★どうして逃げるの?(サンプル)


P82 / ¥600 / A5 / オンデマンド / 2012.6発行

幕末パロ 沖田→←千鶴 な両片想い擦れ違い系の話です。
暴力を連想させる単語が出てきます。妄想内なので実際にそんな目には合いませんが、苦手な方はご注意ください。
※サンプル用に一部改編しています。






総司から誘いがあったのは朝餉が終わったときのこと。
広間には他の皆もいたのだけれど、千鶴が食膳を片付けようと廊下へと三、四歩出たときだった。
総司も自分の食膳を片手に廊下へと出て、先を行く千鶴の袖を控えめに引っ張った。

「……一緒に遊びに行きたいな」

まるで内緒話をするみたいに耳元でこっそりと、独り言のように短い言葉をかけられ、千鶴は驚き振り返る。

「えっ……私と、ですか?」

総司は袖を掴んだまま、だけど千鶴から視線を僅かに逸らして小さく頷いた。
千鶴が総司のこういう態度を見るのは初めてだった。
こんなふうに誘われるのも、初めて。だから最初は何かあったのかと戸惑ってしまった。
彼は基本的に決められた仕事の範囲内でした千鶴を誘わない。
『誘わない』なんて言い方はまるで総司に非があるようでおこがましいが、それが千鶴にとってはほんのりと寂しかった。
例えば巡察。
これは機会があれば声をかけてくれる。
ただ前以ての約束ではなく、当日の出発前に千鶴が暇そうにしていたら、何となく「来る?」と言ってくれるだけだ。
同行させてもらえるかはその日にならないとわからない。
これが他の幹部だったら事前に「明日は着いてこいよ」等と誘ってくれる。
別に比べているわけではないが、きっと出発前に出くわさなかったら永遠に声はかけてもらえないんだと悲しくなってくる。

例えば非番の日。
こういう日に総司が声をかけることはまず無い。
わざわざ自分の自由な時間を千鶴に割く理由もないだろう。
しかし斎藤が刀の手入れ方法を教えてくれたり、平助と縁側でお喋りしたり、左之助が外に連れ出してくれたり、他の人はそういうことをしてくれる。

でも総司は無い。
きっと自分の中で線引きをしていて、仕事と私事をすっぱりと分けているのだろう。
それは悪いことではない。
別に、本当に、比べているわけではないが……時々、無性に構ってほしくなるときがあった。

「私と、沖田さんが…………?」

だからこの誘いに千鶴は大層驚いた。
まさかこんな日が来るとは思っていなくて、夢でも見ているのかと自分の手を抓ってみる。
……痛かった。
でも痛いからといって現実とも思えなくて、何かあるのではないかと考え込む。

「だからそう言ってるんだけど。嫌?」
「いっ、いえ、行きたいです! ……あっ、もしかして買い出しでしょうか?」

そこで千鶴が思いついたのは買い出し。
千鶴はこれまで何度も食材や客用の茶請けなどの買い物を頼まれていた。
こういうものは男よりも女子のほうが気が利いていいという近藤の言葉がきっかけで、以降何かと任されることになった。
あまり外に出る機会のない千鶴だから近藤が気遣ってくれたのだろう。
誰かに頼ってもらえるのはこんな状況下に置かれている千鶴にはとても有り難いことだった。
ついに総司からも頼られた……。
巡察以外で一緒に出掛けられるのが嬉しい。
お使いだとしても、二人で出掛けるなんて初めてだ。
千鶴が表情を和らげた直後、総司がムッとして眉間に皺を寄せた。

