★誰が私に口づけしたの(1/2)

ポカポカの陽気に誘われて、縁側で日向ぼっこをしていた。
柱に寄りかかりながら空を眺めていると、あの人と同じ景色が見れる気がしたから。さっきまで洗濯に掃除にと張り切ってしまい、少し疲れていたのかもしれない。無防備にも千鶴はうとうとと夢の中へと入りかけた。


ああ、暖かくて気持ちいい。
でも寝ちゃダメ。
目を開けなくちゃ・・・・・・


ペタペタペタ。
誰かが近寄ってくる音がする。

土方さんだったら怒られてしまう。
沖田さんなら悪戯される?
斎藤さんは誰かに見つかる前に、と起こしてくれるかも。
平助君だったら大きな声で呼びかけてくれるはず。
原田さんならそのまま寝かせてくれて、ずっと隣で待っていてくれるかなぁ。

ペタペタペタ。
ダメ、早く起きなくちゃ。

そう思うのに瞼が開かなくて、身体も動かない。誰かが自分のすぐ傍にいる気配だけは感じることができた。優しい手付きで髪を撫でられる。

誰だろう?
気持ちいい、もっと撫でてほしいなぁ。

身体が動くならその手に擦り寄ってしまいたい。
起きていたらそんなこと恥ずかしくてできないだろうに。
もっと、もっと触ってほしい――

すると、唇に柔らかい感触をうけた。今まで感じたことのないような、ふわふわの何かが触れる。仄かに甘い香りが漂い、千鶴はさらに心地良くなる。

その感触は、ちゅっ、という音を立てては離れ、また触れる。何度も何度も、音と感触が続く。まるで啄ばむように、食むように。触れるたびに角度が変わっていく。触れるたびに深くなっていく。

なんだろう?
柔らかくて気持ちいい。
これは・・・・・・・・・



口付け!?



そう気づいたと同時に千鶴はカッと目を見開くが、そこには誰もいなかった。周りをキョロキョロと見回せど、誰も見当たらない。
夢・・・・・?
そう思い自身の唇に触れてみる。夢というには生々しい感触が残っている。なんだか少し湿っているようにも思え、勝手に顔に熱が集まっていく。




一体誰が私に口付けをした?




ドタドタドタ。
廊下の角からけたたましい足音が聞こえる。千鶴は条件反射で思わず身構えるが、そこに現れたのは。

「千鶴、探してたんだ。暇なら昼飯の準備、手伝ってくんねぇか?」

「・・・・・原田さん」

新八と食事当番なんだが準備に遅れて間に合いそうにねぇんだ、と苦笑しながら、両手をパンッと顔の前で合わせて千鶴にお願いをする。

「もちろんです、手伝わせてください!・・・あの、それより・・・・・・」

「どうかしたか?」

「原田さん、さっきここにいましたか?」

あれは夢などではない。誰かが寝ている千鶴に口付けたのだ。千鶴に「さっき私に口付けしました?」と聞ける勇気も度胸もない。
だが、あれは千鶴にとって初の接吻。そのまま流してしまえるほど単純な問題ではなかったのだ。

「ん?今来たばっかりだが何かあったのか?」

「・・・・・・いえ、何でもないです」

原田さんは寝ている間にそんなことをするような人ではない、と千鶴は思っている。むしろ起きているときに、とか、原田さんなら自分なんかに手を出さなくとも寄ってくる女性はたくさんいる、とか思っている。嘘を吐いている風にも見えない。
勝手場でそれとなく永倉に確認してみたけれど、原田は千鶴を呼びに行ってからすぐに千鶴を伴って戻ってきた、と証言した。ずっとここで食事の準備をしていた永倉が犯人である可能性もないに等しい。



では他の誰が?



