★忘却メモリ(サンプル)
P100 / ¥800 / A5 / R18 / オンデマ / 2014.11発行予定
現代パロ転生の記憶あり沖田×記憶不安定な千鶴。
再会して喜び合う総司と千鶴だが、翌朝の千鶴には前世の記憶がない状態だった。
なんとか繋がりを持ちたい総司と、一夜の過ちをなかったことにしたい千鶴の話です。
※文字サンプルは一部改変したり、ウェブでも読みやすいように改行を増やしています※
★画像サンプルはお手数ですがこちら(Pixiv)をご覧ください。
数年ぶりに戻ってきた街を歩いてみれば、様相は様変わりしていた。
特に思い入れがある場所ではないが、その移ろぐ姿に、寂しさを覚えるのも事実だ。
こうやって時間の流れとともに全ては変化し、色褪せていく。
その中で唯一不変のものがあるとするのなら、それは目には見えないものだろう。
賑やかな繁華街。騒々しい呼び込みの声。雑多と行き交う人々。
空は澄んで高くなり、風は冷たく心を凍らせる。
ふと足を止め、煌く星を眺めながらぼんやりと願った。
こんな日は愛しい人の温もりを感じながら、まどろんでしまいたい、と。
彼女が今どこかで同じ星を眺めているというのなら、そこへ飛んでいきたい。
幾月幾年数えようとも叶うことのないこの願いは、一体いつ天に届くのだろうか。
小さく溜息を吐いて、苦く笑う。
きっと罰が当たったんだ。
地獄に堕ちるべきだったのに、幸せになりすぎてしまったから。
だから、生物に唯一与えられた特権を、奪われてしまったのだろう。
千鶴のいない世界で、千鶴を忘れることもできずに、ただ永遠に焦がれるだけの苦しみを与えられ続けるのだ。
総司はもう一度嘆息する。
でも、心の中でこんな人生も幸せかもしれないと思っている自分もいるのだ。
あんなに掛け替えのない存在に出会えるなんて奇跡は、早々起きるものではない。
あの幸せを今もまだ覚えているなんて、幸福なことかもしれないのだ。
星の瞬きから目を逸らし、歩き出そうとする。
だけどその寸前、総司の背中になにかがポスンと衝突した。
「――きゃっ……!」
小さな衝撃と、小さな悲鳴。
こんな人通りの多い場所で立ち止っていたせいか、背後から通行人にぶつかられる。
「す、すみません」
「いえ、こちらこそ………………」
恐縮しきった声にはどこか聞き覚えがあり、総司は不思議な気持ちで振り返った。
その瞬間に、目を見開く。
頭一つ分低い身長。華奢な肩に、ピンと伸びた背筋。
さらりと零れる黒髪。透き通るような肌に、申し訳なさそうに垂れる眉。
瞳には長い睫毛で影掛かっていて、形のいい唇の隙間から、噛み締められた白い歯が見えた。
その姿を、その魂を、見間違うことなど有り得ない。
今まさに想いを馳せていた愛しい人が目の前に現れ、総司は息を飲む。
――前言、撤回。
神様は総司を見放してなどいなかった。
むしろその立場を忘れ、妬んでいたのだろう。あ
まりにも総司が幸せすぎたから、再会の時期を焦らしにかかったに違いない。
それ以外に考えられない。
総司は己に抑制をかけながら、千鶴を見詰める。
きっと今、すごく間の抜けた顔をしているはずだ。
嬉しさと喜びとが混ざり合って、心の中が煩いぐらいに騒いでいる。
だけどそんな興奮は、すぐに収まってしまう。
「あの……どうかなさいましたか?」
目の前の彼女は、きょとんと総司を見上げている。
そこにかつての情愛など存在せず、まるで見ず知らずの人間へ向ける顔つきだ。
理由はすぐにわかった。
どうやら千鶴は、総司とは違って、レテの泉にどっぷりと沈められたようだ。
つまり過去世のことを覚えてはいない。
「えっと……すみませんでした。星を見上げていて……前を見ていませんでした」
余りにも偶然過ぎる再会に、うまく頭が回らなかった。
だって自分たちのことだから、もっと運命的な巡りあわせでまた出会うのだと思っていたのだ。
それなのになんだこの様は。
ぶつかったことを丁寧に詫びながら立ち去ろうとする彼女を、総司はなんとか引き止めるべく会話を続けさせようとする。
でも、こんな場所で咄嗟に思い浮かぶ話題なんてない。
「あっ……その、奇遇だね。僕も……空を見ていたんだ」
千鶴の言葉に乗っかる形でどうにか絞り出した。
「……は、はぁ……そうですか」
だが眉間に皺を寄せられ、不思議そうな顔をされる。
明らかな失策だ。
今ので完全に不審に思われた。
こんなことなら知り合いを装って声をかけて、こっちのペースに持ち込んでしまえば良かった。
深い後悔とともに湧き出るのは焦りばかり。
こうしているうちにも彼女は、さっさとこの場から離れようと歩き出してしまった。
「――待って、行かないで!」
咄嗟に伸びた手は、千鶴の手首を掴んだ。
彼女の瞳が大きく見開かれて、不信感を映し出す。
「え……あ、あの、何か?」
だけど総司にはそんな千鶴に気遣う余裕なんてなくて、ただ引き止める方法を探すだけで精一杯だった。
だから、こんなことを言ってしまったのだろう。
「…………折れた」
「えっ?」
「今ので背骨が折れた」
そう、それは物凄い衝撃だった。
彼女が猛突進してきたせいで、五、六本はいってしまったに違いない――ってことにしておこう。
( 中略 )
ピピピッピピピッ、と無機質に響く電子音で、千鶴は目を覚ました。
(あれ……こんな音だっけ?)