「遊びに、って言ったつもりだけど」
「は、はい……そう、でした」
「どこか行きたいところがあったら考えといて」

総司は素っ気無く言い放つと、千鶴を追い抜かして歩いていってしまった。
その場に残された千鶴は、総司を怒らせてしまったのかと不安になる。
でもそれよりも沸々と湧き上がるのは喜びで、いつの間にか弛んでいた頬に気づくと、キュッと引き締め、前を向いた。
一緒に行きたい場所は沢山ある。
一緒にしてみたいことも沢山あった。
色んなお店を一緒に回ってみたい。
千鶴自身が興味のない刀とかそういう武器を売っている場所でも、たぶん総司が一緒なら楽しそうだ。
日用品とか小物が売っているお店を雑談しながらただ見て歩くだけであっと言う間に時間が過ぎ去りそう。
総司は甘いものが好きらしいから、そういうものが売っているお店にも行ってみたい。
もっと好みのものを知りたいし、好きなものを堪能している様子を見てみたい。
でも人が多いところだと知り合いに出くわす確率が高くないだろうか。
せっかく二人きりで出掛けるのに途中から団体行動になったら残念すぎる。
かといって人が少ないところだと緊張して上手く喋られなくなりそう。
ボロを出さないように必死になるあまり、余計なことをしてしまいそうで……。
それを考え出したら切りがない。
千鶴の行きたい場所が総司の行きたい場所とは限らないし、千鶴が挙げた場所が総司にとって物凄く行きたくない場所だとしたら?
詰まらない思い出だけが彼に残るのではないだろうか。
つまりそれは「千鶴が詰まらない人間」という印象をただ残す結果となる、はずだ。

(……何これ、すごく難しい)

千鶴は頭を抱えた。
どうすれば総司にとって良い印象を与えられるのか、これをきっかけにまた誘って貰える展開に持ち込めるのか。
何も浮かばない。
いや、そんな打算的なことを考えてしまうからいけないのだろうか。
とにかく千鶴は考えに考えた。
考え抜いた結果、段々これは総司が自分に与えた「試練」なのではないかと思うようになる。
試練――つまり試されている。
総司に自分の程度が、度量が、その他諸々ありとあらゆることが推し量られているのだ。
なんて恐ろしい。
どうしてそんなことを?
千鶴は身震いしながらも、決断を下した。



(中略)



まずは朝の挨拶からだ。
そのあとに昨日のことを誠心誠意、謝罪させる。
床にオデコがぶつかるくらい深々と頭を下げて、皆――特に近藤へ「沖田さんは悪くない」と説明させて、他は……昨日の感想をちょっとだけ聞かせてくれたら、それで許してあげなくもない。
別に最後のはオマケだ。なくてもいい。
聞きたいわけでも気になるわけでも決してない。
ただ、言いたいなら言わせてあげてもいいかなっていう、その程度だ。
そんな総司の思惑など知らない千鶴は、総司を見上げながら不安げな声を出す。

「あ、あのっ……その……お、沖、……沖田さんっ」
「なに?」

挨拶待ちの総司に、千鶴は一人冷や汗をかきながら何度も深呼吸をしている。
だんだんと顔を赤くしていって、まばたきの回数が異様に多くなっていく。
そして酷く紅潮し、潤んだ瞳で総司を見詰めた。

「おはよう、ございます……っ!」
「…………うん、おはよう」

それだけで精一杯だったのか、千鶴はふるふると唇を震わせながら、ギュッと目を閉じて俯いた。
その仕草が、総司の心を擽った。
まるで昨日の余韻を引き摺っていますと言っているようなもののこの態度。
千鶴の全身から駄々漏れる緊張の色。それが、なんだか、もう――

(……かわいい)

挨拶もきちんとしてくれたことだし謝罪とかはもうどうでもいいかな、と総司は思い始めた。
別にあれくらいこれっぽっちも傷ついていないし、屁でもないし、むしろ慣れていない千鶴なら当然の行動かもしれないから寛大に許してあげてもいいかな、と思うようになる。
皆への誤解は自分で解けばいいし、っていうか千鶴を一人にしてしまったんだから誤解も何もないかな、と思い至り、そしてこれらを結論とした。

昨日のように千鶴の耳が赤い。
思わず手が伸びそうになるも、触れたらその熱が移ってきてしまいそうで躊躇う。
千鶴の身体は見た目からして細くてか弱そうだったが、抱き締めたら簡単に折れてしまいそうなほど華奢で驚いた。
ああいうのを体感してしまうと庇護欲が湧いてくる。

