★その花は枯れない2(サンプル)
P72 / ¥500 / R18 / A5 / オンデマ / 2016.11発行
社会人パロの沖田×千鶴。
※続きものの2冊目です。この本だけでは完結しません。
総司からプロポーズされた千鶴が行方をくらます。
千鶴を捜すうちに彼女の抱える事情に触れてゆき……。
※文字サンプルは一部改変したり、ウェブでも読みやすいように改行を増やしています※
★画像サンプルはお手数ですがこちら(Pixiv)をご覧ください。
※頒布終了したものは公開終了しています。
心の中がどろどろに醜くなっていくのがわかって、嫌悪感でいっぱいだった。
現状で十分に満たされるべき贅沢を味わっているのに、どうしてこれ以上の幸せを求めてしまうのだろうか。
欲求は際限なく溢れ出る。
こんな感情を抱く権利なんて、とうの昔に放棄したはずじゃないか。
涙を必死に堪えると、千鶴は自分の家とは違う方向へと進んでいた。
総司のマンション。
何かに脅える必要もなく、ひどく落ち着ける場所。
好きな人の家だからという理由でしかないけれど、それでも千鶴にとってはどこよりも安心できる空間だった。
初めて招かれたときはドキドキして、それがすぐに恐怖心へと変わった。
次に招かれたときもドキドキしていて、だけど嬉しい一時を過ごすことができた。
自由に出入りをしていいと言われていたものの、ここへ無断で足を踏み入れるのは今夜が初めてだ。
なぜ無許可でここへ来てしまったのか。
その理由はいくつもあるけれど、理性的になれなかったことが大きな割合を占める。
家主不在の家に上がると、コートも脱がずに真っ直ぐに寝室へと向かう。
ベッドに倒れて枕に顔を埋めた。
「沖田さん…………」
その名を呼ぶも、返事など当然くるはずもない。
……ここしばらく総司はずっと忙しそうにしていて、会える機会は激減していた。
仕事を優先してほしいし、連絡自体は頻繁にくれる。だから寂しくなんてない。
――そう思っていたはずなのに、あんな場面を目撃してしまったせいで、足元が崩れたかのような心境でいる。
今夜は久しぶりのデートだったのに、直前でキャンセルされてしまっていた。
心待ちにしていただけに残念な気持ちが大きくて、真っ直ぐ自宅に帰る気になれなかったのがいけなかった。
いつもの駅では下りずに、普段は行かない先まで足を伸ばした。
目的もなくフラフラと歩いて、一人で夕食を取って、そろそろ帰ろうとしたときだった。
見てしまったのだ。
仕事で会えないと言っていたはずの総司が、女と親しげに歩いているのを。
見間違えるはずもない。目の前が真っ暗になって、うまく呼吸ができない。
浮かぶのは嫌な予感ばかりで、その場にへたり込んでしまいそうになる。総司への疑惑に動揺して、そして動揺している自分にもさらに動揺した。
「最近会えなかったのは……あの人といたから?」
新しい恋人なのだろうか。二股なんてかけないでほしい。
「どうして言ってくれないの?」
まだ恋人というわけではないのだろうか。良い雰囲気でデートを繰り返しているだけで、ギリギリ一線は超えていない状態なのだろうか。
でも、だからと言って……千鶴からしてみれば浮気に変わりない。
千鶴とのデートよりも他の女性を優先しているのであれば、もう総司の気持ちは千鶴から離れてしまっているのだから。
「そんなの嫌……そんなこと、沖田さんに限って……」
思い浮かぶマイナス思考を必死に否定する。
千鶴の知っている総司は不誠実な人ではない。いつだって千鶴のことを考えてくれて、合せてくれている。
男の人が怖くて堪らない千鶴は子供染みた付き合いしかできないでいるのに、我慢してくれて、待ってくれている。
そんな優しい人が影でコソコソとするはずがない。