千鶴が学生時代から愛用している目覚まし時計は、けたたましいベルの音がするものだったはずだ。
いや、それ以前に休みの日はゆっくりしたいから、アラームをセットしていない。
「う〜〜ん……」
半覚醒のままでは思考がうまく回らない。
千鶴は布団の中でもぞもぞと身じろいで、目覚まし時計へと手を伸ばした。
だけどいつも置いてあるはずの場所になくて空振りをしてしまい、パシパシと布団を叩くだけに終わる。
最近、朝が寒くなってきた。
そろそろ秋物から冬物にパジャマも布団も変えなければ風邪をひいてしまうかもしれない。
今朝は特に寒さを感じて、鳴り続ける目覚まし時計に手を伸ばしながらも、暖を求めて布団を引き寄せた。
その途端、なにか暖かいものが千鶴を包み込み、覆い被ってきて、同時にバンッと音とともにアラーム音が止まる。
そして、その得体の知れない何かが千鶴をぎゅっと抱き締めてきた。
「……ごめん、オフにするの忘れてた」
男性のものと思われる眠たげな声が耳元に落ちて、千鶴はぞわぞわと鳥肌立ち、硬直する。
千鶴の身近な異性の知り合いはそんなに多くない。
そして今の声は、全く聞き覚えのない声だった。
夢? 幻聴? 怪奇現象?
それにしてはヤケにリアルで、体温まで感じる。
体温どころか、素肌の滑らかさとか、そういうものまでじかに感じる。
(――……それって、まさか…………)
段々と己の状況のやばさに気づき始めた千鶴は、自分の身体をぺたぺたと探り、何も身に着けていないことを確認した。
思わず意識を失いそうなくらいに衝撃を受けるも、気絶するより先にすることがある。
心の中で何度も何度も深呼吸を繰り返して、震えそうになるのを必死で抑え込んで、恐る恐る顔をあげた。
すると、やはり見知らぬ男性が目の前にいて、翡翠色の綺麗な瞳と目がかち合った。
「おはよ、千鶴。起こしてゴメン。まだ寝る?」
穏やかな笑みを浮かべたその人は、やはり千鶴の見知らぬ人で、目を見開いて驚愕を露わにする。
馴れ馴れしく名前を呼ばれた。
なんで名前を知っているのだろうかと不安になるも、きっと自己紹介をしてしまったのか、身分証か何かを見られたからだ。
でも、不安にならなければいけないのはそんなことではない。
本当はこれが夢であってほしい。
このまま眠り直して、現実の世界に戻りたい。
だけど、逃避するだけ時間の無駄だ。
「し、失礼ですが、どちら様ですか……?」
千鶴は思い切って、一夜を共にしてしまったであろう男に訊ねた。
すると目の前の男の表情が曇り、身体を起こした。
「え…………? 覚えて、ないの?」
その拍子に身体の密着が解かれて、二人の間にひんやりとした空気が入ってくる。
そのとき露わになったのは、千鶴同様に衣類を纏っていない彼の逞しい鎖骨から腕にかけてのライン。
同時に、千鶴の胸元も空気に曝け出される。
「――きゃあっ」
慌てて両手で隠して蹲ると、「ごめん」という謝罪とともにポスンと布団をかけられた。
物凄く気まずくて、どうしていいのかわからなくて、千鶴はそのままギュッと目を閉じる。
やっぱりこれは夢であったと思いたい。
こうやって目を瞑っている間にすべてが解決してくれたのなら、どれだけ救われるか。
しかしそんな奇跡は起きるわけもない。
口火を切ってくれたのは、相手のほうだった。
「まったく覚えていないんだよね。……ねえ、だったらどこまで覚えてる?」
「…………え、えっと…………」
いつまでもこうしていられないので、千鶴は質問内容を必死で考える。
昨晩一体なにが起きたのかを必死で思い出そうとする。
頭を抱えながら順を追って、記憶を辿っていった。
(そういえ、ば…………)
確かこの人にぶつかってしまって、そのままご飯を食べることになって、お酒を飲んで、名前を聞いて、化粧室に駆け込んで……。
覚えているのは、そこまでだ。
だけど、思い出したとしても、初めて会った男の人と一夜を共にしたという事実には変わりない。
もしかしたら何もなかったという希望に賭けてみたい気もするけれど、お互いに裸なのだから何もなかったなんて有り得ない。
そこまで鈍い程、千鶴ももう子供ではなかった。
こんな感じの話です(´∀`*)
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