★この世界にふたりだけ(サンプル)


P92 / ¥700 / R18 / A5 / オフ / 2014.03発行

本編七章直後の沖田×千鶴。
雪村の里で暮らすことになった二人が、些細なことで擦れ違ってしまう話です。
千鶴ちゃんと沖田さんがそれぞれやらかしますがハッピーエンドです。
似たタイトルの似た表紙の本がありますが、続編というわけではありません。
※文字サンプルは改行を増やしています。







★画像サンプルはこちら(Pixiv)をご覧ください。



大人を連れず、ふたりだけで遊びに行ってもいいと言われていた場所がある。
千鶴はそこが大好きで、天気のいい日は毎日のように薫と通った。
春はたくさんの可憐な花が瑞々しく咲き誇り、花冠や髪飾りをつくって遊んだ。
夏には草原が広がり、木陰を探してお昼寝をするのが好きだった。
秋は周りの木々が紅葉に染まり、掻き集めた落ち葉の中に埋もれて隠れんぼをした。
冬は一面、眩しいくらいの白。
零れる吐息まで白に染まって、ふたりで足跡をつけて回った。
懐かしい記憶を頼りに向かったその場所は、見晴らしの良い小丘。
荒れ果てた里の中でここだけは唯一、時間が止まったかのように昔と何一つ変わっていなかった。

「……いい場所だね」

一緒に着いて来てくれた総司が、目を細めながらあたりを見回す。
この大切な場所を彼も好きになってくれたら、嬉しい。
好きになってほしい。
千鶴は昨日からずっと考えていたことを口にする。

「薫と父様を……ここが一望できるところへ眠らせてあげたいんです」

薫たちが今いる場所からは少し離れていて、その分、彼の手を煩わせてしまう。
だから、どう思われるのかがわからず、怖かった。
それでも千鶴は、この地でまた生きていくと決めた以上、これだけは譲りたくはなかった。
むしろ、駄目だと言われたら一人でやる覚悟だってできている。
でも――

「…………うん、そうしよう」

総司が穏やかに微笑んでそう答えてくれたから、目頭がじわりと熱くなった。
なにかがおかしい。
すごく、おかしい。
ここに来てからというもの、総司の一挙一動で不安になったり、逆に安心したりする。
すごく不安定だ。
その気持ちがどこからくるのか、千鶴は気付いている。
でも、まだ自覚したくはなかった。何も知らないふりをして、このままずっとこうしていたかった。


ふたりが当面生活の拠点にすることにしたのは、里のはずれにある小さな家屋。
場所柄のおかげか、里の中でいちばん「家」の形を保っていて、水場にも比較的近かった。
穴を掘って、運んで、手を合わせて。
二人の埋葬を終えると、血と泥に塗れた服を洗って。
それらを乾かす場所や道具を用意して。
最小限の荷物だけで旅を続けていたふたりは、着替えなんて持っていなかった。
だから洗濯したものが乾くまでは薄い肌着だけで過ごさなくちゃならなかったのだが、幸いにもその頃には太陽が昇りかけていた。
こんな姿であちこちをうろつくこともなく、ただ部屋の奥でじっとして眠ればいいだけだ。

でも、千鶴にはそれが恥ずかしかった。
もうずっと、総司と一緒に眠っている。
野宿するときはそうした方が温かいし、くっついていると安心ができる。
それに総司からは、離れているといざと言うときに守れないし、目を離した隙にどこかへ行ってしまいそうで嫌だと言われたことがあった。
千鶴自身も同じことを思っている。
離れていたらいざと言うときに足手まといになってしまうかもしれないし、目を覚ましたときに総司がいなくなっていたらと想像するだけで身体が震える。
一緒に寝ることには慣れてしまったし、好きな人とそうすることに抵抗はない。
今ふたりは薄着だから余計に、くっついて温め合うのは当然のことだとも思えてくる。

だけど、今日からは、屋内だ。
十数年も人が住んでいないそこは、布団すらなくて、ただ屋根と床板があるだけの野宿とはさして変わらない場所かもしれない。
でも、大半を外で過ごしてきた千鶴にとっては、大きな違いだ。
もちろんちゃんとした場所で寝泊まりしたこともある。
……でも、そういうところで一緒に寝ると、総司とは決まって、寄り添って眠る以上のことが始まってしまう。
もしも今日総司と一緒に寝てしまえば、温もりを求めたり、淋しさを埋めようとしてしまうに決まっている。
今はそれがどうしてか恥ずかしくて、できればまだしばらくは避けて通りたい道だと思ってしまうのだ。