「でも……」
我慢するのが嫌になってしまったのかもしれない。待つのが、もう嫌なのかもしれない。
いつまでも総司の優しさに甘えて前に進もうとしないから。飽きられてしまったのかもしれない。
千鶴は現状でとても幸せだった。
手を繋いでデートして、いっぱいキスをして、時々触れ合い、同じ布団で並んで眠ることもある。――そういう関係で満足していた。ずっとこのままでいいと思っていた。
でもきっと総司は違う。
男の人だから、寸止めばかりされて辛かったに違いない。千鶴が考えている以上に我慢を強いてしまっていたのだろう。
「…………っ、でも…………」
思考がぐちゃぐちゃになって纏まらない。
今夜総司の家に来てしまったのは、あれがただの見間違いだと証明したかっただけなのかもしれない。
でも、いない。まだ帰ってきていない。
総司の枕を抱き締め続けて、顔を埋める。
早く帰ってきてほしい。抱き締めて安心させてほしい。
そうやってどれくらいの時間をべそべそと蹲っていただろうか。ふと、玄関の開閉する音がした。
反射的に起き上った千鶴が、その瞬間に自分の失態に気付く。
もしも仮に総司があの女性と浮気しているのなら、あのままここへ連れ帰ってくる可能性がある。千鶴がここにいたのでは鉢合わせて、修羅場になってしまうのではないだろうか。
なるべく早いうちにそうなったほうが傷は浅くて済む。
だけど千鶴にはまだ心の準備ができていなくて、慌てて布団の中に潜り込んで隠れた。……そんなことをしても無駄なのに。
そもそも玄関には千鶴の脱いだブーツがある。その時点で女同伴なら「あれ?」となるはずだ。手遅れすぎる。何も話声が聞こえないということは、恐れていたようなことはないはずだが……。
総司一人で帰宅したというのなら、靴に気付いた途端に千鶴を探して駆け寄ってきてくれそうなものだ。それがないという事態に、千鶴の不安は膨らんでいった。
「…………私から出ていった方が、いいよね?」
どちらにしろ隠れているところを見つかるよりは、自ら姿を見せたほうがいいだろう。
そう判断した千鶴は、目元をごしごしと拭って、立ち上がった。
なるようにしかならないのだったら、できるだけ早めに手を打って解決させてしまいたいのだ。
だけどこの件は、千鶴にとっては予想外の結末を迎える。
「総司が戻ってきたら次の仕事の指示を出してくれ。頼んだぞ斎藤」
恐る恐るドアを開けて玄関を見てみると、スーツを着た見覚えのない男性が丁度電話を切ったところだった。それと同時に、その男と千鶴の目が合う。
「ど、どちら様でしょうか?」
千鶴はきちんと施錠したはずだから、彼もまたこの家の合鍵を持っているのだろう。総司の名前を口にしていたことから、知人ということが窺える。
ほんの少しの警戒心を持って彼へと問いかけた千鶴だったが、返ってきたのは鋭い眼差しだった。
「てめぇこそどこのどいつだ。人様んちに勝手にあがりこんで」
「わっ私は、沖田さんの許可を得て……」
不法侵入の疑いをかけられそうになって慌てる。
(中略)
外の階段からドタドタと登ってくる音が聞こえ、勢いよく事務所のドアが開いた。
奥のソファに寝転んでいた総司は、入ってきたのが永倉だと確認するやまた目を閉じる。しかし――
「おっ総司じゃねぇか! 婚約したんだっけ? おめでとさん」
触れてほしくない話題を大声で吹っかけられた。それどころか――
「ばっ馬鹿新八っつぁん! 相手の女に逃げられたんだってば!」
デスクでゲームをしていた平助が慌ててツッコミを入れる。永倉に負けないくらいの大声で、わざとかってくらいに傷を抉るような発言だ。
雑音を遠ざけるように、総司はソファに蹲った。
「てか総司のやつはなんでここに来てんだよ」
