★いちねん経ったら(1/2)

Twitterのフォロワーさんたちの合作絵を元に書いたお話です。
所々の設定はその方々から頂いています。ご本人たちにお名前載せていいか聞き忘れたのでコソッと展示。

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『一年経ったら』
それが一年前に交わした、二人の約束だった。





総司が何の約束もなく教室にやってくることは、わりと良くある。
消しゴム貸してとか、お弁当ちょーだいとか、傘忘れちゃったとか。
そういう理由を付けて会いに来てくれることが千鶴は嬉しかった。だけど……。

「千鶴ちゃん、今日は何の日か覚えてる?」
「…………?」

ホームルームの最中の教室に勝手に入ってきていきなりこんな質問をされても困る。
担任の先生はなぜか遠巻きに半笑いで見ているし、千鶴の隣の席の男子は総司に椅子を奪われて申し訳なさそうに起立中だ。
今日は何かのイベントの日ではないし、お互いの誕生日でもない。
千鶴が視線をキョロキョロさせながら思い当たることはないかと考え込んでいると、総司が頬を膨らませた。

「思い出すまで今日は帰してあげないから」
「え、ちょっ、沖田先輩!?」

総司は不機嫌そうに千鶴の右手首と荷物を掴み、そのままズンズンと教室を出た。
途端、クラスメイトの女子たちがキャーキャーと大騒ぎをする声が後方から聞こえ、千鶴の頬は恥ずかしさで染まった。
……こういうことは、わりとある。
女子にからかわれたり担任に呆れられたりするまでがセットで、千鶴は今から翌日のことを考えると気が重くなった。

それにしてもさっきから何も喋ってくれない。

あのまま階段を下り、昇降口で靴に履き替えて、そして正門まで無言のまま辿り着いた。
怒ってるのかな? と不安に思いながら総司を見上げるも、表情は無でよくわからない。無表情という時点で怒っているのかもしれない。
でも、手の繋ぎ方はいつも通り優しいままだ。

「今日で丸一年なんだよ」

正門のレール上で総司は止まり、ぼそりと呟いた。
どうやら先ほどの問いのヒントらしい。
“丸一年”という言い方からするとやはり何かの記念日らしいが、丸一年を祝うほどの日でパッと思い浮かぶのは交際を始めた日……くらい?
だけど二人が付き合い始めてから現在までの年月は一年と一ヶ月。丸一年を祝うのなら先月だ。
もしかして総司が記念日を勘違いしているのだろうか。
だとしたら少しショックだ、と思いながら千鶴は気まずそうに言う。

「沖田先輩、あの……それは先月――」
「違う、それじゃない。だいたい一年のお祝いはちゃんとしたでしょ、たっぷりと」

千鶴の言わんとしたことを予め見透かしていたように総司は早々と否定し、後半はからかい口調を混ぜた声色で囁いた。
千鶴の顔が見る見るうちに赤くなる。

「は……はい、そうでし、た」
「忘れちゃうなんて酷いな。もしかして物足りなかった?」
「いっ、いえ! 全然、そんな……!!」

先月のお祝いの日の出来事が脳内を駆け巡り、千鶴は胸がきゅうっとなった。
顔が熱い。耳も首も熱い。思い出しただけでこんなに真っ赤になってしまうことが気恥ずかしくなり、千鶴は無意識に総司の手をぎゅっと握り締めた。
顔を上げることはできないけれど総司がくすくすと笑っている気配がして千鶴はますます下へと俯く。
すると総司が何か小声で言ったあと、正門を左に曲がった。

千鶴や総司は学校から東の方角に位置する駅を通学に利用している。正門をくぐると右に曲がるのがいつもの帰り道なのに、今日は反対方向だ。
そっちの方はあまり栄えていなくて行く場所なんてないのに……。
不思議に思いながら着いていった千鶴の脳裏に浮かぶのは、教室での言葉だ。

『思い出すまで今日は帰してあげないから』

あの台詞が本気だということを向かっていく方向が知らしめている。
千鶴は焦りながら今日が何の日かを真剣に考え始めた。
だって総司はそういうことを本当に実行するような男なのだ。
これまでも幾度となく総司に捕まって帰宅できない日があった。
父親は仕事柄 家にいることが少ないのでいつも何とかなっているが、過保護な兄を宥めるのにいつも大変な思いをしている。
今日……もしくは明日、帰宅した後に兄から言われる嫌味を想像すると、何がなんでも思い出さねばならないと冷や汗をかく。