(また、抱き締めたいな)

唇も……これまではこうやってよく見る機会がなかったけど、形が良くて紅なんてつけてないのに鮮やかな色をしている。

「昨日……の、ことなんだけどさ」
「――っ、は、はい」

総司はやっぱり、昨日のことを聞きたくなってしまう。
こういうときにアレコレ聞くのは女々しいと思うが、途中であんなふうに逃げられたとあれば不安でしかない。
でもどうやって切り出せばいいのかわからなかった。
「逃げるほど嫌だった?」と聞けばいいのか。
いや、それでもし頷かれてしまったら傷心どころの騒ぎではない。
それに彼女の性格からすると本当に嫌だとしても頷くことなんてできないはずだ。
ならば質問の幅を広げて「どうだった?」とでも聞けばいいのか。
それだったら「嫌だった」と言えなくてもきっと上手いこと言葉を濁すことができるだろう。
いや、でも千鶴の性格からすると、もし「良かった」としたら上手く言えずに言葉を濁してしまうかもしれない。
どっちみち濁されるのならばこの質問の仕方は却下だ。
だったらもう単純に「良かった?」と聞けばいいんじゃないのか。
いくら千鶴だって頷くくらいはできるだろう。
きっと今以上に顔を真っ赤にさせて、何度も何度も頷くに違いない。
いや、でももし千鶴が抱いた感情が「良かった」以外だったらどうなるのだ?
なにせ千鶴はうぶだ。純朴で無垢で擦れていない。
そういう子が抱くのは驚きや戸惑いや恐怖心とかの方が大きいのではないだろうか。
ってことは「驚いた?」とか「怖かった?」って聞いたほうがいいのか?
いや、知りたいのはそんなことではない。では何を聞きたいのか。
そんなことは一つだけに決まっている。
だがそれを歯に衣着せず言ってしまっていいのか。それじゃあ露骨すぎる気がする。

――あーでもない、こーでもないと悶々悩み続けた総司は、考えることすら面倒になってそのとき思い付いたことをそのまま口にしてしまう。



(中略)



今振り返ればあれ事態が彼女の作戦だったように思える。
つまり総司がこの数日で暴走してしまったのは、全て千鶴に仕組まれたこと、というわけだ。

「だったらむしろ僕は被害者で、純情な心を弄ばれたと言っても過言じゃない」

散々煽るだけ煽っておいて、こっちが本気になった途端に逃げ出すなんて詐欺もいいところだ。
総司はぐしゃぐしゃになった小箱をベシッと畳に叩き付けた。

「つまり僕には千鶴ちゃんをとっ捕まえて復讐する権利だってある」

綱道のところに行きたいと言い張っても、屯所に戻りたくないと駄々を捏ねても、何が何でも見つけ出して連れて帰る。
勘違いさせられて辱められた分の責任を取らせて、盛り上がってしまったこの気持ちを全て受け止めさせて、傷つけられた分だけ癒してもらわないと納得がいかない。
千鶴にはその責務がある。
……そういう結論に辿り着くと、総司からふつふつと湧き出てくるのはやる気だけ。
なにせ逃げる千鶴を追いかけるのは楽しそうだ。
捕まえた後に弁明と謝罪をさせて、それを寛大な心で許してあげたら――すっごく良い雰囲気になって、さらに楽しい何かが始まると思う。
そこんところを想像するだけで心が弾んだ。

動揺のあまり頭のネジが緩んだのか、どこかの起動装置が切り替わってしまったのか、総司からは笑みが零れる。
そして今回の千鶴の行動についてを考察し直し、また笑みを深めた。
辿り着いた結論は――。

