★こばまれて恋闇(サンプル)


P96 / ¥700 / R18 / A5 / オンデマ / 2015.12発行

屯所パロの沖田×千鶴。
恋闇シリーズ「とらわれて恋闇」「みたされて恋闇」の続きにあたる話。
ようやく千鶴と結ばれて幸せいっぱいの日々を送る総司だったが、ある日とんでもない宣言をされてしまう。

※文字サンプルは一部改変したり、ウェブでも読みやすいように改行を増やしています※






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白く透き通った肌は、総司だけが見ることのできる領域だ。
そのどうしようもない権利を手に入れた唯一の人物が己であることに、優越感以上の感情が湧き上がって止まない。
たくし上げられた袴と緩められた衿元。
どこもかしこも真っ白だけど、彼女の頬や耳はいつもよりも随分と赤みを帯びていた。

「そっ、総司さん……確認するだけって言ってたのに」

千鶴が非難の声をあげる。だけど本当に嫌がっているわけではないらしく、抵抗の色はない。

「ちゃんと確認してるよ? 隅々まで」

総司がくすりと笑いを零しながら、両手で千鶴の身体を撫で回した。
数々の困難を乗り越えた二人の間にはもはや壁なんてものは存在せず、ただ甘い空気だけが広がっている。
もうすぐ時間だというのに、もう少しここでお互いの気持ちを確かめ合っていたいような、そんな気持ちまで膨れ上がってしまう。
総司の手が千鶴を労わるように優しく優しく、太腿へ、その内側へと移動していく。
だけど――
「駄目ですっ、もう……終わりですっ!」

これ以上進んだらすぐには終わらなくなることを察知したのか、千鶴がバッと総司の手を弾いて、乱れた衣類を整え始める。
総司にとってそれは物凄く詰まらないことだったけれど、これ以上進んだとしても時間がなくて中途半端なところで終わることが目に見えていた。
きっと千鶴はそれが辛いのだろう。
不完全に熱を灯されるのは耐え難かったというわけだ。
だから咄嗟に抵抗したに違いない。
それは総司も同じだ。
だから今日のところは身を引くことにした。

「ちぇっ。わかったよ。じゃあ念のためコレを……」

ちょっとばかり悔しさが滲み出るのは仕方ないことだ。
総司は頬を膨らましつつ、用意していた包帯へと手を伸ばす。

――先日の誘拐事件で脚を負傷した千鶴だが、体質のおかげですぐに傷跡も残さず完治していた。
他の隊士たちには「そこまで深い傷ではなかった」と誤魔化しているものの、刀傷がこんなに早く消えるわけもない。
着物を着て足袋を履いてしまえば、ほぼ見えることのない場所だ。
だけど念には念を入れ、他人がいるときは脚に包帯を巻くことにしていた。
もちろん包帯を巻くのも解くのも、総司の仕事であり、特権でもある。

「……きつくない?」

きゅっと結び終えると、千鶴の顔を覗き込む。
すると千鶴が少しドキマキした様子で、視線を逸らした。

「平気です。いつもありがとうございます」

わかりやすい態度が可愛い。

「ううん。僕がやらせてもらっているだけだし……」

千鶴の膝小僧に唇を寄せ、ちゅっと音を立てる。
擽ったそうに身じろがれて、また空気に色がつく。
時間なんてどうでも良くて、ただ二人だけの今を大事にしたかった。だけど――
「ゴホッゴホン。えー……二人とも、そろそろいいか?」

「総司さんっ、もう、時間……」

口ではそんなことを言ってるくせに、千鶴はきゅっと目を閉じ、総司の温もりをより強く感じようとしている。

突然降って湧いた第三者――永倉の声に、千鶴がびくんと肩を揺らす。

「なっ、永倉さん! いつからそこにっ!?」

剥き出しになっていた膝を慌てて隠しながら、総司の影に隠れる千鶴。
総司はそれをにっこりと見詰めつつ、庭先で立ち尽くしている永倉へ礼を言った。

「お迎えありがとうございます、新八さん」

どうやら彼は膝チューあたりに訪問したらしいのだが、総司はともかく千鶴は全く気付いていなかった。
せっかく迎えに来たのに初っ端から二人のイチャイチャを目の当たりにして、永倉の表情は若干引き攣っている。

「それじゃあ行こうか。千鶴、お手をどうぞ」

けれどそれに構うことなく、総司はごく自然に千鶴へ草履を履かせると、手を差し伸べた。

「はい、総司さん……っ」

千鶴もまたごく自然に総司に手を添え、立ち上がる。
早くも食傷気味になった永倉だが、そんな二人のやりとりに何か違和感を覚え、首を傾げた。



( 中 略 )


