★泡にならなかった人魚(サンプル)


P56 / ¥400 / A5 / オンデマ / 2014.12発行予定

屯所パロの沖田×千鶴。
千鶴ちゃんと呉服屋の若旦那の恋をぶち壊そうとする沖田さんの話。
沖田さんの妄想力による千鶴→オリキャラ描写があります。
オリキャラ注意。

※文字サンプルは一部改変したり、ウェブでも読みやすいように改行を増やしています※






★画像サンプルはお手数ですがこちら(Pixiv)をご覧ください。





 総司は千鶴の微妙な変化に気づくことができなかった。
 いや、言い訳をすれば、全く気付かなかったというわけではない。
 ただ、警戒していた対象が異なったのだ。

 ここしばらくの間、千鶴は妙に巡回への同行を楽しみにしている節があった。
 だから疑っていたのは、新選組幹部の面々だ。
 彼女を頻繁に外へ連れ出す藤堂や永倉。
 彼女を厳しくも優しく、そして丁寧に扱う斎藤や原田。
 彼女の変化の原因は、その中のいずれかだと踏んでいたのだ。

 巡回先できっと何かがあったんだと思った。
 危険な目に遭って助けてもらったり、普段は見ることのできない景色を観せてもらったり……。
 そういうことがきっかけで人の心というものは大きく動くと知っていたから。

 意中の相手が彼らの中のいずれかならば、それで良かった。
 寝食をともにし、多くの時間を共有している彼らが相手ならば、次第に惹かれていくのも仕方がない。
 それに、総司は彼らのことをなんだかんだで認めていた。
 ――あの子を大事にしてくれる。あの子を幸せにしてくれる。僕なんかよりも。
 そう思えたからこそ、あっさりと諦め、身を引くことさえできたはずなのだ。

 だけど違った。
 千鶴の慕っている相手を探っていた総司は、ごく最近、その四人のうち誰にも該当しないことに気づいた。
 彼女は巡回に誘われると、相手が誰であろうと喜び、感謝する。
 その喜び方が時々過剰になるときがあったのだが、斎藤との巡回のときもあれば、藤堂のときもある。
 原田のときも、永倉のときも、そして総司のときもあったのだ。
 その「時々」が一体何なのかを考えるようになった頃、ようやく答えに辿り着いた。

「千鶴ちゃん、着いてくる? 場所は――」

 総司はダンダラ模様の羽織に身を包んで、千鶴を巡回に誘った。
 その行き先を告げた途端、彼女は花が咲き誇るような笑顔になる。
 それは普段の巡回よりも大袈裟な喜び方だった。

「よろしいんですか? ありがとうございます!」

 その笑顔を不覚にも可愛いと思ってしまったことが、悔しくて腹立たしい。
 だってその想いが向けられている先は、総司でもなく、総司が認めた相手たちでもなく、どこぞの馬の骨だ。
 そう。千鶴がいつもより喜ぶ理由。それは――とある店が、巡回路に入っているときだった。

 総司がその店周辺を通る経路で巡回に行くのは、どちらかと言えば少ない。
 だから千鶴の微妙な変化を確信するまでに時間がかかってしまったのだ。
 そして、気づいた時にはもう手遅れ。

 とある呉服屋の若旦那は、姿容の大変整った気前のいい男だと噂され、特に女性からは注目の的だ。
 総司よりも少し年上で、商売をやらせるには勿体ないくらいすらりと伸びた手足。
 街での評判も良く、商売の明もあり、将来を有望視されているそうだ。

 そんな男のいる店へ、千鶴が何度も何度もせっせと通っているらしい。
 もちろん彼女の行動は未だに制限されていて、一人では屯所の外へ出歩くことすら許されていない。
 巡回のときもその組の組長に従い、目の届く場所にいるように口酸っぱく言われている。
 その状況下でも千鶴は、巡回の最中にその店へ足を運び続けているらしいのだ。

 その理由なんて、考えなくてもわかる。
 千鶴も所詮は女なのだ。
 街の女性たち同様に、若旦那に心を奪われてしまったのだろう。

 考えてみれば、当然のことだ。
 自由を奪い、その生命を危うくしている新選組の男たちに、心を寄せる女がいるはずもない。
 千鶴が求めるのは、恐怖を和らげてくれる優しさ。平穏。解放。
 新選組の「外」へと想いを馳せるのは、ごく自然の流れなのだ。

