★恋文〜災いの手紙〜(書き下ろしサンプル)
P44 / ¥300 / A5 / オンデマンド / 2011.11発行
屯所パロで 千鶴→沖田 なお話です。
(※サイト再録+書き下ろしです)
以前よりもずっと平静な気持ちで千鶴はそのときを迎えた。
あの頃のドロドロと渦を巻いていたものは、想いが通じ合ったことで綺麗に浄化してしまったかのように思える。
とはいえ目の前でこんな情景を見せられたなら、彼を信頼しているとはいえ少しばかり落ち着かなくなるのも当然のこと。
一番組が見廻りの途中で足を止めたところ、一人の少女が遠慮がちに、だけど真っ直ぐにこちらへ向かって走ってきた。
幼げな顔付き、まだ不慣れだろう化粧、きっちりと結い上げられた髪。着物は艶やかな赤で女を際立たせていた。この日のために一生懸命着飾ったことがわかる。
そうして普段は象牙のように白いであろう顔を真っ赤に染めながら、受け取ってください、と沖田に向かって差し出したそれは、紛れもなく恋文であろう。持つ手が小刻みに震えている。
こういうことは良くある。今まで何度も見てきた。大抵の組員は見て見ぬふりをする。
こうやって町の人たちと接することは、それだけ新選組が京に受け入られた証拠でもあるし、地域住民と接することで普段は入らぬ情報を得られるかもしれない。つまり仕事の一つだ。
しかしそれでも気になる組員は、周囲に異常がないか目を配るふりをしつつ、ちらちらと盗み見る。千鶴はこっちだった。
隊士と隊士の間から気づかれないようにそっと覗いた。瞬間、沖田と目が合い慌てて逸らす。
そわそわと落ち着かない気持ちを見透かされたようで困る。千鶴はぶんぶんと頭を振って正反対の方向、町中へと顔を向けた。
その直後の一瞬、沖田の表情が実に詰まらなそうなものへと変わったことに千鶴が気づくはずもない。ただ千鶴の耳に入ってくるのは、町中の喧騒ではなく少女の緊張した声。
気にしたら駄目。でも気になる。ううん、こんなことをいちいち気にしていたら沖田さんに煩わしく思われる……。
だけど気になるものは気になる。悟られないようにゆっくり、もう一度だけ沖田と少女のほうを盗み見た。
沖田は少女へと向き直り、一見さわやかに思える笑みを浮かべ、文を受け取る。
「ありがとう。君の気持ち、帰ったら読ませてもらうよ」
その言葉に少女は花が咲いたような笑顔を見せ、何度も何度も頭を下げて真っ赤は頬を押さえながら町中へと走り去っていった。
千鶴はその光景に目を真ん丸に見開いて呆然とする。沖田の春の日差しのように暖かい態度。ああいった類の優しい笑顔を、千鶴は未だに、滅多に向けてもらえない。千鶴に与えられる笑顔は大抵…………
にやり。
沖田は貰った恋文を懐に仕舞いながら、千鶴に向かって黒い笑みを浮かべる。
瞬きすらできずに硬直してしまった千鶴を鼻で笑うようにして、ニヤニヤと近づいてきた。千鶴は逃げることもできずに目の前に来た沖田を見上げる。
「今日は気分がいいんだ。だから帰りにどこか連れていってあげるよ」
どこが良い? と、これ見よがしにご機嫌取りな言葉を吐く。
「どこにも行きません!」
千鶴はからかっているような、試しているような沖田の態度にぷくぅっと頬を膨らませ、そっぽを向いた。
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