★わずらって恋闇(サンプル)


P64 / ¥400 / A5 / オンデマンド / 2012.3発行

屯所パロで 沖田×千鶴 のお話。
屯所内恋愛をしています。
タイトルがあれですが労咳とかは一切出てきません。
(※前作「まどろんで恋闇」のその後の話です。)

※ネタバレ回避のためにサンプルですが一部カットしています。







重苦しい空気が広間を包む。今は主要な隊士たち――つまりは千鶴が女であることを知っている者たちが集まっての合議中だ。
千鶴が全員分のお茶を持ってやってきたところで土方が「よし、全員揃ったな。始めるぞ」と切り出したため、千鶴は自分も人数に入れられているのかと首を傾げた。
千鶴にとっては寂しいことなのだが、新選組において彼女の存在は決して「仲間」と呼べるものでも認められるものでもない。
重要な合議の際も広間への立ち入りが許されるようにはなったものの、基本的に「不要なことはあまり聞かないほうがいい」と言われていた。
全員にお茶を配り終えると、千鶴は総司の斜め後ろに座った。千鶴にとっては眺めのいい特等席だった。
土方が千鶴の着席を見届けた後、隣に座る近藤に話し合いを始めるための目配せをした。
「今日皆に集まってもらったのは総司と雪村君のことなんだが……」
近藤の切り出しに何も聞いていなかった総司は驚き、背後の千鶴に注いでいた意識を近藤へと向ける。
「僕と千鶴ちゃんの? 僕たちがどうかしましたか?」
「うむ、俺も詳しくは知らんので本人たちに聞こうじゃないか」
本人? と総司が首を傾げると、土方が該当する人物たちの名を挙げた。
「藤堂、永倉。おまえらが説明しろ」
千鶴は土方が彼らを苗字で呼んだことに気づき、心がざわついた。
試衛館時代からの付き合いである彼らが、時折、普段と仕事で呼び方を使い分けているようなことに何となく気づいていた。
つまり今回の話は仕事の話であり、それに千鶴と総司が関わっているらしい。
全く心当たりのない千鶴はゴクリと唾を飲み込み、膝に置いた手を強く握り締めた。
指名された平助と永倉は顔を見合わせ、どちらが言うのかの譲り合い……正しくは押し付け合いを表情だけで繰り広げ、広間にしばしの沈黙が流れる。
焦れた原田が隣にいた永倉の脇腹へドスッと肘鉄を喰らわせたことでようやく二人の押し付け合いに決着がついた。
「あー……じゃあ俺が言う」
痛みの走る脇腹を摩りながら、永倉が切り出した。千鶴は背中に緊張の汗がツーと伝うのを感じながら、広間を一度見回した。
順番にみんなの表情を窺い、平助へと視線を移したとき。目が合うなりサッと逸らされた。
そうだ、そもそも彼と永倉が今回の件を訴えた人物なのだ。当然平助は議題を知っている。
目を逸らされるほど気の重い事態が起きたというのかと千鶴は不安になり、彼ら発起人と仲の良い原田に縋るような視線を送る。
さっさと話し出さない永倉を呆れたように見ていた原田は、千鶴から注がれる視線に気づく。
不安げに周りをきょろきょろしている彼女に、原田はどうせくだらねーことだろうから安心しろとでも言うようににっこり笑顔を向けた。
「…………っ!」
本人は無自覚なのだろうが原田の色気たっぷりの笑みに千鶴は照れてしまい、慌てて俯く。なんだかあてられた気分だ。
そこへ、原田の視線の先を辿った総司が眉を寄せながら振り向き、なぜか顔を赤らめている千鶴を見つけた。
原田、千鶴を交互に見遣り、彼女が赤い理由を察すると――畳を叩いて千鶴の意識を自分に引かせる。

ダァン!

いきなり近くからした音に千鶴が顔を上げると、不機嫌そうな表情の総司と目が合う。
あれ? と思ったときには総司は千鶴から顔を逸らし、原田へと睨みを利かせていた。
「左之さんは油断も隙もありませんね」
「おいおい、この程度のことで何言ってんだ」
「僕の千鶴ちゃんに色目を使わないでくださいって言ってるんです。ほら千鶴ちゃん、こっちおいで」
おっまえ人前でいけしゃあしゃあと……とその場にいるほぼ全員が思わなくもなかったが、千鶴が絡んだときの総司のタチの悪さは身に染みている。
だれもそれ以上はツッコミを入れようとはせず、真っ赤な千鶴が大人しく総司の隣に座るのを待った。
「なんだ、その……二人が恋仲なのは重々承知だ、俺たちも応援したしな」
出鼻をくじかれた気分で永倉が話を切り出した。




(中略)




恋仲になってから何も起きないまま二ヶ月が経過した頃。
おやすみなさいと声を掛け合って衝立を隔てた別々の布団に潜り込んだ直後、総司は突如ハッとした。
こんな清すぎる関係をいつまで続けるのか、と。
千鶴のことだ、恐らく放っておけば一生このままということも無きにしもあらず。
そーいうのナイから、絶対有り得ないから! と総司は己の幸せ未来設計の計画をザッと洗い直しつつ、あまりの恐怖に布団の中で打ち震えた。
そして辿りついた結論がこれだ。