「あ、あの……どちらに向かってるんですか?」
「ナイショ」
「……そうですか」

なんとかヒントを得ようとする千鶴だが、総司は自力で思い出してほしいのだろう、そっけなく答えた。
千鶴はほんのり頬を膨らまして、一年前の今頃に何が起きたかを考え込む。

――総司と付き合い始めて一ヶ月が経った頃だ。
告白は千鶴からした。と言うよりさせられた。
好きですと言わなきゃいけない雰囲気にさせられて、誘導尋問されて、あとはもう総司の望むままの展開だっただろう。
頭も胸もいっぱいの当時の千鶴はそんな総司の作戦に全く気づいておらず、「テンパって告白しちゃって付き合ってもらえることになった」という認識だった。
だからいざお付き合いを始めると遠慮や緊張が生まれ、それ以前のように上手く受け答えできなくなってしまった。
別れという言葉が脳裏をチラついて離れず、ギクシャクする。それを挽回しようとして空回って、さらにギクシャクする。
千鶴にとっては一番不安な時期だった。

考え込む千鶴の手を、総司が突然引いた。
引かれるままに千鶴は総司の胸に飛び込むかたちとなり、目を見開いて固まる。
こんな街中の歩道で……! と注意しようとするが、そのとき二人の横を自転車が通り過ぎる。
中学生だろうか、お揃いの学校ジャージを来た男女がキャッキャと笑い合いながら二人乗りをしていた。
狭い歩道を走るには些か不安定な運転っぷりで、総司は千鶴をさらに引き寄せ、中学生が通過するのをやり過ごす。

「さ、行こうか」

自転車が通り過ぎると、総司が再び歩き出す。
だが千鶴の目線はずっとあの中学生たちを追いかけていた。

「どうかした?」
「いえ、何だか自分たちもあんなだったのかなって思って……」

昔はよく薫とやったものだ、と懐かしむ千鶴。
父親に危ないと言われて以来、すっぱり止めてしまったけれど。
千鶴がそう話すと、総司の顔が不機嫌になる。

「僕といるときに他の男の話、しないでくれる」
「……兄ですよ?」
「でも男には変わりないから」
「だけど兄です!」

そんな細かいところまで地雷になってしまう総司に呆れながら、今度は千鶴が総司の手を引いて歩き出す。
いつも並んで歩くか総司に手を引かれて歩く千鶴は、この逆転した位置取りがなんだかおかしかった。
主導権を握ったような気分になって自然と笑みがこぼれる。
行き先など知らないが次の信号までは一本道だから問題はないはずだ。
だが信号に辿りつくよりも前に、また総司が千鶴の手を引いて止めた。
また自転車かと前後を確認するも誰もいない、来ない。
今度はなんだろうと見上げると、ちょっと拗ねた顔をした総司が千鶴の気持ちを探るように訊いた。

「……僕と二人乗り、したい?」
「でも今は条例が改正されたりしていて駄目なんですよね」

総司の期待に全く気づかず、真面目な答えを千鶴は返した。
現実問題、あれはNGだろう。お巡りさんがいたら注意される。パトカーに注意されている輩も見たことがある。
もし注意されたならば千鶴が気にして落ち込む。デートの雰囲気が悪くなる。そんなのは嫌だ。
だが、そんな現実的な答えを求めていたわけではない。

「条例とかそーゆーのナシ。僕とああやってイチャイチャしたいかどうかを訊いてるんだけど」

キッパリと質問の意図を明らかにする総司に、千鶴はボボッと赤くなった。

「え、えっと……」

千鶴も総司も徒歩通学なため、自転車でああいうことはしたためしがない。
お互い、自宅とバス停が近かったり最寄り駅が徒歩圏内にあったりするために普段の生活において自転車を必要としない。
だけど憧れはある。
――彼氏のこぐ自転車の後ろに乗って登下校する。夏は気持ちいい風を浴びるために速度を上げて、冬は寒さに震えながら速度を落として。たまに寄り道したりするのも良い。高校生の青春というかんじがする。

「……したい、です」

千鶴は総司の背中にピッタリ引っ付いている自分の姿を想像して、照れ恥ずかしげにする。
その答えに総司は今度こそ満足げな顔を浮かべ、言った。

「一年前も君はそう言ってくれたんだよ。自転車じゃないけどさ」




……あっ!




千鶴の脳裏にあのときの記憶がよみがえった。





つづく
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2012.03.02

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