★千鶴ちゃんの妄想がひどい(サンプル)
P40 / ¥300 / A5 / オンデマ / 2014.03発行
屯所の沖田×千鶴。
千鶴の妄想日記に悩まされたり楽しんだりする沖田さんの話です。
※文字サンプルは改行を増やしています。
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その日の総司は物凄く暇だった。
やらなきゃならない仕事はなく、近所の子供たちも遊んでくれず、稽古する相手もいなくて、かといって目的もなく外出する気にもなれない。
とにかく時間と暇を持て余していたのだ。
これはもう誰かにちょっかいを出して有意義に過ごすしかない――という考えに至るのは当然の流れだ。
すぐに思い浮かんだのはもちろん千鶴。
彼女を苛めてからかい倒して遊ぼうと心に決める。
総司は買い置きの饅頭を二つ手に取ると、るんるん気分で千鶴の部屋へと向かった。
もちろんそれは両方とも総司のものであり、千鶴にあつあつの御茶を用意させた上で、千鶴の目の前でおいしそうに平らげる予定だ。
だけど、そんな楽しい予定は思わぬ人物によって打ち砕かれてしまった。
千鶴を驚かせるために、忍び足で彼女の部屋に近づく。
だがそのとき突然襖が静かに開いた。
その時点で総司は既に部屋に近づきすぎていたため、身を隠せる場所もなく、身を隠すつもりもなく、正面から千鶴と向かい合うはずだったのだが……。
襖を開いたのは千鶴ではなく、なぜか山崎だった。
「………………………………」
「………………………………」
双方無言で目を合わせる。
総司はすぐに眉を寄せて苛立ちを露わにした。
一体誰の許可を得て千鶴の部屋にいるというんだ、と言わんばかりの目付きで山崎を睨んだ。
しかし対する山崎は、なぜか物凄く気まずそうに視線を彷徨わせ、逸らした。
いつもの彼ならば、上司に向かってあるまじき失礼な態度を取ってくるくせに。今日に限ってなんなんだ。
もしや、と総司はますます眉間に皺を寄せる。
きっと知られてはまずいような、おぞましいことを今この千鶴の部屋で行ったということではなかろうか。
その直後に総司とばったり出くわしてしまったがために、動揺しているのではないだろうか。
総司は居ても経ってもいられず、山崎を押しのけ、千鶴の安否を確かめるために襖を全開にした。
「千鶴ちゃん、無事!?」
だが、部屋の中には誰の姿もなかった。
総司は山崎をキッと睨んで問いかける。
「千鶴ちゃんをどこにやったのさ」
おまえが隠したんだろうと言わんばかりの鋭い眼差しを向ける。
だが山崎は、スッと明後日の方向を見ながら淡々と答えた。
「雪村君は二番組の巡回に同行していますが」
つまり千鶴が山崎にどうこうされたという事実はなく、初めから彼女は不在だったというわけか。
総司は一旦胸を撫で下ろすも、あとで千鶴に一体誰の許可を得て他の組の見廻りに同行したのかとネチネチ問い質してやらねばなるまい。
だがしかし、それよりもまず他に気にかけなくてはいけないことがある。
ふつふつと湧き上がった疑問を、総司は山崎へとぶつけた。
「だったら君はここで何をしていたの?」
彼は確かにたった今、千鶴の部屋から出てきた。
千鶴に用があったならば、部屋の外から声をかければいいだけのはずだ。
それなのに無人の千鶴の部屋に入り込み、襖まできっちり閉めていた。
いや、そもそも山崎は千鶴が見廻りに同行して不在ということを知っていた。
つまり彼女の不在時を狙ってこの部屋へ侵入したことになる。
と言うことはやっぱり千鶴の部屋で何かおぞましくも卑劣な行為を行っていたことが、安易に想像できるわけだ。
しかし、山崎はぷいっと顔を背けると、短く答えた。
「……貴方に言う必要はありません。では失礼します」
そしてそのまま、廊下を進んでいこうとする。
当然ながら総司はその態度にムカムカした。
山崎は言わば現行犯を押さえられたようなものだ。
きっとこれ以上ボロを出したくなくて焦っているのだろう。
だからこそ今すぐにでもこの場から逃げ去りたい心理が働いているはずだ。
だが山崎が千鶴の部屋で何かをしたという証拠が、パッと見る限りでは見つからない。
部屋もいつも通り綺麗で質素なままだ。
何か、手掛かりはないのだろうか。
総司が注意深く周囲を探っていると、ふと彼の懐がいつもより膨らんでいることに気付いた。
