★蝶々ひらり(1/5)

※千鶴が剣豪。色々とオリジナル色の強い話ですのでパロ苦手な方はご注意ください。









赤い着物、黄色の可愛い巾着を揺らしながら、千鶴は道を行き来する。
通り際に興味のそそる店をちらちらと見ては移動する。
そんな彼女にお嬢さん如何です? と声をかけたのは、髪飾り売りの行商。
地面に御座を敷いてそこに商品を広げている。
高価ではないことは一目でわかる、しかしつい手に取ってしまいたくなる品々が並んでいた。

「わぁ、可愛いですね」

千鶴は口元を両手で隠すようにして笑うと、嬉しそうにそちらへ駆け寄った。
商品が良く見えるようにしゃがみ込む。

「手に取ってもいいですか?」

艶々とした簪や櫛に千鶴が目を輝かせ、身を乗り出す。
行商はにこりと微笑み、どうぞと手振りで合図する。それと同時――

「作戦は今夜決行。君は仲間から武器を受け取るまでは与えられた役割を演じるんだ」

行商、いや、それに扮した山崎が千鶴にだけ辛うじて聞こえるほどの小声で囁いた。
千鶴はまばたきだけで頷くと、伸ばした手で商品をひとつ、掴む。
そして、山崎との不穏な会話など存在しなかったかのように明るい声で訊ねた。

「これは何でしょう?」
「そちらは西で流行っている一品でございます。宜しければ試しになってください」

山崎もまた行商の顔付きをして、客商売特有の笑みを深めた。

千鶴が手にしたのは、蝶々を模った髪飾り。
それを髪にスッと差し込むと、まるで飛んでるかのように蝶がふわふわと揺れた。
いま千鶴の着ている赤い着物には花柄があしらわれており、髪飾りとよく合っていた。


「千鶴、道の往来で何をしてるんだい」

少し離れたところから優しげな少し低い声が聞こえてきた。
名を呼ばれた千鶴は、振り返るとニコリと微笑む。

「旦那様! 見てください、似合いますか?」

髪飾りを見せ付けるように首を傾けてみると、蝶々は大きく揺れる。

「はははっ、ねだっているのか? そんなものよりも上等なものをこの間やっただろう」

困った奴だと笑いながら、如何にも金を持っていそうな品の良さそうな恰幅のいい男が近づいてくる。
千鶴は自身の髪に刺さっている金色の簪に手を当てながら、自分よりもいくらか背の高いその男を上目遣いした。
これはその男につい先日買い与えられた高価な代物、らしい。
――彼は今回の任務の標的だ。





***




千鶴が新選組に入隊したのは約一年前。
貧乏な家庭に生まれた千鶴は貧しいながらも惜しみない愛情を注いで育ててくれた父親が大好きで、幼い頃から父を守れるような存在になりたいと思っていた。
タダで教えてくれる近所の剣道教室に通うようになったのはそんな理由からだ。
父は反対しなかった。このご時世、父一人娘一人の生活には些か不安が付き纏うため、きっと千鶴に己の身は己で守れる程度の力を持って欲しかったのだろう。
年上の男の子たちに混ざっての稽古は千鶴をめきめきと上達させた。
人とは違う血が流れているのだ、普通の女子と比べれば元々の身体能力は優に勝っている。
教室の先生からも筋がいいと気に入られ、そのうち知り合いの道場を紹介してもらえるほどになり、千鶴の生活は剣道一色に染まっていった。

しかし、そうこうしているうちに父親を亡くし、天涯孤独になってしまう。
無情にも貧乏長屋をあっさり追い出され、帰る家もなく途方に暮れていたところ――――新選組の新隊士募集の知らせを聞き、飛びついたのだった。
全財産を男装のために叩いて、剣道教室や道場の先生の反対を押し切り、千鶴は京へとやってきた。
住む場所を確保できて、ご飯も出る。何より給金まで出る……!
自分の力で働いて稼いで生きていける。
父親が本来望んだかたちではないにしろ、剣術を習っていて本当に良かったとそのときの千鶴は思っていた。