「よっし、そろそろ完成だな。助かったぜ、千鶴ちゃん!」

「いいえ、私にはこれくらいしかできないので・・・。では、広間の準備をしてきますね!」

千鶴がそう言って入口に目を向けると、浅葱色の羽織を着た斎藤が通りがかった。お帰りなさい、と声をかけられ、訝しげな視線で3人を見遣る斎藤。

「・・・・・今日は雪村の当番だったか?」

「そ、それは――」

「手伝って貰ったんだよ。喜べ、斎藤。仕事終わりに千鶴の美味い飯が食えるんだからな」

千鶴の返答を遮って、原田がニヤリと笑いながら答えた。頭をくしゃくしゃ揉まれながら褒められた千鶴は、そんなことありませんと頬を染めて照れた。
斎藤は、「それは楽しみだ、すぐに着替えてこよう」と続け、ますます頬を赤くする千鶴を見て薄っすら口の端を上げた。

「あの、斎藤さんは今まで巡察に行かれてたんですか?」

千鶴は勝手場から立ち去ろうとする斎藤に慌てて声をかけた。斎藤は静かに頷く。
ですよねお疲れ様です、と千鶴はペコリと頭を下げた。隊服を着ている時点で聞くまでもないだろうが、念のため、だった。
なにせ千鶴にとっては初接吻という重大な問題なのだから。


これで容疑者は3人減った。
あの現場は平隊士が滅多に立ち入らない場所だ。何より千鶴を男だと認識している平隊士が、千鶴に口付けなどするはずはない・・・・・・と千鶴は思っている。かといって女だと知っている幹部が、自分みたいなお子様にそんなことするとも思えない・・・とも千鶴は思っている。
これでは堂々巡りだ。


広間の襖を開き、食事の準備をする。
あとはお膳を運び、幹部たちを呼ぶだけだ。そこへ小走りで近寄ってくるトタタタという音がする。千鶴が広間からヒョコッと顔を出すと、どこか浮かない顔をした平助だった。

「あ、平助君!もう少しで準備できるよ」

「ち、千鶴!?・・・・・・・え、ああ!昼餉か!・・・えっと、うん、わかったよ!!」

あやしい。
困った顔をしてみたり、引き攣った作り笑いをしてみたり、大袈裟なほどの身振り手振りで何かを誤魔化すように受け答えする平助。いくら鈍い千鶴といえど、これでは平助に何かあったのではと察しがつく。

まさか平助君が・・・!?
千鶴は愕然とした。新選組隊士の中で平助はいちばん気さくに話せる気兼ねない存在だった。他の幹部たちに言えないようなことも平助には素直に言うこともできた。だからこそ、なぜ平助がこんなことを・・・。そこまで考え、千鶴は頭をぶんぶんと振る。

(ま、まだ平助君と決まったわけじゃないし。ちゃんと本人に聞かなくちゃ)

一人で頭を振ったり、ぶつくさ呟いたり、顔をパンと叩いて気合を入れている千鶴を、平助は少しだけ引き気味に見ていた。

「へ、へへ、平助君!」

「お、おお、おう、なんだ?」

千鶴の緊張が伝わるのか、はたまた平助の緊張が千鶴に伝わったのか。2人してどもりまくりである。決意の眼差しでキッと平助の目を見据える千鶴。

「あのね。さっき、もしかして、縁側に・・・・・・来た?」

遠回しの質問ですら、あのときの感触を思い出してしまい、頬を赤く染める千鶴。それに釣られるかのように平助も顔を赤く染めていく。

「お、俺は、別に、なにも―――」

「いつまでそこに立ってるの?邪魔なんだけど」

平助の言葉を遮るように廊下から顔を出したのは沖田だった。広間への入り口を塞がれたからか、その表情は若干苛立っている。ちらりと広間へと視線を向けると、「まだ昼餉の準備できてなかったんだ」と小さく息を吐いた。

「い、今すぐ持ってきますね!」

沖田がいたのでは(恥ずかしくて)話が進められない。一旦この場は諦めることを決め、千鶴は勝手場へと戻っていく。
残された平助と沖田は、顔を見合すとお互いに微妙な表情を浮かべた。





今日の食卓はどこかおかしかった。
いつもは食事が始まると同時に、平助と永倉のおかず争奪戦も始まる。今日も先手必勝よろしく永倉が隣のお膳に箸を伸ばした。そして、いとも簡単に標的を掴んだ。この日に限っては平助は「ああ、うん」などと言葉少なげに反応し、やり返しても来ない。肩透かしを食らった永倉は、なんだか悪い気になって奪ったおかずを平助のお膳に戻した。


誰もが、平助の異変に気づいた。


そして幹部たちはもう1人、様子のおかしい人物に気づいていた。平助をチラチラ見ては眉間に皺を寄せる千鶴。いつもは周りに注意を払い、絶妙のタイミングでお茶やご飯のおかわりを気遣うものなのに。今日の千鶴は、箸と茶碗を持ったまま手付かずで、自分のことすらままなっていなかった。