「あの子、僕をヤキモキさせたいだけなんじゃない?」

つまり、こういうことだ。
千鶴のことだから屯所を飛び出したのも見た目みたいに可愛い理由なのだろう。
そう、千鶴はきっと総司の気を引きたいだけなのだ。
突然急接近した二人の仲に戸惑い、疑心暗鬼になるのも無理はない。
だからこそ総司の気持ちが本物かどうかを試し、確かめようとしている。
いきなり態度を変えたり、消えてみせて、総司を振り回しているのはそんな理由だ。
ここで総司が動揺したり不貞腐れて一歩後ずされば、彼女の手の内で転がされているも同然。
そんなヘマを踏んでなるものか、と総司は固く決意する。
毅然とした態度で千鶴を迎えに行き、逃げたこともあっさり許してあげて、愛を確かめ合えば……きっと千鶴も安心して、総司の気持ちを信じてくれるに違いない。
これで全て丸く収まる。
そんな駆け引きをしてしまう千鶴も可愛いと思う。
本心が気になるなら素直に聞いてくれたらいくらでも答えるし、実演してみせる。
でも、聞けずに影でもじもじしている千鶴も千鶴らしくて、今回は屯所脱走などと大それた行動を起こしてしまったけど、愛ゆえの暴走なら笑って許してやれる。



(中略)



(っ! 沖田さん、わ、私を……やっぱり斬るつもり、なの……?)

独特の思考回路でなぜかその発想へと辿り着いた千鶴は、わなわなと嫌な音を立てて心を震わせた。
いや、だが総司を信じると決めた。
決めたからにはそんなことありえないと思いたい。
それに総司は「練習」と言った。
彼ほどの人間には千鶴を斬るなど容易いことで、練習する必要は何もないではないか。
こういうときは逆の発想に答えがあったりする。
……総司は加減が苦手だと聞いたことがある。
稽古場でもよく隊士たちを問答無用で叩きのめしていたし、街で騒動があれば相手をボッコボコにしてやり過ぎを咎められていた。
つまり総司は加減の練習をしようとしていたのだ。
千鶴をなるべく痛めないように、制裁を食らわすつもりなのだろう。
うん、それに違いない! 千鶴はなんとか自分が生還する筋書きを見つけ、大きく頷いた。

(でも私、どっちみち斬られちゃうんだ)

きっと総司がみんなを説得、交渉してくれて、千鶴の切腹(仮)を免れるように配慮してくれるのだろう。
でも無罪放免と言うわけにもいかない……ってことだ。
幸いにも千鶴は怪我の治りが早い体質。
加減してくれたら、たぶん辛いのは数日程度。命を取られるよりはマシだと、これくらい腹を括らねばなるまい。
だけど千鶴はやっぱり怖くて嫌だった。
危険な目には今まで何度も遭ってきたけど、お仕置きで斬られるという体験はしたことがない。
一体どんなふうにグサッとされるのか。ザシュッとやられるのか。
心構えの時間や、止血の準備とか、そういうのは……?
何もかもが未体験で、漠然とした不安だけが広がっていく。

千鶴はちらりと総司を見上げた。
彼は戦闘による負傷の経験がある。
こんなことを聞くのはおかしいかもしれないが、参考としてどうしても体験談を聞いてみたかった。聞かずにはいられなかった。

「あの……私、初めてなんです。やっぱり痛いですか?」
「――ゴホッ! ケホ……ッ。な、なに……いきなり」

突然総司がむせ、信じられないようなものを見る目つきへと変わった。
まずいことでも言ってしまったのかと顔を青くするが、即座に千鶴の顔色を伺い取った総司がコホンと咳払いし、その場を取り繕う。

「そんなこと自己申告しないでいいのに」
「ご、ごめんなさい。どうしても聞いておきたくて」

総司が呆れ笑いとも苦笑いともとれる表情を浮かべるものだから、千鶴はきゅっと口角に力を入れた。
やっぱり聞いてはいけないことだったのかもしれない。
新選組幹部を相手に「斬られたときって痛いんですか?」などと言う質問をぶつけるのは、確かに考えなしで浅はかだ。




こんなかんじで沖千がひたすら別々の方向に勘違いをこじらせていく話です(´ω`*)




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