彼女が去っていった方へと足を進める。
まだまだ許す気にはなれないが、一人べそべそと泣いていたら、ちょっとくらいはこの胸を貸して甘えさせてあげてもいいと思っている。
けれど総司はすぐに眉間に皺を寄せた。
千鶴が進んだ方向にあったのが、よりによって土方の部屋だったからだ。
きょろきょろと辺りを見回してみるも、千鶴の姿は見当たらない。
ってことは土方の部屋に入っていった可能性が高い。
まさか本当に浮気なのかと焦るような気持ちで――障子に耳を付け、室内の様子を窺った。
傷付いた彼女が土方のあの手この手に堕ちてしまったら、堪ったもんじゃない。
けれど聞こえてきたのは、哀しげな泣き声だった。

「ぐすんっ、ふぇぇ……総司さんに、嫌われちゃったんですっ……ひっく……」

続いて、ぐったりしたような項垂れ声が聞こえてくる。

「いや、だから……あのなぁ雪村……」

…………どうやら千鶴は、あの鬼の副長相手にお悩み相談をしているらしい。

「どうすれば、仲直っ……ううぅ……」

総司は耳をぺったりくっ付けながら、感動した。
ああやって喧嘩するのはよくあることなのだが、千鶴がこんなふうにベソベソ泣いて、土方へ総司への想いを吐露しているなんて……嬉しくて堪らない。
しかしながら、問題は相談した相手――土方だった。

「おまえは小せぇことまで気にしすぎだ。総司なんて無視しろ」

それは総司が望む助言とは真逆のものだった。普通ならば「総司の言うとおりだ。
もっとイチャイチャしろ」というのが円満の秘訣だろうに。
総司は身体をわなわな震わせながら、部屋に突入したくなるのを必死で我慢する。
その後も二人は何かを小さな声で話し、しばらくすると涙を止めた千鶴が部屋から出てきた。
総司は柱の影にサッと隠れ、千鶴が通っていくのをやり過ごす。
仲直りしたいと言っていた千鶴が、土方の言うとおりの行動に出るとは思えない。
けれど、藁にも縋る思いで相談しに行った千鶴が、洗脳されたかの如く土方の意のままに行動してしまう可能性だって高い。
不安と疑心を膨らませながら、総司はフラフラと歩く千鶴のあとを追いかけた。
すると彼女は、縁側で刀の手入れをしている斎藤のもとで足を止める。

「斎藤さん、隣に座ってもいいですか?」

千鶴は斎藤の返事を待たずに隣に座ると、そわそわした様子で足をぱたぱたさせた。
可愛い。
子犬みたいで可愛い。
総司は物陰からじっとりと眺めて頬を緩める。
けれど千鶴はそのまま足をぱたぱたさせるだけで、何も切り出さなかった。
ただ隣に座って、時折、気付いてほしそうに斎藤をチラッと見ては、目を逸らした。
そんな態度に痺れを切らしたのか、空気を読んだ斎藤が話題を振ってくれる。

「……何か用か?」

すると千鶴は、待ってましたとばかりに、先程土方に相談したことを打ち明けた。
そして……

「――と土方さんに言われたんです。どう思いますか?」

相談結果の相談をし始めた。
つまり千鶴は土方の助言には納得できず、もっと別の良案を誰かに出してもらいたかったのだろう。
そう、彼女が望んでいるのは、総司を無視するという姑息な方法などではなく、総司とイチャイチャ仲良くできる方法なのだ。
だがしかし、聞いた相手が悪かった。

「副長の仰ることは正しい。むしろあんたから距離を置けば、総司も反省するだろう」

それは総司が望む助言とは、やっぱり真逆のものだった。
しかも無視に加えて距離を置けとまで言い出す始末。
総司は身体をわなわな震わせながら、背後から襲撃したくなるのを必死で我慢する。
すると千鶴がすくりと立ち上がり、斎藤に相談の礼をすると、またスタスタと歩き出した。
総司は斎藤の背中を一睨みした後、彼女のあとをこっそりと追いかけていく。
どうして斎藤は千鶴の「仲直りしたい」という心情を汲んだ助言をしてやらないのか。
心が弱り果てた千鶴が、総司を無視して距離を置き始めてしまったら、どう責任を取るつもりだというのか。
ぷんすか肩を釣り上げて歩いていく。
すると、廊下でバッタリ出くわしたのか、千鶴と平助が立ち話をしていた。

「――って斎藤さんに言われたの。平助君、どう思う?」

聞こえてきた相談内容に、総司はふんっと鼻で笑った。
やっぱり斎藤の助言にも、千鶴は納得がいってなかったのだ。
だから平助にも同じことを聞いたってわけだ。
千鶴から漏れ出る総司への想いにほんわかと心を温めながら、総司は聞き耳を立て続ける。
今回の相談相手は平助だ。
斎藤のように土方の言動を鵜呑みにするような男ではない。
むしろ自分の思ったことをはっきりと言ってくれる気概の男。
だから総司は期待した。
平助が「千鶴が素直になればいいだけじゃん!」という率直な言葉さえ言ってくれたら、千鶴の悩み相談はすぐにでも終わる。
そうなったら千鶴は居ても経ってもいられず、総司のもとへ駆け寄ってくるだろう。
涙を浮かべながらこれまでの贖罪を懺悔し、総司への愛を吐露し、そして恥らいながら「抱いてください」と迫ってきて、物語は幸福な結末へと綴られていくのだ。
この後の幸せな展開を思い浮かべ、顔をにへにへさせる。
だがしかし総司は藤堂平助という男の性質を見誤っていたらしい。