「・・・・・・・・・おい、千鶴」

広間を包む微妙な空気を変えるべく、最初に口を開いたのは土方だった。

「何かあったんだろ、言ってみろ」

土方は、どうせまた大してもいないことを一人で抱えて困り果ててるんだろ、と面倒臭げに切り出した。その言葉に千鶴と、そして平助がビクンと肩を震わせたのを、幹部たちは見過ごすはずもなかった。
しかし、そんな風に思われてるとも知らない千鶴は、念のため念のため、と心の中で呟きながら、土方に問いかけた。

「あの、土方さんは先程、縁側に来られましたか?」

「いや、ずっと部屋にいたが。縁側に何かあるのか?」

「そーいや千鶴、さっきも俺らにそんなようなこと聞いたな。どうかしたのか?」

土方、そして原田にも追求される形になり、千鶴はうっ、と言葉に詰まる。すると平助が慌てた様子で会話に飛び込んできた。

「ひひひひ土方さんに左之さんも!それに千鶴も・・・!それ以上は突っ込まねぇ方がいいって!」

かなり不自然である。
土方が普段よりも深く眉間に皺を刻みながら「平助、何を知ってる?」と問うてみると、それまで食事を続けていた斎藤も箸を置いて平助を見据える。
平助と千鶴の間に着席している永倉も、両サイドの気まずい雰囲気に飲み込まれ、先程から箸の手が完全に止まっていた。

「し、知らねぇよ!俺はなんにも見てねぇ・・・!!」

そんなに動揺しておいてまだ言い逃れる気か、と言うのが広間にいる全員の感想だ。当事者である千鶴は、平助のその言葉に傷つき、大きな目に涙を溜める。

「ひ、ひど・・・平助君がそんな、責任逃れするなんて・・・・・・!」

今にも零れそうな涙。膝の上でギュウッと握った拳は、握りすぎて赤くなっていた。その拳に大きな手を重ね、原田は千鶴を落ち着かせるように頭を撫でる。

「泣くなよ千鶴。何されたんだ?言えるなら言ってみろ、大丈夫だから」

「雪村、俺たちはお前の味方だ」

千鶴の尋常ではない様子に土方、斎藤、原田は鋭い視線を平助に向ける。3人の殺気にアワアワする平助の隣で、なぜか永倉までアワアワしていた。

「わ、私あんなことされたの初めてで、すごく驚いて・・・ぐすんっ」

ついに千鶴の瞳から一滴が零れ落ちた。千鶴は、ただ悲しかった。寝ているときにあんなことをされたことよりも、そこから言い逃れてなかった事にしようとする平助の態度が。ここで一番気を許せる相手だっただけに。

「歯ぁ食いしばれ平助・・・・・・」

黒いオーラ全開の男たち3人が立ち上がった。原田は早くも脇刺に手を添えている。これは私闘ではない、粛清だ――。

「やっ、俺だって驚いたっての!でも不可抗力だろーよ!」

3人のヤバイ眼光に怯えながらも平助は無罪を訴える。ただし、隣にいた永倉を盾にしながら、だ。

「そんな・・・あれのどこが不可抗力なの!?」

「・・・黙れ平助」

永倉は永倉で、もう少し平助の話を聞いてやってもいいんじゃねぇかと思うが、平助によって盾にされている今、一番身の危険があるのは自分ではないかという考えに至り、修羅場時のような緊迫感に包まれていた。
正面からは鋭い殺気、隣からは千鶴の抗議の声が飛んでくるので、なんだか自分が今回の件の被告人のような錯覚に陥ってきて、落ち着け俺!と言い聞かせながら頭を振る。

このままではヤバイ、殺される。
そう直感した平助は、最後の悪足掻きよろしく、本当は黙っているつもりだったことを叫んだ。

「確かに見ちまったのは悪いけど!でも偶々通り掛かっただけで覗くつもりなんてなかったんだって!!」

(“見ちまった”・・・? “覗く”・・・・・・?)

千鶴は小首を傾げる。まるで、平助が当事者ではなく、目撃者のような言い振り。その疑問の答えは、次の瞬間、さらにボリュームアップした平助の口から飛び出した。


「あんなとこで接吻かましてるお前と総司がわりーじゃんかよ!」






シーン。






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