★ぽかぽか陽気




「あっれ〜、おかしいなぁ………あっ、島田さん!」

平助が誰かを捜すように辺りを見回していると、視界の端に島田を捉えた。何かを腕に抱え込んでいて、平助にはそれがすぐに甘味の何かだということがわかった。
島田は平助に気づくとにこやかな笑顔を向け、腕の中の紙袋をスッと前に差し出す。

「おひとつ、どうですか?」

ガサッと中身を見せられれば、いくつもの饅頭が入っているのがわかった。

「ありがと。でも千鶴にやったほうが喜ぶんじゃないかな」

あいつ甘いもの好きだし、と平助が言うと、島田も頷く。

「ええ、そう思ったのですが、取り込み中だったんで後にしようかと」

また掃除か洗濯でもやってんのか?こんなに気持ちいい陽気の日くらい千鶴ものんびりすればいいのになー、と平助は思いつつも、本題を思い出した。

「あのさ島田さん、総司見なかった?」

仕事のことでちょっとした用事があり、先ほどから探していたのだ。総司は今日、非番だから出掛けてさえいなければ屯所にいるはずなのだが、島田の思わぬ答えに平助は驚く。

「沖田さんでしたら雪村君と追い掛けっこしていましたよ」

「え?千鶴が取り込み中でもしかして・・・」

「ええ。はははっ、いつ見てもあの二人は仲が宜しいですね」

何かが違う気がしたけど、かなり違う気がしたけど、平助は遭えて何も突っ込まなかった。






平助は島田に言われた方向へと足を進め、中庭まで辿り着くと……縁側に腰を下ろす千鶴を見つけた。

「千鶴!」

平助の呼びかけに顔をあげた千鶴は、微笑みながら、人差し指を口元に当てて、しーっ、という仕草をした。
何だろう?と思いながら平助が近づいてみると、千鶴を後ろから抱え込むようにしている総司の姿があった。

「……何やってんだ総司。羨ま…じゃなくって、えっと」

「沖田さん、寝ちゃって……」

本当に寝てるのか?と疑いながら平助は総司の顔を覗き込んだ。
総司は千鶴の背中に体重をかけ、肩の辺りに頭を預け、くぅくぅと規則正しい寝息を立てている。

「そういや総司に追い掛け回されてたって聞いたけど・・・」

「うん、沖田さんが急に鬼ごっこがしたいって言い出して」

捕まっちゃったんだ、と笑う千鶴に平助は呆れた。
どうせ千鶴の承諾なしに用意ドンして、慌てふためく千鶴をにやにやしながら追いかけて……。
平助にはそんな総司の様子が暗に浮かんだのだが、そこからどうなれば今のような千鶴の微笑みに辿り着くのかがよく分からなかった。

千鶴のお腹には、まるで逃がさないと言わんばかりに総司の両手が回されている。その手の上には、千鶴の手がそっと重ねられていた。
時折千鶴は微笑みながらその大きな手を小さな手で撫でるものだから、平助はこれ以上ここにいて邪魔するのも悪い気がしてくる。

「じゃあさ、総司が起きたら俺が探してたってこと伝えてくれる?」

千鶴の返事を聞くと、平助はよろしくなーと言ってその場をあとにした。





青い青い空には、いくつもの白い雲が流れていった。
千鶴は京に来てから、あの色が好きになった。太陽の近い澄み切った青の色は、新選組隊士が風に靡かせる羽織の色に似ているから……。
千鶴は羽織姿の総司を思い浮かべると、まるで総司を好きになったと言ってしまったような気になって、ほんのり頬を赤く染めた。

さっき廊下で偶然会ったとき、総司に唐突に「鬼ごっこしよう」と言われたときはわけがわからなくて、「捕まったらお仕置きだよ」と脅された瞬間に走り出していた。
以前それで何度も痛い目にあってきた。大嫌いな昆虫を頭に乗せられたり、鬼副長の部屋からとある句集を持ち出すように命じられたり、他にも色々。
だから本気で逃げた。
追いかけているときの総司は楽しそうにケラケラ笑っているのに、時々千鶴がチラリと振り返ると目が据わっていて、それが恐ろしさを増長させる。散々逃げ回ったものの、勝負事はもちろんお遊びですら千鶴は総司に勝てた例はなく、今回もあっさり捕まってしまったのだ。

どんなお仕置きが待っているんだろうと覚悟を決めたものの、総司は千鶴を捕らえた形のまま眠ってしまった。これではお仕置きというよりも。

「ご褒美……だよね」

耳のすぐ近くで聞こえる総司の寝息を楽しみ、背中にかかる温もりに癒されて、手元にある大きな手へここぞとばかりに触れる。
これを遭えて、お仕置きと言うのなら…………。

「せっかく一緒にいられるのに」

どうせならお喋りしたり構ってくれるほうが嬉しい。これじゃあ退屈だなぁ、と千鶴は総司の指をいじいじと触る。

……でも沖田さん、最近いつもお仕事で忙しそうだったし、昨日も夜番で遅かったし。疲れてるなら一人でいたほうが休めるのに、私と一緒にいてくれて嬉しい。

千鶴は前向きにそう思うことにして、また空を見上げた。
今日はいい天気でぽかぽか陽気が気持ちよくて、後ろにいる総司も温かくて……。さっき走り回ったせいで疲れたのか、千鶴は大きなあくびをして、重たくなってきた瞼を閉じた。






