★塞いだ両手(1/4)

手首を掴む力は強く温かい。揺れ動く翡翠の瞳に戸惑う。

「ねえ、千鶴ちゃん」

私を呼ぶ声があまりにも切なげで、それだけで心臓がひとつ跳ねる。

「は、はい……」

「好きだよ」

平静を装おうとした私の声は緊張で掠れてしまうけど、それを気にも留めず沖田さんは言った。
その愛の言葉は、これまでに何度も何度も耳にした。だけど一向に慣れなどやってこない。

沖田さんからは、いつもいつも幸せでとろけそうになるほどの沢山の“好き”を貰う。
私は彼に沢山与えられて、促されて、やっと一つ二つの“好き”しか返せない。
それでも沖田さんは嬉しいと笑ってくれる。私はそのときの笑顔がどうしようもなく好き。

だけど今日の沖田さんは、何かあったのか、早急に私の返事を求めた。

「君は? 僕のこと、嫌い?」

言葉を詰まらせた私を急かすように、沖田さんは私の顔を覗き込む。
栗色の柔らかな前髪が私の前髪に触れ、二人の距離の隔たりが少ないことを知らせる。

「き、嫌いなわけ、ないです」

「だったら聴かせて。君の言葉で」

嫌いなわけがない。どうにかなりそうなほど好きで好きで大好き。
でも今それを言葉にするのは、私にはこの上ないほどの試練。

「え、えと……その、あとで」

この場から逃げてしまおう。
私が咄嗟に思いついたのは最低にもそんなことで、立ち上がるために無意識で床に手をついたのだが、全てお見通しだったのか、沖田さんの手が自然な流れで私の手に重なり、動けなくなる。

「千鶴ちゃん」

ひんやりとした畳と骨ばった手のひらに挟まれて、私の左手は自由を失った。
右手も沖田さんに囚われたままで、このまま離さないでほしい。ずっと沖田さんの傍にいることが私の望みだから――

「で、でも」

それを言葉にするのは、恥ずかしい。
私の中にある全てを曝け出すようで、まだ、戸惑ってしまう。

「いま聴きたい。すぐに」

翡翠色の瞳が私を捉えて離さない。
言うしかない雰囲気に素直に飲み込まれるしか道は残されていないんだ。
そう思い込むしかなくて、私は顔中が赤くなるのを感じながら、必死で言葉を紡いだ。

「…………す、……き、です」

いつもより早急に要求されたその言葉を、私はいつもよりたどたどしく、言葉と言っていいのかすらわからない音で返した。
それなのに沖田さんは、私の想いを噛み締めるようにゆっくりと瞬きをして、微笑んでくれる。

「ありがとう。僕も君が好きだよ」

そう言うと沖田さんは両手の拘束を解く。
離れた温もりを寂しく思った瞬間、今度は抱き寄せられた。

「お、沖田さん!?」

耳にあたる髪の毛がくすぐったい。首筋にあたるのは頬なのだろうか、柔らかく温かい。
私が思わず仰け反ると、それを追うように沖田さんの肌が私の肌へと擦り寄ってきた。

「っ、沖田さん……!」

「ごめん、少しだけ」

嫌なわけではないから、謝らないでほしい。ただ恥ずかしいだけで……。
早くこの時間をやり過ごそうと身を任せてみたものの、うなじに吐息がかかれば身動ぎそうになり、そこに歯を立てられれば変な声が出そうになって、慌てて沖田さんの胸を押して距離を取ろうとした。
だけど――

「っ、逃げないで」

聞き逃しそうなほどの小さく掠れた声が耳朶を打ち、驚き動きを止めれば、またきつく拘束される。
やっぱり今日の沖田さんはどこかおかしい。私がいない間になにかあったのだろうか。
気持ちを探りたくて身体を反らし顔を覗き込んでみると、沖田さんの額と私の額がぶつかった。

「……っ」

視界が沖田さんだけになって顔に熱が集まっていく。
綺麗な翡翠の瞳の中に私の姿が映り込んでいて、沖田さんの視界も私だけになっていると思うと……。

「好きだよ」

私の心を知ってか知らずか、また甘い声で囁かれる。その瞳に強い輝きが一瞬燈り、さらに距離が縮まる。
沖田さんが何をしようとしているかに気付いて、咄嗟に口と口の間に手を挟んでそれを防いだ。

「だ、だめ、です」

「いつもしてるのに、今日は駄目なの?」

私の手の甲に沖田さんの唇が触れて、一瞬眉を顰められる。
ふ、触れたままで喋らないでほしい。
今日は駄目なの、なんて、どうしてそんな分かりきった質問をしてくるんだろう。

「意地悪、しないでください」

間近にある瞳を見ていられなくて顔をそむけようとすると、沖田さんは両手で私の両頬を包み込んで、また額を合わせた。

「手、どけて」

「っ、無理です」

どけたらどうなるかなんて分かっている。
確かにこれまで何度もしてきた。その行為は決して嫌いじゃない、むしろ嬉しい。だけど、駄目なものは駄目だし、無理なものは無理。
私の頑なな態度のせいで沖田さんは見る見るうちに不貞腐れていき、眉間に皺を刻んで睨みつけられた。

「どうして」

どうしてもこうしてもない。言わないと分かってくれないなんて沖田さんは意地悪すぎる。
私は熱を吐き出すように、口を開いた。

「みっ……」

「み?」








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2011.05.27

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