これぞ決定的な証拠になり得るかもしれない。
総司は、嫌味ったらしく口角を上げた。
「何それ。何か入れてるの? 千鶴ちゃんの部屋から何か盗んだの? 山崎君ってばやらしー」
畳みかけるように質問を浴びせると、山崎の態度がますます苦々しいものに変わった。
やはり図星のようだ。
千鶴の部屋から何か彼女の私物でも盗んで、持ち出そうとしているってわけだ。
ここは千鶴のためにも山崎を暴いて、彼女の私物を取り戻してやるべきか。
べつに千鶴を助けたいってわけじゃない。たまには恩を売って、感謝されてやってもいいというだけだ。
しかし……
「ふざけないでください。とにかく、俺はいきます」
山崎は苛立ちを露わにさせたまま、総司の追及から逃れるように去っていく。
千鶴の部屋に前にぽつんと残された総司は、やれやれと溜息を吐いた。
「冗談通じないなぁ」
彼が私用で何かをするはずもないことはわかっている。
つまり誰かから何らかの指示があった上で何かをしていたってことだ。
そして山崎にそういった指示を出せる人物を考えると……。
だからこそ、興味が湧く。
ちらりと千鶴の部屋の中を覗いた。
せっかく遊びに来てあげたのに見廻りに出掛けているなんて腹立たしいが、幸いにももっと面白そうなネタを掴めそうだ。
総司は山崎の姿が見えなくなるところまで我慢してその場に留まり、そして彼の姿が廊下の先へ消えた直後、足音を消してあとを追いかけた。
彼が誰からの命令で、何の目的でここへ来たのか。
それが今は気になって仕方がない。
調べたくてたまらない。
なぜならば、今日は物凄く暇だからだ。
総司に出くわしたせいか、山崎はやや警戒気味だった。
何度も周囲に視線を配り、わざわざ遠回りまでした後、ようやく依頼主と思しき者の部屋へと入っていく。
「……やっぱりここか」
安全な距離から動向を探っていた総司は、土方の部屋の前まで来るとニヤリと口角を上げた。
なんだか面白いことになっていそうで気分が弾む。
そのままバレないように聞き耳を立てた。
その頃にはもう話は本題に入っていたらしく、ぼそぼそと喋る山崎と土方の声が聞こえてくる。
「彼女に怪しい動きはなかったのですが……」
彼女、と言うのは当然千鶴のことだろう。
つまり土方は何らかの形で千鶴を探っているということか。
千鶴についてはこの屯所へ来てからしばらくのうちに、新選組で調べ上げた。
彼女の素直な性格から嘘を吐いたり人を陥れるようなことはできるとは思わず、間者の疑いはすっかり晴れているのだが……。
流石と言うべきか、副長たる者として当然と言うべきか、なかなか周到らしい。
「なんだ、他になにかあったのか?」
山崎が語尾を濁したことで、土方がいぶかしむような声で問うた。
総司もますます耳を済ませるのだが……。
「とんでもないことが。こちらを――」
それ以降、部屋の中の二人は無言になってしまった。
恐らく山崎が千鶴の部屋から持ち出した何か重大な「証拠」を土方へ見せているのだろう。
すごく気になる。
二人が絶句するほどの何かを千鶴がやらかしているのだとしたら、障子に穴を開けて覗きたいくらい気になる。
土方の部屋だから拳大の穴が開こうともかまわないのだが、そんなことをしたら一発で盗み聞きをしていることがバレてしまう。
山崎の言う「とんでもないこと」が何なのかを想像するだけで口元が弛む。
その内容によっては、千鶴を始末しなくちゃいけなくなるはずだ。
近藤あたりが渋りそうだが、そこら辺は鬼と名高い土方が厳しい決断を下すだろう。
(……斬るなら僕にやらせてもらえないかな)
彼女にある程度の情を移してしまっている平助や左之助では、きっと迷いが生じて千鶴を余計に苦しめてしまうだろう。
その点、総司ならば安心だ。サックリとどめを刺してあげられる。
だけど千鶴の行った「とんでもないこと」の内容によっては、あっさり死なせるのは詰まらない。
もしも近藤に仇をなすようなことをしていたら、苦痛という苦痛を与えてやるつもりだ。
そんなことを楽しく考えていたせいか、総司は背後から第三者が気配を殺して近づいてきていることに全く気付けなかった。
「……何をしている、総司」
「あ」
突然声を掛けられて振り返ると、そこにいたのは渋い顔をした斎藤。
