★猫は浮気になりますか?(サンプル)
P72 / ¥500 / A5 / R18 / オンデマ / 2015.2発行
屯所パロの沖田×千鶴。
浮気をしてしまったと勘違いした千鶴と、それを真に受けて混乱する総司の話。
※文字サンプルは一部改変したり、ウェブでも読みやすいように改行を増やしています※
白い肌に手を滑らせると、千鶴が身じろぎしながら微笑んでくれた。
微笑み返しながら、なだらかな小丘へと進んでいけば、彼女が熱を求めるように擦り寄ってくる。
二人だけの隔離された世界に入り込みたくて、布団を目深にかぶった。
息苦しいくらいが丁度良くて、足を絡め合い、身体中をまさぐり合って、溺れるように唇を合わせる。
千鶴とこういう関係になってから、総司は夜が好きになった。
そもそも惹かれたのは、日中のいつも通りの彼女。真面目で、頑固で、一生懸命で、怖がりで、優しく、恥ずかしがり屋な千鶴。
だけど、夜はそれが一転する。
積極的で、甘えたがりで、我侭で、意地悪になって、なかなか離そうとしてくれない。
そろそろ部屋に戻らないと駄目だよって言ってるのに言うこと聞かないし、そんなに大きな声を出したら見つかるよって言ってるのに我慢してくれない。
もちろん最初からそうだったわけではない。
夜闇のおかげで恥ずかしさが軽減するとか、何度もしているうちに慣れてしまったとか、そういうことが大きな原因だろう。
要は、何もかもが順調ってことだ。
暇つぶしで構っているうちに可愛いなって思えてしまって、彼女のことを考える時間が段々長くなっていって、自覚したときにはもう手遅れだった。
その頃はこんな関係になれるなんて思ってもみなかったから、同じ気持ちでいてくれたことが嬉しくて、以来、山も谷もない穏やかな良好な関係が続いている。
「千鶴ちゃん、好きだよ」
素直に想いを伝えれば、千鶴の指先に力が籠るのがわかった。
その指先が、総司の背中を擽るようにソワソワと動く。
思わず笑って、彼女の顔を覗き込む。
暗くてよく見えないけれど、それでも照れ戸惑っている空気が伝わってきた。
そして、こんなときに決まったように千鶴が言うのが、この台詞だ。
「好きって言われると、嬉しくて……夢みたいで……」
「夢じゃないよ。……現実」
柔らかい頬を撫でて摘まむ。
千鶴が幸せそうに顔を綻ばすのがわかって、総司も幸せな気持ちになった。
「私も沖田さんが大好きです」
内緒話をするみたいに小さな声で愛を囁かれると、何かが込み上げてきて堪らなくなる。
すぐにでも、今まで以上に彼女の気持ちを受け止めたくなって、一度上体を起こしてから千鶴の上へ圧し掛かった。
「あっ……沖田、さん……あのっ」
その途端に戸惑った声をあげられて、総司は眉を寄せる。
さっきまで抱き締めていてくれた彼女の両手が、今はなぜか総司のことを押し返すように胸元に添えられていた。
「なに?」
「……そろそろ、戻らないと……」
散々しておいて、散々煽っておいて、それなのにいきなり抵抗する。
だから夜の千鶴は「意地悪」なんだ。
「君は、もう部屋に戻りたいの?」
寂しがるような拗ねた言葉を零すと、千鶴がハッとしたように目を見開く。
そして慌てたように総司の腕を掴んで握り締めて、首を横に振った。
承諾の合図だと受け取って口元を寄せると、千鶴がやんわりと唇を突き出してくる。
逃げるつもりがないのなら、初めから無駄な抵抗なんてしなければいいのに。
だけど、そういうところも含めて千鶴なのだから、仕方がない。
彼女が総司の全てを受け入れてくれたように、総司もまた千鶴の全てを余すところなく受け入れたかった。
「ん……っ……」
重なった唇から気持ちが全て流れ込んでくれたなら、もっと好きになってもらえるだろうか。
噛り付くように咥内を掻き回して、呼吸ができなくなるように強く吸い付く。
思わず怯んだ千鶴を逃がさないようにガッチリと掴んで、荒々しく角度を深めていった。
千鶴が腰をくねらせ、背中へと腕を回してくる。
お互いの体温が上昇していくのがわかって、なぜか笑みが零れた。
甘く吸い出した舌に歯を立てると、千鶴が眉間を寄せる。
「――っ、ぅ」
だけど彼女の腕はますます総司を強く拘束して、離そうとしない。
つくづく、総司は己のことを幸せだと思った。
自分が誰かへ恋愛感情を向けたり、心から愛しいと思える相手に出会える日が来るなんて、考えてもみなかった。
まして、相手からも同じ熱情をぶつけられ、恋い焦がれられるなんて、思うはずもなかった。
そういう世界とは無縁で、不必要で、煩わしいだけのものだと考えていたくらいだ。
きっとこの先どのような未来が待っていようとも、こんなにも愛するのも、愛してくれるのも、千鶴しかいない。
千鶴だけだという実感が、日に日に、一刻一刻、一瞬一瞬、どんどんと増していく。
それと同時に不安にもなる。
だって、千鶴だけしかいないのは総司だけであり、千鶴にとっては総司だけではない。
こんなにいい子なんだから、他にもたくさんの選択肢があって、誰からだって愛してもらえる。
いつか心変わりしてしまうんじゃないかと、他の男に奪われてしまうんじゃないかと、怖くなる。