千鶴のその甘い考えは、屯所に到着して十日後には既にガッタガタに打ち砕かれていた。
新隊士は大勢の相部屋にまとめて押し込まれ、ギュウギュウの中で雑魚寝。
もちろん千鶴は入れないが風呂は芋洗い状態だと聞き、せめて身体を拭こうにもその場所がない。
一人になれる場所など厠くらいしかなく、女の千鶴にとっては地獄絵図。
ある程度は覚悟の上だった。
剣の師匠にも散々忠告されたけど、きっとやっていけると思っていた。
でも想像以上の有様だった……。
早くも逃げ出したい気持ちに駆られたが、ここは縁も所縁もない京の地。
それに文無しだ。江戸に帰ることができるかさえ怪しい。
せめて最初の給金が出るまで耐えるしかない……?
いや、新人風情のたった一度の給金では、すぐに尽きて野たれ死ぬのが目に見えている。
そもそも逃亡したら切腹だ。遠目から一度だけしか見たことがないが、鬼と呼ばれる副長の恐ろしき姿を思い浮かべ、千鶴は身震いした。

「もう嫌になった?」

いびきだらけの部屋を抜け出して月を眺めていたところ、不意に後ろから楽しげな声がかかった。
千鶴がゆっくりと振り返ると、そこには一番組組長、沖田総司の姿。

「あ……こんばんは」
「こんばんは、千鶴ちゃん」




十日前、入隊の際まず行ったことは幹部の前での実力試し……手合わせだった。
慣れない長旅にみんな疲れきっていたが、そういう時だからこそ真の実力が発揮される。
すぐさま道場に集められ、幹部たち数人の前で、新入り同士が竹刀を構えて向かい合った。
他の流派の独特な剣技に目を奪われて、素人らしき人の剣法に不安になって、そしてようやく回ってきた千鶴の順番。
なぜかそのとき、見物していた幹部の沖田が「僕も混ざろうかな」と割り込んできたのだった。
彼の実力や稽古での荒さを知る者たちが一斉にざわついた。
何も知らない新入り一同は「幹部自ら……!?」と、如何にも非力そうな千鶴へ注目した。

「よろしくお願いします!」

千鶴はなぜこうなったかわからなかったが、とりあえず最初から評価を得る大きな機会を与えられたことに喜び、気張った声をあげて構えた。
剣の腕には自信があった。
教室では一番強かった。道場では師匠たちには敵わなかったものの、まあ、それなりに渡り合ってこれたとは思う。
だけどその認識自体が間違えだった。

速い。
身軽さや剣捌きの速度には自身があった千鶴だが、彼の動きについていくだけで精一杯だった。
そして重い。
道場で一番筋肉質だった力自慢の兄弟子が繰り出したような剣の重みが、一回りも二回りも細い彼の剣にはあった。
その手合わせは千鶴の防戦一方。受け流して、避けることしかできなかった。

「――――あっ!!」

沖田の放つ上段突きをスレスレでかわした千鶴は大きく体勢を崩し、次の一手で吹っ飛ばされた。
硬い壁への衝撃を覚悟してギュッと目を瞑ったが、いつまで経っても衝撃はこない。
何かがっちりしたものに受け止められていることに気づき、恐る恐る瞼を開くと……。

「ったく、新入りに怪我させる気か。ちったぁ手加減しろよ総司!」

二番組組長の永倉新八だった。
一番と二番の組長……。
さらにざわつく場内に気づいた千鶴は、慌てて体勢を整え、永倉から離れる。

「すみませんでした、ありがとうございます」
「いいってことよ。総司もわざとこっちに飛ばしたんだろうしな」

千鶴は一瞬、え? と首を傾げるもののその意図に気づく。
壁への衝突を回避するために受け止めてくれるであろう彼の方向へと飛ばしたのだろう。
永倉に再度礼をしてから千鶴は沖田のところまで戻り、頭を下げた。

「お相手、ありがとうございました!」

完敗だったことへの悔しさはなかった。
今までいた世界が実に狭いものだったと実感して、こんなにすごい人がいるんだと驚き胸を弾ませた。
千鶴がワクワクした気持ちを隠しきれない表情で顔を上げると、沖田の目がすぅっと細められ、琥珀色の瞳が薄っすらと光った。

「面白いね、君って。一番組に配属されたらよろしくね」
「一番組……」
「僕の組」
「……はあ、そう…なったらよろしくお願いします」

入隊初日に幹部と手合わせして気に入られた新米がいる! という評判はすぐに平隊士の間で広がった。
しかし千鶴には自分の何が『面白い』のかわからなかったし、まして配属されたのは別の隊だったため、沖田とはそれっきり接点を持たなかった。


そんな彼が今、千鶴の後ろにいる。
溜息をついている千鶴に向かって「もう嫌になった?」と十日ぶりに声をかけてきた。







つづく
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2012.01.05

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