当然ながら彼は総司が盗み聞きをしていることをわかった上で、そう問いかけたのだ。
室内の二人に知らせるために。
すぐに中からガタッと慌てるような音が聞こえ、土方が苛立ったように言った。
「そこにいるなら入ってこい、総司」
「…………はぁい」
なんだか面倒臭いことになりそうだ。
総司は渋々と返事をして襖を開けると、斎藤に三回ほど舌打ちをしてから、部屋へ入った。
姿勢を正しく正座している山崎。
文机に肘をついて煩わしげな表情を浮かべる土方。
その手元には帳面のようなものがあり、なんとなくそれが今回話題に上がっている「とんでもないこと」だということがわかった。
とりあえず盗み聞きの件を怒られるのかと思って部屋の隅に腰かけると、「そこに座れ」と土方の正面を指定される。
さらに嫌な予感がして、気の進まない様子を見せながら着席した。
それと同時に、なぜか山崎が襖のすぐ傍に座る位置を変える。
まるで総司がすぐにでも逃げられないように出入り口を塞いでいるみたいだ。
「……なんなんですか」
盗み聞きの代償としては大袈裟な振る舞いに、眉根を寄せる。
そして土方の前に座ると、ますます帳面が気になってそちらに視線を向けてしまう。
その視線に気づいた土方が、それを軽く持ち上げさせ、説明をした。
「ああ、これは――」
話によると、土方はやはり千鶴が間者ではないかを徹底的に調べるため、様々な策を労していたらしい。
帳面もそのうちの一つだった。
何も与えず閉じ込めたままでは尻尾を掴むことはできない。
ある程度の自由を与えて暫く泳がせた方が、正体を掴むにはうんと楽なのだ。
まず、紙と書く物。
その二つを、理由は適当なものだが、「見廻りのときに掴んだ情報でも書き込んでおけ」と言って与えた。
紙と筆さえあればそこに情報を書き出し、外部に漏らすことは容易くなる。
千鶴がもしも間者だとしたら、これを絶好の機会として何らかの動きを見せるに違いない。そう踏んだのだ。
「それで、どうだったんです?」
セコイことをするなぁと思いながらも、総司は口の端を釣り上げさせた。
だってどっちに転んでも、総司にとっては面白いことには変わりないのだ。
千鶴が間者だった場合は新選組公認の上、千鶴を苦しめて始末することができる。
千鶴が間者ではなかった場合は、小娘相手にご苦労様ですと土方をからかうことができる。
総司にとって損なことは何一つなく、高みの見物を決め込むことができる。
そう思っていた、はずだった。
「怪しい点はなかった」
土方が降参でもしたかのように首を横に振った。
帳面の紙の枚数が減っていたり、破った痕跡もなく、外に持ち出した様子もなかったらしい。
それについては先程盗み聞きした際の山崎の台詞でわかっていた。
だがそれでも、神妙な顔つきで宛が外れたことを口にしている土方を見ていると、笑い出しそうになる。
おかしすぎて、堪えるのが大変だ。
しかし、土方は総司に向かってぽんっと帳面を投げ渡すと、目を細めながら言う。
「問題はこの内容だ。総司、読んでみろ」
つまり、ここから先が「とんでもないこと」なのだろう。
総司は帳面を拾い上げると、パラパラと捲り、読み始める。
(あの子、一体なにを書いたんだろう)
山崎と土方の様子からすると、波乱の予感しかしない。
だけどその帳面は、至って単純な覚書のようなものだった。
何月何日。
どの組と巡回に行ったのか。
どのあたりで誰に父親の行方を聞いたのか。そしてその手掛かり。
そういったことが、少し可愛らしい文字で淡々と書き記してあるだけだ。
これのどこが「とんでもない」のかわからず、総司は一旦顔を上げ、土方を見た。
すると土方は総司が言わんとしていうことがわかったらしく、溜息を吐きながら短く言った。
「もう三、四枚捲ってみろ」
どうやら問題があるのは途中かららしい。
総司は言われるままにパラパラと捲っていき、該当と思しき箇所を読み始める。
その日の覚書はいつもと違い、見廻りの際の結果報告ではなかった。
そして大胆にも、こんな滑り出しで始まっていたのだ。
『薄々気づいていたことだけど、沖田さんは私のことが好きだと思う』
予想もしていなかった一文に、総司は思わず帳面から目を逸らした。
こんな感じの話です(´∀`*)
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