 それでも納得がいかない。
 自分の預かり知らぬところで千鶴が勝手に誰かを想い、慕い、その距離を縮めていったことが、許せない。
 外へと目を光らせておかなかったことへの後悔が、濁流のように押し寄せてくる。

 今日彼女を巡回に誘ったのは、事実確認をしたいからだった。
 総司はまだその目で実際の様子を見たことがない。
 千鶴と若旦那のことはただの勘違いで、総司が思っているようなことは何もない――なんてことを期待していたかったからだ。
 だけど半刻後、総司の僅かな希望は簡単に打ち砕かれ、事実確認へと動いたことを後悔する。

 巡回半ば、一番組は例の店周辺に留まり、少数に分れて一帯を見廻った。
 その際千鶴には「目の届くところにいるなら聞き込みしてきていいよ」と彼女本来の目的である雪村綱道探しを促す。
 千鶴の様子を気にかけながら周辺を見渡せる場所に立って、総司自身も本来の仕事にあたった。

 千鶴は、市中を行き交う人々や、行商人に声をかけ、身振り手振りを交えて父親の情報を得ようと必死になっていた。
 だけど数人に話を聞き終えた後、彼女の足は自然に、それが当たり前のように、呉服屋へと向けられた。
 総司はなぜだか無関心を装いたくなって、千鶴を視界のはずれに捉える程度に留め、自制心を働かせる。
 本当ならば、彼女の逢瀬を阻止したい。
 だけど、衆目の前で滑稽な姿を晒せるほどの情熱などなかった。
 いや、きっとそうやって自分を抑え込まなくちゃ、この現実に耐えられなかったのだろう。

(……本当に入っていった)

 千鶴が呉服屋の中へと入っていくのを確認して、一度はっきりと視線をそちらへ送る。
 総司のいる場所からは見えないが、店内に千鶴が夢中となっている若旦那がいるのだろう。
 総司は腕組みしながら指をとんとん動かし、苛立ちを露わにした。
 「目の届くところ」ときちんと言い聞かせたのに、どうしてノコノコと店内に入っていってしまうのか。
 もし何かあっても見えないところにいられたら助けられない。
 むしろ、見えない場所で一体なにをしているのかと勘繰りたくなる。

(でもあの子、今は男ってことになっているし)

 わかる人が見れば一発だけど、全く気付かなかった人間が新選組幹部に複数いたくらいだ。
 千鶴がどんなに相手を慕おうが、相手からはただの少年にしか見えていない可能性だって高い。
 千鶴のただの片思い――そうであってもらわねば困る。

(さっさと想い破れて、諦めればいいのに)

 巡回に誘ったときの千鶴の綻ぶような笑顔を思い返し、総司は奥歯を噛み締めた。
 早くあの笑顔を壊してしまいたい。
 例えあの愛くるしい笑顔が、未来永劫見られなくなったとしても構わないから。

 そんな苛立ちとともに時間の経過を待っていると、千鶴が店内からひょっこり姿を現し、そのまま小走りで総司の方向へと駆けてきた。
 すぐにそれに気付いた総司だが、わざと視線を別の方向に向け、気にしていない態度を貫く。
 だけど千鶴が胸元のあたりを整えるような仕草をしたことを、見逃しはできなかった。

「お帰り。なにか情報は掴めた?」

 平静を装ってそう声を掛ける。

「い、いえ……これと言って何も……」

 だけど千鶴の嘘に、苛立ちが一気にせり上がってきて、それを飲み込むことなんてできなかった。
 情報探しなんてしていないくせに。
 男に会いに行っていたくせに。
 衿元を気にするなんて、そこが着崩れるようなことをしていたんじゃないのか。
 奥歯にギリッと力が籠る。
 こういうときに素知らぬふりができるような器の大きな男なら、彼女に選んでもらえたのだろうか。

「どうしたの、そこ」

 我慢できずに、総司は千鶴の衿元を指差す。

「……え?」

 すると千鶴はきょとんとして、視線を左右させた。
 心の底から総司が何を指しているのかがわかっていない様子だ。
 だから、再度強調する。

「そこだよ、そこ。さっきと違う。何してたわけ?」

 総司が自分の衿元をぐいっと引っ張るようにすると、ようやく千鶴が理解したような顔付きになった。
 だけど慌てた様子ではない。

「これは……その……」

 そう言いながら、彼女は自分の胸元にごそごそと手を突っ込んだ。
 女の子が往来のど真ん中で何をしているんだと面を食らった総司だが、今の千鶴は男装している。
 ここで注意して止めさせる方が周囲から不自然に思われそうだし、何より千鶴本人が気にしていないことにグチグチ言うわけにもいかなかった。
 そうやって総司が冷や冷やしているうちに千鶴が懐から取り出したのは、桜の花びら模様があしらわれた可愛らしい簪だった。