「……千鶴ちゃん?」
「はっ、はい……!」

突然背後から声をかけられて、思わずびくりと揺れる。
振り返ると総司が片眉を下げて笑っていたけれど、その笑顔がどこか悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
だけど千鶴が何か言おうとする前に、総司がさらにフッと笑い、奥の部屋を指差した。

「もう陽が昇ってきたし、そろそろ休もう」

なるべく日差しの当たらない、北側の部屋。
従来なら寝室には適さないその場所が、今のふたりにとっては安心できる場所になる。
総司に手招きされて、千鶴はするするとそちらへ向かいそうになるのだが、ハッと我に返り、なんとか踏み止まる。
そして、何と切り出そうものかと口元をもごもごさせて、視線を彷徨わせた。
この流れだと、ごく自然に、いつも通りに、総司と一緒に寝ることになってしまう。
それを避けるにはどのような手段を取ればいいのだろうか。
いや、まずそもそも総司がそれを許してくれるだろうか。
だけど言ってみないことには話が進まない。

「あ、あの……べ、別々に、寝ませんか?」

千鶴が言い辛そうに口を開いた。
彼のことだからすぐに反対してくると思った。
頭ごなしに駄目だと頬を膨らましてくるものだと思っていた。
だけど――

「……どうして?」

理由を聞かれた。
理由なんて、答えたくなかった。
だって、本当のことを言えば、からかわれる。

「えと……ここは安全そうですし……それに、風も入ってきませんし」

千鶴は俯きながら、本音とは異なる理由を、言い訳のように口にした。
でもそんなことは無駄だとわかっている。
こういうときの総司は、決まって嘘を見破るし、しつこいくらいに聞き出そうとしてきて、逃がしてもらえない。
何をどうしたって彼の前では悪あがきでしかないのだ。
そう、思っていた。
それなのに――

「…………うん、そうだね。そうしようか」

予想を外れて、総司はすぐに身を引いた。
そうなることを望んでいたはずの千鶴だが、それに驚き、きょとんとしてしまう。
だけど、そんな自分勝手な心境を知られたくはなくて、平静を装うことで精一杯だった。

「千鶴ちゃんは奥へ。僕はその隣の部屋にいるから」
「は、はい……」

言われるままにそそくさと奥の部屋へと移動する。
痛んだ床板がキィキィと音を立てるので、なるべく足元を見ながら歩いた。
光の当たらない暗い空間。今はそれだけで安心する。
隣からも床板の鳴る音が聞こえて、総司の存在を感じた。

「……おやすみなさい」

誰にも聞こえないような声でぽつりと呟くと、千鶴は部屋の奥に小さく蹲るようにして寝転んだ。
ひとりきりになると色々考えてしまう。
これからちゃんとやっていけるのかとか、変若水の効果はいつ頃浄化されるのかとか。
当面はこの住まいを修復させていって、生活用品を揃えて……。
それだけで手一杯になるはずだ。
これから迎えるのが夏で良かった。
寒くなるまでに色々と準備ができる。
総司の服は先の戦いで随分と傷ついていたから、それをまず縫ってしまおうか。
ここであの洋装は目立つから、千鶴一人で近くの村まで下りて、新しい着物を買ってくるべきだろうか。

(私は…………)

男装をしなくてよくなるのは、いつ頃だろうか。
もう五年も男装を続けているから、今更急いで戻りたいという願望はないし、どんな格好でも総司が女性として扱ってくれるから、気にしてはいない。
生活が落ち着くまでは男装をしていた方が動きやすいし、便利だろう。

(……でも、そんな日が本当に来るのかな)

急にぶるりと震えて、千鶴はますます小さく蹲った。
総司の温もりがないと、凍えてしまいそうなほどに寒い。




(中略)




おかしな行動を取られれば取られるほど、千鶴に深く愛されているんだと思い込んで鼻の下が伸びそうになっていったのだ。
だけど、だから、そこから先が地獄でしかなかった。

『沖田さんが出て行く前に、お礼を言いたくて……っ』

受け入れ難い現実への拒絶反応として、耳鳴りという症状が出たのは生まれて初めてだった。
その後も続く千鶴の意味不明な説明に、頭痛まできたした。
その日千鶴が可愛く出迎えてくれたのも、お嫁さんみたいな言動で振り回してきたのも、全部、この話をするためのご機嫌取りでしかなかったのか。
仲睦まじい関係に戻れると思えた千鶴の仕草や行動全てが、別れるための布石でしかなかったというのか。