「何してんだ、二人して」

あれから一刻程経った頃。
巡察帰りの左之と新八が中庭を通りかかり、目をぱちぱちと瞬かせた。

縁側で寝転ぶ総司と千鶴。それなら時々見る光景なのだが、今日は総司が後ろから千鶴を抱きかかえるようにしてゴロンと横たわっていたのだ。
千鶴は総司の片腕を枕にしていて、腰に回る総司の手には千鶴の両手が添えられていて……。

「お前ら、他の隊士に見られたらどうすんだよ」

新八が呆れた声を出すも、二人はすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。
普段から人目もはばからず仲の良い二人だが、子供がじゃれ合ってるような普段と、今とでは話が違う。

「ったく、総司はともかく千鶴まで……」

左之がそう言いながら汗で張り付いている千鶴の前髪を梳こうと手を伸ばした。すると突然。


ごろん。


総司は千鶴を抱えたまま寝返りをうった。

「…………」

左之と新八は顔を見合わせ、ほんの少し思案してから再び千鶴に手を伸ばすと……。


ごろりん。


今度は反対方向に寝返りをうち、千鶴の上に総司がのしかかるような体勢に変わる。
左之たちは思ったとおりの展開にぷぷっと吹き出すのだが、

「……うぅ……っ」

総司に潰されている千鶴が、苦しそうにうめき声をあげた。
小さな千鶴がデカイ総司の下敷きになってる姿は物悲しく、二人は慌てて総司を引き剥がそうとする。しかし近づこうとするだけで総司はごろんごろんと寝返りをうった。

「わっ、悪かったって総司。もう触ろうとしねぇから千鶴を潰すな!」

千鶴の安眠のためにも二人はそう言い残してその場を後にした。






気を取り直して、千鶴の首筋に顔をうずめた総司。
甘い匂いに満たされ、温かなぬくもりを感じる。遠くで鳴く小鳥の声を聞きながら、今ならきっと同じ夢を見ることができそうだ――そう思い、意識を手放そうとした。
しかし、また邪魔者の気配が近づいてくる。

「何をしている、総司」

斎藤が狸寝入りをしているであろう総司に向かって小さく問うた。見ればわかるが昼寝である。

「隊士たちがここを通ったらどう言い訳するつもりだ」

それはさっき左之や新八にも聞かれたことだ。
沈黙を貫くつもりらしい総司に、斎藤は溜息をついた。

「そろそろ冷えてくる。風邪を引くぞ」

小言ばかりではなんなので斎藤は心配の言葉をかけてみるのだが、総司は千鶴をギュウッと抱き締めるだけだった。

…こいつは、千鶴がいるから温かいなどと言うつもりなのか。千鶴まで風邪を引いたらどうするというんだ。いや、こいつが喜んで看病しそうだが。何とか言いくるめて起こさなくては……しかしどう言ったところで従うとは思えん。

斎藤が顔を顰めながら妙案がないかと思案すること暫し。中庭に微妙な空気が立ち込めた頃、思いついたとばかりに斎藤は口を開いた。

「千鶴の寝顔を他の奴に見られてもいいのか」

それだけ言ってその場を立ち去った斎藤は、中庭が見えなくなる頃、総司がむくりと起き上がる気配を感じて失笑した。


空を仰ぎ見る。
今日は本当にいい天気だ。日頃の喧騒を忘れられる穏やかな一時も悪くない、と斎藤が青空に向かって目を細めたとき――


「総司ぃぃぃぃ!てめぇどこ行きやがった!!」


色々とぶち壊しにする怒鳴り声が屯所に響き渡った。恐る恐る振り返った斎藤の目に映ったのは、やはりこの人で…。

「ふくちょ…」

「斎藤、総司を見なかったか」

見るからに苛立っている土方。その原因が総司であることはもはや恒例のこと。
斎藤は土方を落ち着かせながら、総司と千鶴が中庭の縁側にいたことと部屋に戻るように言ったことを話した。

「いや、総司の部屋はもぬけの殻だった。いないのをいいことに畳の下から天井裏まで探し回ったが見つからねぇ」

「? 何かお探しなら手伝いましょうか」

「いっ、いや、俺一人で大丈夫だ」




真剣な表情で協力を申し出た斎藤を残し、土方は勇み足で屯所を歩いていく。
千鶴と一緒だったなら千鶴の部屋にいる可能性が高い。そう踏んで、短く「入るぞ」とだけ告げると彼女の部屋の襖をスパーンと開けた。

そこにはやはり二人の姿があり、土方は息つく間もなく、

「総司、アレを勝手に持ち出すのは…――」

と、声を荒らげたのだが………。


部屋の真ん中に寄り添うようにして眠る千鶴と総司。
千鶴がぬくもりを求めて無意識に彷徨わせた手は総司の背中へと回り、総司は総司で千鶴に手を絡ませ足まで絡ませ、今まで見たことないような幸せそうな寝顔をさらしていた。


「……………」

一気に毒気の抜かれた土方は、嘆息しつつも陽が傾き始めたことを気にかけ、二人を起こさぬように引っ張り出した布団をかけてやった。

「まったく、これだからガキどもは・・・」

口元を緩めながら小さく愚痴り、なぜかこの部屋で発見した例の探し物を握り締め、土方はそっと部屋をあとにした。














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2011.05.06
アンケより『添い寝する2人を見守り隊士』でした。殺気立ってる方が1人いますが、それは当サイトの仕様です。
近藤さんと源さんとザキも出そうとしたけど幹部にだけ絞りました。島田さんが登場しているのはその名残。

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