「実は、これを頂いてしまって……」

 嬉しそうに微笑んだ千鶴に、総司は奥歯をぎりっと鳴らす。
 頂き物をそこへ仕舞っただけで、衿元が乱れるようなことをしたわけではないのはわかった。
 だけど女物の簪を貰ったなんて、あの店の若旦那は千鶴を女と認識しているも同然じゃないか。

「君、自分の立場をわかってないの?」

 正体がばれているのにそんなふうに笑っていられる千鶴が信じられない。
 ますますその逢瀬は、許されるものではなくなった。

「え…………?」

 きょとんと純朴を気取る千鶴に苛立ちが募る。
 恋は盲目とはよく言ったものだ。
 千鶴はきっとあの男への恋に、周りが見えなくなっているのだろう。
 だけどそれは総司も同じだった。

「そんな簪、似合うわけないのに。喜んで馬鹿みたい」

 本来責めねばならないことよりも先に心からこぼれたのは、嫉妬心と対抗心だった。
 総司ですらまだ贈ったことがない「女物」の品。
 あっさり先を越されたことに悔しみが渦巻く。
 もしもさっき千鶴があの店に入っていくのを止めていたならば、きっと阻止することができたはずだ。
 それに――

(そんなものよりも僕が見立てたものの方が千鶴ちゃんに似合う……絶対に)

 いつも千鶴のことを傍で見て、傍で想っている。
 だから総司には、千鶴を一番引き立てるものが何かなんて、悠々と浮かんでくるのだ。
 ……それを実際に彼女に贈ることができるかはさておき。

 そうこうしている間、千鶴が総司の言葉にしょんぼりと落ち込んでいた。
 だけど彼女の小さな手は、花びら模様の簪を大事そうにギュッと握り締めたまま。
 それが気に食わない。

「これは……私には似合わなくても、いいんです」

 ますます気に食わない。本当に気に食わない。
 好いた男からの贈り物ならば、似合わなくたって、趣味とかけ離れたものだって、それこそ何の価値もない塵ですら、彼女はそれでも嬉しいと微笑むのだろう。

「て言うかさ、似合わない以前に今の君には必要のないものだよね」

 千鶴の大事なものを貶めたくて、わざと嫌味な口調で言う。
 そして、言うだけでは物足りなくなって、手を出すことにした。
 落ち込む千鶴にスッと手を伸ばして、総司はにっこり笑う。
 そして、千鶴の大事なものを要求した。

「頂戴。それ、僕に頂戴」

 今の千鶴には不要なものだ。
 他の男からの贈り物を彼女が手にしていること自体が腹立たしい。

「え……っ…………で、でも……」

 当然ながら彼女は戸惑いを見せるが、そんなものは総司には関係なかった。

「べつにいいでしょ?」

 彼女の手から簪を強奪すると、再びにっこりとした笑みをつくる。
 たとえどのような返事がきたとしても、有無を言わせないつもりだ。
 そんな気配を察してくれたのか、彼女は驚くほどあっさりと大事なものを引き渡してくれた。

「……え、えっと、大事に……してくれますか?」

 きっとどんなに抵抗しようとも総司に奪われてしまうことは覚悟したのだろう。
 だから無駄に足掻くことを止め、せめてもの条件としてそう言ったに違いない。
 どことなく彼女の頬が紅潮しているように見えるのは、頭に血が上っているからなのだろう。

「……大事にするなら貰っていいの?」

 そんな彼女の変化に気づかないふりをして、総司は心にもないことを口にする。
 それを千鶴が信じたのか否かはわからないが、諦めたかのように、静かにコクリと頷いた。

「……は、い……でしたら、どうぞ」

 千鶴の承諾を得た総司は、彼女の手からさっさと簪を奪い取り、懐に仕舞い込む。
 心の中を巣食う黒いモヤモヤしたものが、ざまあみろと彼女を笑っている。
 総司もそれに同調するように口角をあげ、千鶴の恋を絶対にぶち壊してやると内心宣言した。


こんな感じの話です(´∀`*)




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