そりゃあいつか千鶴に拒絶されて、ここから追い出されるのも時間の問題だと思っていた。
だけど、だからと言って、喜ばせておいて叩き落とすなんて、あまりにも無神経だ。
しかも、「出て行け」と言われたわけじゃなかった。
最初から総司が出て行くことを前提に「出て行く前に」と話を始められた。
彼女の中ではとっくの昔に、直接言うほどではないまでに、当然の決定事項だったらしい。

もしかしたらただ気持ちが擦れ違っているだけだと思いたかった。
でも、それは夢物語みたいに有り得ない荒唐無稽な思い込みだったようだ。
千鶴にとどめを刺されるまでは、ずっとここにいるつもりだった。
避けて、かわして、逃げて、手当てして、己の精神が持つまでは時間稼ぎをするつもりでいた。
それなのに、油断した隙に正面からぐっさりと急所を一突きされてしまった。
もう、これで終わり。本当に終わりなんだ。
悲しいんだか虚しいんだかわけがわからなくて、千鶴を責めて詰って泣かせたい衝動に駆られるも、それを必死で押し込めた。
最後くらいはまともなところを見せておきたくもなる。
そして数年後にでも、引き際のいい男がいたんだっけと時々振り返って思い出してほしかったのだ。

それなのに、有り得ない。
最後に一度、抱いてくれだと? 
どんな神経をしていたらそんな問題発言ができるっていうのか。
ああ、でも千鶴の意図は何となくわかる。
なにせ彼女は総司が出て行くことをとっくの昔に前提としていた女だ。
今か今かと総司が去ってくれるのを待ち続けた女だ。
彼女に焦がれて離れることができない総司を、厄介扱いしているに決まっている。
彼女が言いたいのは、差し詰めこういうことなのだろう。

――最後に一度、思い出作りに抱かせてやるから、さっさと諦めて出て行け。

こんな仕打ちはあんまりだ。せっかく押し込めた衝動を、暴走させたのは千鶴だ。
だから後悔すればいい。好きでもない男にめちゃくちゃにされて、ぐちゃぐちゃに打ちのめされて、一生モノの傷を抱え続ければいい。



「――まっ、嫌っ……沖田さんっ!」

わざと力を弛めた腕の隙間から、千鶴が抜け出し、襖を開けて廊下へと逃げた。
豹変した総司にひどく怯えた様子で、その怖がる姿があまりにも無力で笑いが込み上げてくる。

「逃げないでよ、千鶴ちゃん。ヤラせてくれるんでしょ?」

千鶴は背中を向けて走り出すわけでもなく、戸惑ったまま総司を見詰め、後退りしている。

「おち、落ち着いてくださいっ!」

落ち着くべきは千鶴の方だと思う。
総司は自分で言うのもなんだが、波の立たない泉の如く静まり返って、冷静でいると自己分析していた。

「千鶴ちゃん、楽しもうよ。お互いにさ」

彼女の中途半端な逃げ出しっぷりは生ぬるく、捕まえてほしいと言っているようなものだ。

「ちがっ……違うんですっ」

部屋の外に出てくれたのは、むしろ好都合だと考えるべきか。
総司の部屋は薄暗すぎて、行為に耽るには視覚的楽しみが減ってしまう。
どうせなら人里離れた山奥っていう立地条件を活かして、外にでも飛び出してくれたら面白いのだけど……。
さすがに太陽が出ている時間ではお互いに厳しすぎる。
でも、あの焼け焦げるような苦痛に勝る快楽を味わうことができるかもしれないのなら、試してみる価値はありそうだ。
でも、まずは――。

「君も変わってるね。こんな場所がいいんだ?」

慌てすぎたのか、何も考えずに逃げたのか。
千鶴が追い詰められた場所は、自身の部屋の前。
行き止まりの廊下の隅だった。
彼女の部屋はこの家屋の一番奥にあって、玄関先には最も遠い。
完全に逃げる方向を間違えたとしか思えないが、身の危険を感じたからこそ、己の部屋への帰巣本能が働いたのかもしれない。
千鶴の背中が、ついには廊下の壁にぶつかる。
彼女はハッとしたように後ろを確認して、逃げ道がないことに唇を噛んだ。
総司がじりじりとその距離を詰めて行く。
いつだってそうだ。
ほしいと思ったものは決して手に入ることはない。
彼女をどんなに見張り、見守っても、怯えさせることしかできない。

「沖田さん、待って……」

彼女の声が震えていて、もうこれ以上は下がることなんてできないのに、尚も後退りしようと仕切りに足を動かしている。
そんな彼女の姿に内心傷つきながらも、総司は千鶴を囲うように壁に手をつき、閉じ込めた。



こんな感じの話です(´∀`*)




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