――慎ましやかな千鶴は色恋沙汰の行動を女の自分から発信することが下品だと思っているのだろう。
それは一ヶ月前の発言からも見て取れる。
だから「今日はいいよね?」等という確認作業を行ったとしても彼女は首を横に振るしかない。
縦に振ればまた「はしたない」と言って自分を卑下するはずだ。そう、例え「今日は大丈夫です」と思っていたとしても、だ。
いや、例え話などではない、たぶん、恐らく、きっと、確実に千鶴は「今日は大丈夫です」と思っているのだろう。
つまり千鶴は待っているのだ、総司が行動を起こすのを。
そんな本音に気づかずに今まで不躾な質問を続けてきてしまったことを総司は大いに反省する。
あの恥ずかしげに首を横に振る仕草は俗に言う「嫌よ嫌よも何とやら」だ。

考え出したらそうとしか思えなくなった総司は、逸る気持ちを抑えながらも夜襲の準備を整える。
声をかけてから行くべきか、声をかけずに行くべきか。前者ならば何と声をかけるべきか。
待たせてごめんね? ……「ずっと待っていました」と瞳を潤ませて喜ぶ千鶴の姿が浮かんで、総司は顔をデレデレに緩めた。
では後者ならばどうなるか。無言のまま事が始まって一心不乱に着いてこようとする千鶴の姿が思い浮かび、総司は布団に顔を押し付けながら悶絶した。
どっちも可愛い、捨てがたい……と布団の中でひとしきりゴロゴロジタバタした総司は、自分を落ち着かせるために小さく息を吸うと早速行動を開始した。
千鶴により感激してもらうためにもここは隠密行動に徹しよう。
彼女が気配に気づく頃にガバッと抱き着いて、(布団の中での)感動の再会。それを経てイチャイチャ開始だ。
そんなことを考えながら両手両足を床につき、はいはいの姿勢で衝立を迂回する。
今現在の彼が冷静なのか血迷っているのかと問われたならば、ただのアホだとしか答えようがない。
恐らく総司も今の自身を客観的に見れば呆れて物も言えなくなるだろうが、この浮かれ男に「客観」という文字は今現在は存在しない。
待ちに待った千鶴の寝姿が視界に飛び込んできた瞬間、総司は彼女目掛けて身を投げた。




(中略)




「わ、私……求婚された、みたいなんです」
「……は?」
千鶴の言葉に総司は頭の中が一瞬真っ白になった。
ヤツの狙いがそういうことだとは踏んでいた。それは千鶴が可愛いのだ、仕方ないことやもしれぬ。
だが、もう既に求婚済みとは一体どういうことなのか。
千鶴と風間が会ったのは池田屋以来のはず。二度目でいきなり結婚の話を出すなんてどれだけ気が早い男なんだ。
総司が信じられないといった表情で固まっていると、千鶴が慌てて言い直した。
「あのっ、たぶん……そういうことだと思うんです」
千鶴は総司の様子を見ながら心臓をバクバクさせた。
直接的なことを言われたわけではないが、彼ら三人の言い草から察するに恐らくこういう内容の申し出だったと千鶴は解釈していた。
でも……よくよく考えると自分で何を言っているんだと恥ずかしくなってきて、千鶴は顔を真っ赤に染めていった。
「……なんて答えたの?」
総司の中にいつものようにドロドロとした苛立ちと妬みの感情が湧き出てくる。
そういう話をわざわざ恋人である自分になぜしてくるのか意味がわからないし、それに対してどう答えればいいのかも考えがつかなかった。
ただわかることは、千鶴が顔を赤らめていることだけ。
きっと風間からされた求婚を思い返して照れているのだろう。
どれだけ彼女を喜ばすような台詞を吐いたんだアイツ……と空いている方の拳をきつく握り締めた。
「あ……まだ、答えてませんでした」
総司に指摘されて千鶴はそれにやっと気づく。
明確に結婚について言われたわけではないが風間は同意など必要ないとかなり自信満々の様子だった。
もちろん千鶴は総司以外考えられるわけもないので断るつもりでいた。
だけどあの時はそれよりも先に皆が助けに来てくれたのだ。
もしも次があったらきちんと断らなければと考えていると、いつの間にか自分たちの部屋の前に到着していた。
今日は眠りにつくまでずっとお喋りをしていたいなぁ、と千鶴が総司に甘えたがっていることなど露ほども知らず、総司は目を細めながら襖を開けて千鶴を部屋の中へと放り込む。
そして手早く襖を閉めるや、無言のまま千鶴を壁際へと押し付けた。
「っ、沖田さん……?」
強引なその行動に千鶴が驚いているのを無視して総司は千鶴に自分の身体をも押し付け、きつく抱き締める。
このままくっ付いてしまいたいという様に圧をかけていると千鶴が苦しそうに息を吸う音が聞こえて、総司はようやく力を緩めた。
苦しめたいわけではない。逃がしたくないだけだ。





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