがった千鶴は焦げ臭さの原因を知る。
キッチンに真っ黒になったフライパンと、その中にある真っ黒の物体……。

「お、沖田先輩。何をしたんですか……」

面倒臭がってコンビニで済ませてしまうことの多い総司は、自分で料理を作ることが滅多にない。
だから沖田家のキッチンはいつも新品のように綺麗なはずなのに……。

「夜食を作ろうとしたんだけど……ちょっと、ね」

ちょっとどころで食べ物は炭にはならないだろう。
普段は器用で繊細なのに料理や食に関してはどうしてここまで大雑把なのだろう。
千鶴は腕まくりをしながら総司に訊ねるする。

「お腹減ってるんですよね?」
「うん、千鶴ちゃんの手料理が食べたい」

やったぁ! と喜び後ろから千鶴に抱きつく総司と、それを引き摺りながら冷蔵庫へと移動する千鶴。
冷蔵庫の中はいつも空っぽに近くて、今あるものも千鶴が先日遊びに来たときに買い込んだ食材の残りだけだ。
野菜室に何があるとか、炊飯器がどうとか、いちいち話しながら確認して、そして寄せ集めのもので千鶴が作った夜食を――。

「おいしい」

総司が食べる。
もともと小食でご飯よりもお菓子を好んでいた総司が、千鶴の作ったものは沢山食べてくれる。
そんな些細なことが嬉しくて、千鶴は頬を弛めながら総司の食事風景をじっと見詰めていた。
……それが物欲しそうに映ったのか、総司はスプーンに一掬いすると千鶴の口元へ持っていく。

「千鶴ちゃんも食べる? はい、あーん」
「だ、大丈夫です。こんな夜中に食べたら太っちゃ――んっ」

断ったにも関わらず総司に口に突っ込まれ、千鶴はやむなく咀嚼する。
季節が変わり、段々と薄着になっていくこの時期に……。
千鶴がちょっとだけ恨みがましい目を向けると、総司がクスクスと笑い出す。

「そんなに気になるなら後で一緒に運動しよっか」
「……ジョギングでもするんですか?」

だがこんな格好でのジョギングは無理だ。千鶴は自分のスカートを握り締めて首を振る。
それに夜中にできる運動なんて限られているだろう。

「ううん、室内でする運動。まあ外でも出来るけど」
「室内……? 私、着替え持ってないので激しい運動はちょっと……」

総司の部屋にはトレーニングマットやチューブなどの気軽に身体を鍛えられる道具がいくつかある。
それを使って筋トレ?
千鶴は思いつく限りのことを考えてみるものの一向に答えはでない。
そうやって考えることに夢中になっている隙にまた、総司が千鶴の口元にスプーンを持ってきて微笑む。

「平気平気。むしろ服なんて必要ないし」
「……? でも沖田先輩がするなら私もお付き合いします」
「うん、僕一人じゃできないことだから君がその気になってくれて嬉しいな」
「???」

総司の言う運動がなんのことか全くわからないまま、千鶴は総司の笑顔に誘われて「よろしくお願いします」と頭を下げるのだった。




END.
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2012.04.20

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