ヒソヒソ声で、永倉が眉間を寄せる。
この一年の総司は、本業・副業・千鶴という過密スケジュールをこなしていたため、事務所には必要最低限しか寄り付かなかった。
フラれた途端に居座られても扱いに困るというのが永倉の本音なのだろう。
苦笑いを浮かべた原田が気遣うように言った。
「家に一人でいるのが辛いんだろ? それくらいわかってやれよ」
「いやーでも不機嫌じゃん? 空気悪くなるしさー」
平助がソファを占領している総司をちらりと見て、肩を竦めた。
来客用の黒張りのソファにだらしなく蹲る図体のデカい男――が、連日のようにやってくるのなら職場の空気が悪くなるのも仕方がない。
事務所の一角に集まって総司を観察する三人は、言いたい放題に続ける。
「つーか逃げるってよっぽど結婚したくなかったんだな」
断る・別れるという選択肢よりも逃亡を選ぶなど、余程のことだと想像できる。
「しかも婚約指輪を持ち逃げだろ?」
千鶴が残していった荷物の中に指輪はなかった。
あれは彼女にプレゼントしたものだから返されても困るが、持っていかれたままだと気持ちがざわつく。
「でも数百万の手切れ金をぽーんって置いてったんだろ」
貧乏暮らしをしながらコツコツと溜めたであろう財産を、千鶴は置いていったのだ。
何もかも投げ出して失踪するのならお金なんて尚のこと必要だろうに、「迷惑料」と言って押しつけられたんだ。しかも、彼女の残りの給料まで総司に渡されることになっていた。
「マジかよ……男のプライド、ズッタズタだな」
千鶴にはそれくらいしか誠意を見せる方法がなかったのだろう。
だからこそより心配なんだ。
身元を偽っている千鶴がすぐに真っ当な仕事にありつけるとは思えない。
手持ち資金が底を尽きかけた時、身体を売るような道へ進んでしまわないか不安で堪らなかった。
途切れ途切れに入手した情報から、総司を見守る面々。
逃げられたと聞いたときは失笑してしまった者たちも、詳細を知るにつれ気の毒で笑えなくなってくる。
恋愛や結婚から一番程遠いと思われていた男が浮かれまくりで婚約報告をしてきたというのに、たった一週間で逃げられ、こうも落ち込んでいるのだ。
逃げられるにしても早い内で良かったじゃないかと言うべきか。
例えば招待客をわんさか呼んだ披露宴当日に逃げられたのでは……目も当てられない惨状だ。
もしくは、たった一週間で逃げるなら最初から断れば良かったじゃないかと憤るべきか。
そうすればプロポーズ失敗で傷を負うものの、上げてから落とされるよりは軽傷で済んだはずだ。
考えれば考えるほどに、こっちの方がマシだったとか、ああしてくれた方が良かったとか、そういう恨み辛みが湧き上がる。
けれど総司が今望んでいることはそんなことではなかった。
おもむろにムクリと起き上がれば、噂話を繰り広げていた三人がビクッと身構える。
それを尻目に、総司はゴソゴソと携帯電話を取り出し、操作した。
直後、事務所の電話が鳴る。
デスクで黙々と仕事に打ち込んでいた斎藤が一瞬だけ総司へと視線を移した後、電話を取った。
「お電話ありがとうございます。調査会社オフィスSです」
真顔で定型文を唱えた斎藤に、総司がだらりとしながら訊ねる。
「仕事の依頼をしたいんだけど社割ってあるんだっけ?」
まさかの申し出に周囲が沈黙する中、斎藤の視線はスッと土方へと伸びた。
仕事に打ち込むふりをしながら会話に耳を澄ませていた土方は、厄介事を振られたがごとく眉間に皺を寄せる。そして、面倒臭げに溜息を吐いた。
「うちは調査会社だ。結婚詐欺を訴えてぇんなら警察に行け」
こんな感じの話です(´∀`*)
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