そんな不安を、責任持って拭い去って、振り払ってほしい。
長い長い口付けを終えると、千鶴が新鮮な空気を求めて大きく口を開いた。
「――はぁっ……は、っ」
彼女の呼吸が整うまでの時間をもどかしむように、首筋へ顔を埋める。
舌を這わせて鎖骨の下あたりを吸い上げると、己の存在証明をするために赤い痕を残した。
それだけでは足りなくて、彼女の片手を取ると、人差し指に付け根に口付けし、指先までツツっと舌を這わせる。
そして――
「他の男とこんなことしたら、そいつを斬って殺すよ」
釘を刺した。
「え……?」
突然の物騒な言葉に千鶴が目を丸くする。
「君のことも絶対に許さない。だから……」
こんな言い方をしたら、それこそこれが原因で千鶴の心が離れてしまうかもしれない。
そんなことは重々にわかっている。
でも、こんな言い方しかできない。
脅して、強要して、雁字搦めにして、繋ぎ止めるしかない。
斬ること以外に取り得がないから、他にどうすれば千鶴を繋ぎ止められるのかがわからない。
だから、もし千鶴が理解を示してくれなかったら、無理やりにでも思い知らせるしかないのだ。
(中略)
目が覚めても、その猫は千鶴の布団の上にいた。
いつもは千鶴が寝ているうちにどこかへ行ってしまうのに、珍しい。
でも、寒くてなかなか起きられない朝にも有難い存在だ。
猫で暖を取った後、いそいそと身支度を整える。
その間も三毛猫は布団で横向きにダラッと伸びていて、そこから動く気配がない。
今日はのんびりさんなんだなぁと横目に入れたそのとき、千鶴はとんでもないものを発見した。
「――えっ……!?」
信じられなくて、思わず二度見する。
今まで気にしたことがなかった。
三毛猫はそういうものだと思っていたからだ。
だから思い込みで、そうだと決め付けていた。
千鶴にとっては街の商店の裏番のような女将的存在だった。
だから安心してなんでも相談していたのに……。
「三毛ちゃん、雄だったの?」
わなわなしながら曝し出されている猫の身体を見て確認すると、やっぱりその猫には雄特有のものがついていた。
三毛猫はほとんどが雌で、雄は滅多に生まれない。
そして、雄はその希少さ故、一部では守り神と扱われることもあるらしい。
――そういう知識だけ知っていた千鶴は、驚き両目を見開いた。
「もしかして新選組の守り神……?」
そうだったら素敵だな、と両手を合わせて拝む。
命懸けで使命を全うしようとする隊士のみんなに武運がありますようにと願いつつ、自分と総司の幸せもついでのついでのオマケ程度に、念入りに祈っておいた。
だけどそのとき、千鶴の脳裏に総司のあの言葉がよぎってしまった。
『他の男とこんなことしたら、そいつを斬って殺すよ』
男…………雄…………人間…………猫…………。
頭の中をグルグルと色んな単語が飛び交い、ぶつかり合い、弾け飛んでいく。
猫の雄は総司の言う「他の男」に該当するのだろうか。
いや、するはずがない。
人間と猫は違う。
違いすぎる。
いくら総司でもそこまで縛りつけたりはしないはずだ。
でも、だけど、もし万が一、猫も「他の男」に数えられたとするならば。
千鶴はとんでもないことを仕出かしたことになる。
たびたび部屋に招いて二人きりになってしまったし、餌を上げるときに手をぺろぺろ舐められたこともある。
もふもふの毛が気持ち良くて毎回撫で回しているし、一緒に寝ることもしばしば。
挙句、今日なんて朝まで共に過ごしてしまった。
これらを雄猫ではなく、人間の男に置き換えて考えてみれば……答えは見えてくる。
総司以外の男性を夜中に部屋へ招き入れ、指や頬を舐められたり、一緒の布団で寝る……。
「…………っ!!」
なんという不貞の数々。
総司に対する裏切りとしか言えない。
浮気どころの騒ぎではない。
こんなことを正直に打ち明けても許してもらえるとは思えない。
いや、それ以前に総司は言っていたじゃないか、「君のことも絶対に許さない」と。
思い浮かぶのは、猫と一緒に斬り捨てられる自身の姿。
千鶴は膝から崩れ落ち、畳の上に伏せた。
昨日までは幸せだったのに、その幸せを自らの手で壊してしまった。
その事実が圧し掛かり、千鶴を苦しめる。
「ど、どど……どうし、よう……」
過ぎたことはどうすることもできない。
ただ千鶴に突き付けられている選択肢は、二つしかなかった。
それはもちろん「総司に言う」と「総司に隠す」のどちらか。
千鶴は総司とずっと一緒にいたかった。
相手は人の言葉を喋らぬ猫。
千鶴さえ隠し通せば、この事態は明るみには出ないはずだ。
だから、言わなければなかったことにできる。
しかし、千鶴は総司に隠し事なんてしたくはなかった。
愛し合う二人には、そんなものあってはならないと思っている。
というより、隠し事をしようとするといつもすぐに総司にバレてしまう。
愛故に想いが漏れ出て届いてしまうのだろう。
そんなふうに事実が伝わるよりも、きちんと自分から総司に打ち明けたい。
どうせ失望されて嫌われるのなら、最期くらいは誠意を見せたいのだ。
こんなお話です(´∀`*)
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