「つーか総司って面倒臭くない? 距離置いたら置いたですげー怒りそうだし、今のうちに止めちゃえば?」

土方、斎藤以上にすごいことを、軽い口調で言ってのけた。
総司は驚きのあまり床板を踏み抜きそうになる。




( 中 略 )




「あんみつ屋で可愛い娘さんが働いてんだよ」
「愛嬌のある子だろ? ああいうのを看板娘って言うんだろうな」

偶然耳に入ってきた隊士たちの会話に、千鶴は顔をあげる。
その話題を聞いたのは初めてではない。
なんでも、最近になって頻繁に店を手伝いし始めた女の子がいて、店先を通るたびに視線を釘付けにされてしまうらしいのだ。
外出を控えている千鶴は、まだその看板娘を見たことがない。
何度も話題を耳にするから、いつかその店の前を通ったときは、どんな女性かを見てみたいという好奇心を湧かせていたのだ。
……このときまでは。
千鶴のささやかな好奇心が瞬時に形を変えるのは、この直後。

「総司はこの前、話しかけられてたよな? 間近で見てどうだった?」
「ええ、まあ。可愛かったですよ」

隊士たちの中にはなんと総司の姿もあり、その娘の評判へ同意を示していた。
その現場を目撃してしまった千鶴の心臓が、抉られたような痛みを放つ。

「…………っ!」

居ても経ってもいられず、足早にその場から去った。
普段ならば気にしないようなことなのに、心に巣食う疑心が過剰に反応する。
総司が他の女性を「可愛い」と言うことが、こんなにも辛いことだとは思わなかった。
彼は千鶴をたびたび「可愛い」と言っては甘やしてくれる。
好きな人から言われると嬉しくて堪らないし、ずっとそう思ってもらえるように努力したい。

「でも……他の人にも言ってる、んだ……」

自分だけに対する特別な言葉ではないことが、ひどく千鶴を落ち込ませた。
そりゃあ千鶴だって、総司以外の男性を「恰好良い」とか「素敵」と思うことは多々ある。
特にこの新選組には日々命を賭して戦っている人たちがいるのだから、そう言った感情はごく自然に湧いてくる。
もちろん総司は特別で、他の人たちとは同列には語れない。
たぶん、きっと、総司だってそういう意味で他の女性を「可愛い」と言ったのかもしれないけれど……
そんな言葉を聞きたくなかったのが本音だ。

「私が勝手に立ち聞きしちゃったんだけど……」

総司には何の責任もない。
千鶴がたまたまみんなの会話を耳に入れてしまっただけで、総司は千鶴が通りがかっていたことにも気づいていないのだろう。
だから千鶴に聞かせるつもりで言ったわけはないこともわかっている。
それに、あの流れで彼が「可愛い」以外の発言をしていたら、場の空気を崩すだけだっただろう。
けど、だけど、でも…………!
「その女性、総司さんに話しかけてたって言ってた!」

千鶴の心を特に深く抉ったのは、その事実だった。
一体いつ総司に話しかけたのだろう。
総司がそのあんみつ屋に行ったとき?
もしそうだとしたら、店員として対応をしただけだと考えられる。
でも、それを他の隊士がわざわざ「話しかけられていた」と言うのなら、店員という枠を超えた接客を総司に行ったことになる。
人前でそんな接客をするということは、そしてその接客を総司が甘んじて受けたとするのならば…………千鶴の思考は絶望に染まった。

それとも、店以外の場所で話しかけられたのだろうか。
もしそうだとしたら、もうお互いに「あんみつ屋の可愛い子」と「素敵で格好良い総司さん」と認識し合っている可能性が高い。
店以外の場所で明るく楽しく元気よく語り合っていたと言うのなら、もうそれは逢い引きと言っても過言ではない。
つまり総司は外に女を作ってしまったと言うことだ…………と、千鶴はどんどんと負の方向へと拗らせていく。

そりゃあ総司だって、可愛い女の子がいいに決まっている。
千鶴はふと自分の姿を省みた。
……童子のような恰好で、女性的な色気などなにもない。
こんな自分を総司が「可愛い」と言ってくれていたことが社交辞令のように思えてきてしまう。
彼は千鶴が女であることをすぐに気づいたと言っていたけれど、全く気付かなかった幹部もいるし、事情を知らない隊士には男で通っている。

「やっぱり総司さんは、気を遣って言ってくれているだけなんだよね……?」

今まで嬉しかった言葉の裏に気づいてしまった千鶴は、大きく項垂れる。



こんな感じの話です(´∀`*)





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